シンクロニシティ & etc.

日々訪れるシンクロニシティの意味の探求と、「青天井」な人間力向上の追究、その他いろいろなことについて。

生徒さんとのシンクロニシティ

2005-11-30 00:40:56 | 新たなシンクロニシティ

 ついさっきまで、生徒さんの一人であるOさんと話してました。

 たまたま今日のお昼ごろにOさの携帯に、イメージングメソッドの関係で作成する教材のことについて質問しようと思って電話しました。 その返事で午後11時ころにこの生徒さんから電話があったのですが、そのときに私がこの前、ある外国語学習教材についての特許の出願のための資料を知り合いの弁理士さんに渡した話をしたらOさんがとても驚いたのでした。

 Oさん、今朝、電車の中で隣の人の新聞に外国語の教材で儲けた人の話が書いてあるのを見て、
「imagingstarさんも、こういう教材とかにメソッドを結びつけて商売すればきっと儲かるのになあ。」と思ったそうです。

 普段あまり電話しないのに、たまに電話するとこういう面白いことがあるから、人生楽しいですね。 もちろん、その他近況報告もしていただき大変盛り上がりました。成果が猛烈に出てる方からお話を聞くのは、本当に嬉しいものです。

 さっき、外国語学習教材のサンプル作っていて、間違えて1時間分の仕事を消してしまったせいで少し微妙な気持ちになっていたのが吹き飛びました。

 Oさん、ありがとう!

 さっき話した感じでは、
Oさんのメソッドの仕上がりはすごい順調だと思いました。どんどん謙虚になってきているあたり、余計にすごさを感じました。認識できる世界がどんどん広がれば広がるほどに、人は謙虚になるんですね。

 今日はこのまま寝ます。ではでは。


腐らないりんごPART3

2005-11-28 15:09:11 | ちょっとした話題&日々の出来事


 前にブログで2回にわたって書き(http://blog.goo.ne.jp/imagingstar/e/b29b54e8eeaaa453d22fe81a588962efhttp://blog.goo.ne.jp/imagingstar/e/f321248b7db793a63abc64b9cbb90a80)、かなり反響があった、腐らないりんごのその後のお話。

 あれからちょうど2週間経ちました。りんごはその後、どんどん水分が蒸発し、しわしわになっていきましたが、全く腐りませんでした。そして、甘さが凝縮したような、蜂蜜のような、なんともいえない良い匂いを放つようになりました。限りなく優しいです。

 このプロセスを見ていて連想したのが、人間の年の取り方。若いときはりんごと同じで、外見や、はちきれんばかりのパワーによってごまかしが効きますが、年を取ると、ごまかしは一切効きません。 外見や、わかりやすいパワーが衰えてはじめて、本物ははっきりとその輪郭を露わにしてくるのかもしれません。そして本物だけが、真実のエッセンスを凝縮した芳香を放つようになるのでしょう。  

 そういえば、ここ5日間くらい、100%無農薬だと思っていた、あるりんごを食べていました。でも、何かが違う・・・芯があるし、味が変だったのです。で、今日駅前の自然食品店に行って判明しました。それは75%減農薬の物でした。これによって、農薬を少し使うか、全く使わないか、というのは決定的な違いを生み出すということがわかりました。

 ついでに前に、木村さんのりんごAと比較するためにこのお店で買ったりんごBのことを聞くと、新聞でも特集したくらいめったに出ない良いりんごだったとのこと。どおりで木村さんのりんごと全く互角の勝負をしたわけです。  木村さんのりんごと、そのりんごが私の家でシンクロしたんですね。

 今日は早速、木村秋則さんの最新の「サンむつ」を2つ買ってきました。やっぱり美味しい。

 相変わらずケーキ並みの値段ですが、よーく考えると、ケーキを買うんだったらこちらを買った方が圧倒的にお徳、ですよね。りんごのシーズンが終わるまでせっせと食べます。    

 写真を撮りながらも、香り立つ匂いにうっとりしてました。


そこには光があった。

2005-11-27 20:22:42 | ちょっとした話題&日々の出来事


 今日は、ダンサーのSさの振り付けによるダンスを観に行ってきました。  千歳烏山の駅を出ると、角に、スーツ姿で、女性教諭のような雰囲気のチェーン付きメガネをかけた怪しい二人組がいました。  私を迎えに来る人は二人と聞いていたのですが、二人が何となく恐く見えてなかなか声をかけることができません。

 一度は一人でバスに乗っていこうと思ったのですが、バス停が見当たらないので、この怪しい二人組(実際目立っていた)に思い切って、「あの~、Sさんの関係の方ですか?」と聞くと、「そうです、そうです。」とのこと。  この、女性教諭のような格好をした、二人組の日本女子体育大学の学生さんに連れられて会場に向かいました。格好とは裏腹に、とてもフレンドリーでかわいらしい二人組みでした。しかし、このとき既にSさんの演出が始まっていたとは・・・

 会場である、日本女子体育大学の隣の九州文化村に到着するとすぐにダンスがはじまりました。  最初に
Sさん(どうやら体育教師役らしい)が笛を吹くと、ダンサーの皆さんが整列して、ダンスがはじまります。ダンサーの皆さんは、小学生がかぶる赤白の帽子をかぶり、背中にはゼッケンをつけています。そう、これは運動会なのです。

 ダンサーのみなさんは、最初はSさんの指示によって秩序だった動きをするのですが、いつのまにか、体育教師役のSさんはいなくなります。それと時を同じうして、全てのダンサーの動きが、妖しく、かつしぶとい生命の光となってうねりだしました。

 写真を撮りながら、この、
Sさの企みによる妖しい異次元の空間にぼーーっとしているうちに、あっという間に時間が経過し、再びSさんが出てきて笛を吹きます。  すると、今まで勝手気まま(もちろん計算された動きです)にうごめいていたダンサーのみんなが元のように秩序だった動きに戻り、最後は整列して終わるのです。

 たった15分間でしたが、
実に素晴らしいダンスでした。こんな住宅街の一角の、来たこともないところで、このようなを見出すことができるとは。  メジャーな映画や、舞台にすらないがそこにはありました。もちろん、何から何まで完璧というわけではありません。しかし、この企みの第一歩は間違いなく正解だと思います。

 ダンスが終わると、ダンサーをしていた学生さんたちが、それぞれ感想を書いてもらうためのノートを持ってこちらに次々とやってきます。学生さんたちの純粋な想いを感じることができました。

  いつのまにか、Sさんのような魅力的な人と仲良くなり、このような場に呼ばれるようになったことの不思議さと幸福さに感じ入る、imagingstarでありました。 

 Sさん、そして素晴らしいダンスを見せてくれた、日本女子体育大学のみなさん、ありがとう。世界の中心は、ハリウッドだけじゃなくて、千歳烏山にもある、くらいの気概をもって今後の活動をされることを希望します。踊りの最中、私には、ニューヨークのセントラルパークのそばのストリートで踊るみなさんの姿が見えました。

 一枚目の写真は、全くの偶然によって撮られたものですが、ダンスのエネルギーが天に向かって放たれているかのように見えるのが面白いですね。ある意味シンクロかもしれません。未来に通じる光のようにも見えますね。


誕生日をめぐるシンクロニシティ

2005-11-27 11:09:48 | 新たなシンクロニシティ

 私の場合、6月2日生まれなのですが、過去に遡って考えると、誕生日前後の人と、6月生まれの人、そして12月生まれの人とのシンクロニシティがひんぱんに起きるような気がします。以下、説明します。

 小学校(東京都杉並区立沓掛小学校)時代の友人のT→5月30日生まれで、しかも、私と同じ大阪の豊中病院で生まれています。

 中学高校時代の友人のK→6月1日生まれ。
 大学時代の友人のH野→6月12日生まれ
 大学時代の友人のH見→12月8日生まれ。 →しかも大学時代の友人で今も定期的に会ってるのはこの2人の他数名。
 
 
英会話学校で仲良くなったSさん→5月29日生まれ。

 最初の職場で仲良くなったPWCのアメリカ人のMA専門の会計士D氏が6月5日生まれ。
 同じ職場で仲良くなった通訳のM氏→6月3日生まれ。
 
 次の職場で出会ったゲストハウスのY社長が6月24日生まれ。

 六本木で出会ったダンサーのSさん→6月1日生れ。
 友人の紹介で友達になったAさん(今年からEさんに)→12月8日生まれ。
 音楽業界のSさん→6月20日生まれ。

 前にブログ登場のこばじゅんさん→6月21日生まれ。  で、最近、こばじゅんさんに続いて、ここ2ヶ月くらいの間にMixiでなぜか6月21日生まれの人が3人も私のページにやってきました。しかも、そのうち2人はもともとのリアルのつながり(間接的ではありますが)がある人でした。  こういうのって、やっぱり何らかの意味があるのでしょうか。  

 とか、原稿で書いたあと、昨日は超超ひさしぶりの高校の同窓会に行きました。全体で194人、うちのクラスで24人くらい出席する大盛況でした。で、三次会として、中学高校と一緒だった、Y井院長(Y井医院)と、その友人(その方たちは同窓ではない)と一緒に六本木ヒルズのイル○○○○○(後ろ忘れました(笑))に飲みに行って驚き。 

 Y井院長の誕生日が6月21日だったのです・・・ 5人目。

追伸:岩盤浴の堀口社長が、6月5日生まれであることが後で判明しました。


Mr.&Mrs.スミス

2005-11-25 01:32:55 | ちょっとした話題&日々の出来事
 昨晩、ブラピとアンジェリーナ・ジョリーの共演作であるこの映画のプレミアム試写会に行きました。

 最初にゲストの紹介があり、釈由美子さんや、浜崎あゆみさん、倖田來未さんらが舞台に上がり、挨拶をしていました。

 しかし、司会のケイ・グラントという人が最悪で、トークは軽薄でギャグはすべりまくり。一番お寒かったのは、「会場の皆さんがセレブです!」というおばかなセリフでした。こんな仕事で食べていけるのは、逆にある意味すごい人なんだろうなと想像してました。

 また、クリスマスプレゼントと称して、会場にマフラー(安物に違いありません)を、エアを使って発射しまくる演出がまた最悪。一体誰がこんなダサくて寒いショーをしきっていたのでしょうか。それが知りたいです。

 そして、30分以上もくだらない演出をした後でやっと映画が開始。風邪のせいもあったのですが、既に相当疲れていました。  で、この妙な疲れが映画で取れるのではと期待したのですが、映画も映画でイマイチでした。

 何の深みもない冒険活劇に、面白みもない夫婦愛を絡ませただけのお寒い猿芝居です。

 ま、蓼食う虫も好き好きと言いますから、それでも行くとおっしゃるなら引きとめはいたしません・・・    

満点を目指すべきときと零点からで良しとすべきとき

2005-11-24 22:58:28 | 気づき

 世の中には、答えがあるものと、答えがないものの二つが存在します。既知のことと、未知のことです。 

 答えがあるものについて
満点
を目指すのは良いことです。答えのあるものについては満点を目指すのが道理というものです。

 しかし、答えがないものについて最初から
満点を目指すというのは無理な話です。答えがないものについては、最初は零点からスタート
するのが当たり前だからです。

 そして、全てに
満点を求める人が陥る穴は、  「満点
を取れるものしかやらない。」  という態度です。これは、 「既に答えが用意されていることしかやらない。」  という態度に直結しています。

 答えがない未知の領域こそが、
可能性に満ち溢れる宝の山
であるのに、それを心の中から閉め出してしまったら、その人はどうなってしまうでしょう。当然のごとく、その可能性は、非常に限られた範囲に限定されてしまうことでしょう。

 大人になればなるほど、こういう風になりやすく、もしそうなれば、
人生に刺激がなくなって退屈になっていく
のは論理必然です。  

 0点でいいから、未知のことにチャレンジする。この「馬鹿」さこそが本当の賢さにつながっているように思います。ある意味逆説的な響きがありますが。


道具

2005-11-24 01:29:58 | 気づき

 この前ふと思ったんですが、人と動物の大きな違いの一つが、道具の使用ですよね。サルもかなり道具を使いこなしますが、人間の比ではありません。

 で、思ったのが、どの時代でも、人間社会においては、道具をどれだけ使いこなすがで勝敗が分かれるのではないか、ということ。  だから、生き残っていくために、いつも自分の道具を最新にしておくべきで、そのための投資はできるだけケチらないほうが良いのでは、ということ。

 道具を作った人を儲けさせるのが嫌だっていう考え方もありますが、それはあまりに偏狭な見方でしょう。道具を作った人は作った者勝ちとして受け入れ、その道具を積極的に取り入れて自分の具体的勝負に勝つことを考えるべきでありましょう。

 新しい道具を使うことはズルである、という考え方を取る人もいます。しかし、これもあまり説得力がありません。そういうことを言ってる人でも、必ず自動車や電車に乗っています。古ければ道具を使っていい、というのは論理性がありません。

 たまに、携帯電話をいじくるのを非難がましく睨んだりする人がいます。あれって、すごい理不尽だと思うんですよね。単に新しいコミュニケーション手段を受け入れる柔軟性がないだけのような気がするんです。そういう人だって、自動車乗ってるし、テレビだって間違いなく持ってる。

 過去においても、信長が戦国の世を制したもっとも大きな理由が新しい武器(戦争の道具)である鉄砲の積極的使用でした。

 現代において鉄砲に当たるようなものってなんでしょう? これからの時代に特に重要な道具は、知識や情報、ノウハウなのではないでしょうか。

 だから必死こいてこれらをかき集めようと思います。もちろん、使える知識、情報、ノウハウを厳選する必要はありますが。


自然界に直線はない~ルイジ・コラーニ~

2005-11-22 11:28:43 | ちょっとした話題&日々の出来事

 近所の国士舘大学の校舎を眺めながらふと思ったのが、

   「なんてつまらないデザインだろう。こんなつまらないデザインの校舎では、21世紀の日本を支えるクリエイティブな人間は生まれにくいのではないか。」

ということ。

 そして次に思いついたのが、1970年代に一世を風靡したインダストリアル・デザイナーである、かのルイジ・コラーニの有名な言葉。

   「自然界に直線はない。

 確かに、自然界に直線を見出すのは結構難しくて、ぱっと思いつくのは直進する光線とか、無風状態のときに枝からぶら下がってるミノムシの糸くらいなもので、ほとんど全てが曲線から成り立っています。一方でこの校舎を見ると、ほとんど直線から出来ています。ま、今のほとんどの建築はそうですが。実に殺伐としているように私には感じられます。

 そして私は、

 「人間は、そもそも、完璧な直線というものに、本源的な抵抗感ないしストレスを感じるのではないか。そしてもし仮にそうだとすると、その理由は何なのだろう。」

 という思考に入っていきました。

 ルイジ・コラーニといえば、キャノンと、有名なT90という革命的なデザインのカメラを共同開発したことでも有名です
http://web.canon.jp/Camera-muse/design/kikaku/t90/01.html。 T90は、その後現代の最新のキャノンのカメラにまで息づいているバイオデザインの流れを決定付けた傑作カメラです。

 さきほどの問いに対する私なりの答えが、T90のデザインや、うちのマンションのデザインなどを見ているうちに浮かんできました。

 「直線というのは、必ず端と端があって、途切れることになっているが、曲線というのは、いつまでも永遠に連続する。人は心の奥底で直線に、「切る」というニュアンスを見出してそれに対する恐怖を感じる一方で、曲線には、「つながる」というニュアンスを感じてこれに対する心地よさや安心感を感じるのではないか。」

 ということでした。もちろん、完全なロジックではありません。むしろ、「自然界に存在しないものに違和感を感じる」というロジックの方が完全かもしれません。ただ、以下、不完全とわかりながらも、上のロジックに基づいて話を展開します。

 産業革命から、20世紀の終わりくらいまでは、何かと何かを切り離というロジックが大きな潮流でありました。職場と住居、宗教と政治、心と体、分析的思考、不在地主と土地、家制度による家族同士の馴れ合い的関係などなど。

 しかし、どうもここのところのロジックの流れが変わってきているように思うのです。何かと何かを結びつけるというロジックが新たな(もう新たと言えないかもしれません)潮流となってきているような気がするのです。私は、時代というのは常にリズムを刻んでいて、結合と分離、集中と拡散を繰り返しているように思っています。

 そしてデザインも、時代の流れに沿った必然として、直線主流から曲線主流に移って行くのではないでしょうか。コラーニが最近見直され、アントニオ・ガウディのブームが安定し、汐留のビル群がくねくねし、六本木ヒルズが丸っこいのも、決して偶然ではないはずです。

 四角い箱の電車の中で、サラリーマンがスポーツ新聞のポルノ写真を見るのをやめられないのも、人体の描き出す曲線の美しさによって、直線あふれる今の都市の中で失った本来の内なる自分とのつながりを取り戻すことができるからかもしれません。もちろんそれを電車の中ですべきかどうかは別の話ですが。

 以下、コラーニのことが書いてあるページをご紹介します。彼は、顕微鏡で天然物を観察し、そこからデザインのヒントを得るというようなことまでしてるようです。時代のロジックが大きく変化し、人と物の親和性が重視されていくであろうこれからの時代、彼がもっともっと評価される時代が来るのではないでしょうか。1928年生まれだから既に77歳。調べてみたら今年、京都で講演会をやっていたのですね。行けなくて残念です。
http://event.japandesign.ne.jp/news/3881050608/
http://www008.upp.so-net.ne.jp/namnam/020/020.html
http://www.metropolitan.co.jp/designers/de_colani.cgi
http://blog.so-net.ne.jp/hashiba-in-stuttgart/2005-03-27

 


「好かれる人は得をする」

2005-11-21 23:33:34 | 新たなシンクロニシティ

 11月4日に買ったこの、ティム・サンダースという人の本、62ページまで読んだまま放ってありました。 そしてさきほど、風邪が治らず頭も回らないので、読み進んでみようと思って開き、65ページまで読んだところであれれれ・・・

 65ページの終わりに、「■好感度人間は健康」という見出しがあって、次の文章がこうでした。

 「『一日一個のりんごで医者いらず。」古くから言われてきたことわざだ。では、こんな新しいことわざはどうだろう?『毎日好感度あふれる態度をとれば医者いらず』」

 いきなりシンクロしちゃいました。  4日に読み終わったところからわずか数ページのところに最近2回に渡ってブログに書いてきた(http://blog.goo.ne.jp/imagingstar/e/b29b54e8eeaaa453d22fe81a588962efhttp://blog.goo.ne.jp/imagingstar/e/f321248b7db793a63abc64b9cbb90a80りんごの話が載っているとはまったく予想してませんでした。健康についての本ではないですから。

 この本、まだ全部読んでませんが、これからの時代は、昔と違って、好感度ある人が非常に有利だという話を延々と語っている本です。

 「これからの時代は、昔と違って何でも選択できる時代であり、人も選択される。そして、人が人を選択するときは好感度が非常に大きなファクターになる」という見方を基本に、他にもいくつかの理由を並べて、これからの時代にはありとあらゆる局面において好感度がキーファクターとなる旨を述べています。

 全面賛成

 偉ぶってる人冷たい人思いやりのない人すぐ怒る人など、好感度の低い人は、過去においては大丈夫だったかもしれませんが、情報の重要性が加速度的に高まり、チームワークネットワークが重視されるこれからの時代においては、どの世界においてもあっというまに取り残される時代が来たといつも思っています。今やノーベル賞ですら、チームでの受賞がどんどん増えてきてますからね・・・

 「好かれる人は得をする!」(ティム・サンダース著。発行元はランダムハウス講談社。森尚子訳。) 


風邪

2005-11-20 23:48:18 | ちょっとした話題&日々の出来事
 先週風邪を引きそうになって、ゆっくり休んだら一時全快状態になったのですが、その後気が緩んだのか、今度は本格的に風邪を引いてしまいました。

 風邪を引くと感情が出やすくなったり、悪夢を見たりしますが、これって何ででしょうね。 今日はメソッドを教えてるとき、何だか感情が吹き出してしまい、感極まってしまいました。

  ちなみに私は風邪薬は飲みません。熱や症状は出るべくして出ているのであって、よほどひどくない限り押さえ込まないほうが良いと考えるからです。これもある意味LOHAS的かも。

  最近はお医者さんも風邪薬、飲まないっていいますよね。

 皆さんも風邪には気をつけてください。