烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

ヤバい経済学

2006-07-16 19:58:27 | 本:経済

 『ヤバい経済学』(スティーヴン・D・レヴィト、スティーヴン・J・タブナー著、望月衛訳、東洋経済新報社刊)を読む。忘れてしまったが、どこかの新聞の書評で取り上げられていたのを見て、題名から連想されるような「ヤバい」内容ではないということが書かれていたので、購入した。
 本書の各章に統一性はないということが冒頭から書かれているように、扱う主題は答案を書きかえてまでいい点数をとらせるいんちき教師や相撲の八百長、ク・クラックス・クラン団員、麻薬の売人など多種多様であるが、一貫したものがあるとすれば、「インセンティブ」であろうか。あることを行わせるようにさせるために与えられる外的な促進的刺激、すなわち馬を走らせるための人参がインセンティブであるが、経済学というのは人間をインセンティブで動く存在とみなす。だからどのような利益が得られるかが分かるならば、集積されたデータ(試験の点数や星取表)からある一定の規則性を読み取ることでインセンティブに突き動かされているかどうかを推測することができる。いんちき教師による答案改変のところはミステリーのような面白さがあるし、巻末の後日談を読むとさらに面白い。
 相撲の八百長については日本では公然の秘密なのだろうか。こういう切り口で見るのも面白い。でも日本ではたぶん議論は盛り上がらないだろうな。論じることのインセンティブがないだろうから。
 ある閉鎖された集団でのみ共有されている情報(秘密)が公開されること、しかも貴重だと思われている情報が他愛もないものであるという形で公開されてしまうことほど組織の結束力を破壊するものはないということをKKKにまつわるエピソードは教えてくれる。
 ニューヨークで犯罪件数が減ったことの原因が、中絶の認可であるという議論の正否はよく分からないが、社会現象の変動にはときには予想もつかない要因が絡む可能性があるということを教えてくれる。しかしこれが真相だとすると、アメリカの貧困の病根は深いと言わざるをえない。軽やかな俊才の経済学的分析を読み終えて、その分析対象となった社会問題の病巣を思うとき手放しで面白いとも言えないなと感じた。