「類は友を呼ぶ」って言葉には、本当に深い意味があると思います。
昔、丹波哲郎が「大霊界」という映画を作ったときに、「霊界では泥棒は泥棒の国、うそつきはうそつきの国、というように、自分と同じような霊がいる世界に分類される」なんてことを言ってましたが、別に霊界じゃなくてもそうだと思います。
もちろん、どんな人でも毎日いろんな人に会います。
でも、物理的空間を共有しても、精神的空間が違っていたのでは本当の意味で会ったことにはならないと思います。
「会う」ということの本質は「合う」ことに同じなのではないでしょうか。「合う」とは、精神的空間を共有できるという意味に他なりません。英語でも、”meet”には「会う」という意味と、「合う」という意味の両方があります。
今までに出会った人の多くが退屈だったとある知り合いが嘆いていましたが、そのことを後でしばらく考えてました。
で、「類は友を呼ぶ」法則に従って解釈するととてもきれいに説明できることが分かりました。
それは、彼が物質的なものばかり見ている人なため、同じように考える人しか寄ってきてないのではないかということです。
そりゃあ、つまらないでしょうね。すぐに飽きてしまうことでしょう。
そして、彼が変わらないうちは延々と同じような出会いが繰り返されることが容易に想像できます。そして、自分と似た要素を持つ人間が集まってきていることの自覚がないわけです。
それにしても「類友」は決して侮れない、恐ろしいくらいの威力がある法則です。
この法則に照らし合わせると、今までの自分の、問題のあった人間関係の相当多くをすぱっと説明できたりして、全くもって恐ろしいです。
私の人生展開は、そのときそのときの私にぴったりとフィットしたオーダーメイドだったわけです。
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