烏有亭日乗

烏の塒に帰るを眺めつつ気ままに綴る読書日記

人形愛の精神分析

2006-06-05 21:42:13 | 本:哲学

 『人形愛の精神分析』(藤田博史著、青土社刊)を読んだ。著者が人形を製作する人たち(人形作家)とともに行ったセミナーの記録をまとめた本であった。ラカン派精神分析の道具立てで人形を製作する営みについての精神分析的解釈なのだが、どうも分析が定型的で面白みに欠ける。分析をしているというより、ラカンのお題目を人形を題材にして繰り返しただけという感じが否めない。こうしたセミナーでは、それこそ著者のいうシニファンからシニファンへの意外な遷移が面白いのだが、あるべき言葉の炸裂、躍動感が伝わってこない。セミナー参加者からはもっと面白い発現があったと思われるのだが。
 人形を実際に製作している職人こそが感じる人形性なるものが引き出せそうに思うが、残念ながらそこで定型的な分析に走ってしまい、だいじな芽が摘まれてしまっている。


 人形を作る行為は、「もの」づくりという観点から見ると、製作行為といえるが、例えば机を作る、家を作るといったものと同列に扱えない要素を含んでいる。それは「もの」にはない過剰ななにかであり、その要素のために人形づくりは人形が完成した時点で完結してしまう単なる製作行為ではない行為である。アリストテレス流にいえば、製作には原因があり、製作が完了した時点でその原因は終わるのであるが、人形は完成品がそこで行為を終わらせない何かを持っている。その「不気味さ」をもう少し掘り下げて欲しかった。