『その数学が戦略を決める』(イアン・エアーズ著、山形浩生訳、文芸春秋刊)を読む。大量のデータ解析により専門家よりも的確な予想や分析が可能になるということ、そしてそれが現在大きく経済的戦略を変えつつあるということをさまざまな事例を示しながら解説した本である。冒頭ではワインの素人が専門家を差し置いてデータ分析からどの年のワインが将来高値で取引されるかを言い当てることができることが印象的に紹介されている。 この有力なデータ解析手法の一つが回帰分析なのだが、本書ではこの方法についてはあまり詳しくは説明されない。数学的方法の解説よりは、その与えるインパクトを述べるのが本書の目的だからと思われるが、補説でも設けて解説すればよいのにと思う。回帰分析はデータ解析によく使う方法だが、本書で驚嘆するのは実に大量のデータ(テラバイト級)を収集解析することがインターネットの普及により簡単にかつリアルタイムで行えるようになっているということだ。ホームページ上で無作為に消費者に対する選択肢を変えることで短時間に仮説を検討して結論することができるのだ。アメリカでは政策についてもこの手法で検定しているというのも驚きである(参加する人には説明と同意をきちんと得ているのだろうか)。 ここで威信を傷つけられるのは、判事や医師のような一般に高度の技術と経験を必要とされる職種の人々である。診断や判決にも専門家個人の裁量というのは将来必要とされなくなるのであろうか? 人間はあまりにも大量のデータを記憶することは不得手であるし、至近な例外的な事例に影響されやすいのが欠点である。漏れのない診断が要求されるのであれば、優秀な診断プログラムの方が得意だろう。しかし至近な例外的事象に影響されるというのは、欠点でもあるが急に変化する状況に臨機応変に対応できるという長所ともなりうる。また最初の仮説の設定には人間が必要なのである。これも人工知能によりとって代わられるのだろうか? 将来専門的事項の判断を仰ぐ際に、人工知能と生身の人間とどちらを選ぶのがより倫理的かという問題も生じるかもしれない。
最終章では常識として弁えておくべき統計的知識(平均と標準偏差)が紹介されている。○×思考の人には是非知っておいてほしいところだが、日本の新聞の統計データには標準偏差なんか付記されていることはほとんどないのが気になる。
最終章では常識として弁えておくべき統計的知識(平均と標準偏差)が紹介されている。○×思考の人には是非知っておいてほしいところだが、日本の新聞の統計データには標準偏差なんか付記されていることはほとんどないのが気になる。