烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

ダヴィンチ・コード

2006-06-10 18:57:05 | 映画のこと

 『ダヴィンチ・コード』を観た。映画をこれから観るという人は、ネタばれになる点に触れるから、ご覧になってから以下を読んでいただきたいと思うのだが、ひとことでいうとschizophrenicなシネマであった。さまざまな示唆的な断片的事実からキリストが妻とした女性がいたということを「断定」し、そのことが明るみにされるとキリスト教という「世界」が瓦解するという危機感を抱くこと、これはもうschizophreniaの妄想世界だ。それはそれとして面白いのだろうけど、これに長時間つきあわされるのは少し疲れる。よくあるトンデモ本の陰謀説の類といえる。
 気になったのは、この映画で重要な役割を担うソフィー・ヌブーなる女性が、どうしてキリストの末裔だと簡単に決めることができるのかが疑問だ。かのイエス・キリストの「血」をひいていることがこの映画では重要なのだが、遺伝学的にいうと直系の女性が始祖の男性の遺伝子を受け継いでいるかどうかは確実にはいえない。キリストは男性だから、確実にいえるのはその男児であれば彼のY染色体を受け継いでいるということだ。しかし他の常染色体およびX染色体については、世代を重ねることに配偶者の染色体を受け継ぐ可能性があるから確実にキリストの遺伝子を受け継いでいるとは断定できない。わかりやすくするために性染色体で話をすると、キリストに娘がいたとするとその子は、彼のX染色体を受け継いでいるが、彼女がある男性と結婚して子供をつくった場合、できる女児にキリストのX染色体を受け継がれる確率は0.5である。世代を重ねれば重ねるだけその確率は低くなっていくからその末裔である女性がキリストの遺伝子を受け継いでいる可能性はかなり低いといえる。一世代30年として2000÷30で約66世代、確率は0.5の66乗という天文学的に低い確率になる。これが直系の男性の場合であればY 染色体はその始祖の男性からしか受け継がれないから、別の男性との間に子供をつくっていなければ、直系の男児は確実にその始祖のY染色体を受け継いでいる。日本の天皇問題でもあれほど男児にこだわるのは、遺伝学的には一理あることだ。そうでないと万世一系の保証ができないから。ついでいいうと遺伝学的にはあまり重要性のないY染色体にこだわるというのは、まさに天皇の「象徴的」性格を反映していて面白い。
 だからこの映画では、鍵となる人物をソフィー・ヌブーという女性ではなく男性にすべきだったのだ。マグダラのマリアにひっぱられてしまったのだろうが、ここはやはりイエスの血を引き継ぐ人物は、男性として設定すべきだった。トム・ハンクスがその役でもよかったのになぁ。