不定形な文字が空を這う路地裏

壊れた受話器に泣かないで

壊れた受話器に泣かないで

 

高速で切り刻まれた、記憶の断片の産卵、街路の水溜りの中で澱んだ紙屑になる、血を感じられない日々の中で神経組織が煙を上げている、いつでもどこか鼻腔が焦げ臭いのはきっとそのせいさ、都市の回転はドラム式の洗濯機のよう、正常に回っているさまを見せつけるためにある…車のホーンが下手糞なシンフォニーを奏でて、安全なはずの横断歩道は渡り切れない者が増える、食料品にどんな値札が付いたって結局は財布を取り出すのさ、それが文明ってやつの正体に違いない、結果的に人々は、マイクロチップを埋め込まれて操られているに等しい、漠然とした共通概念の柔和な支配、無意味な満足感に浸りながらそこかしこで誰もが、すぐに食べられるものばかりで腹を膨らませている、ヒットソングには君が好きで辛いと書いてあればいい、ハイトーンでそれだけを歌っていれば狂ったようにダウンロードされる仕組みになっている、もうそれは音楽とは呼べない、本当の音楽、本当の言葉を聞かせてくれと捨てられた受話器に話しかける、繋がらないという保証がなければ叫ぶことすら出来ない、振り幅が失われ続けている、どいつもこいつも、前を見始めたら前を見続けることしか出来ない、電車の中でスマートフォンを見つめ続けている、俺はハヤカワミステリを開いて行を追い続ける、それがなんだっていうんだ、そんなことだってスタンドプレイだって言われて批判の対象になりかねない世界、無意識に繰り広げられる編隊飛行、距離感が出来上がることがパーフェクトなんだってさ、だけど戦争の無い時代じゃそんなもの、イベントで見せびらかすぐらいしか価値なんかないぜ、何かに乗り込むならそこには行き先が設定されていなければならない、それは日常的に利用する場所であってはいけない、それはただのルーティンだ、そうだろう?意思が無ければ目的なんて生まれっこないんだ、時々ハヤカワミステリを閉じて、大統領選の演説のようにぶちかましたくなる、ねえ、だけど、それは壊れた受話器を相手にする方がずっと楽なんだ、都市の狂騒はルンバの群れに見えるよ、プログラムに従って、ぶつからないように、センサーで感知して、溜め込んだ力が尽きそうになって初めてホームに戻るんだ、そんなルンバたちのほとんどは生身なんだぜ、なあ、随分と薄気味の悪い見世物だと思わないか?そいつらは自分がそういう存在であることに絶大なプライドを持ってる、何の為なんだ?役割の為に生きることがそんなに美しいのか…?まるで汚い声の学級委員だ、どんなに美しいことを言っても聞き取り辛い―共通概念に頼るのはプライベートフォルダが空っぽだからだ、そうだろ?俺のそれには連番がついてるぜ、ディスプレイの中で果てしなく並び続けているんだ、ねえ、わかるかい、人間の容量には限界なんかないんだぜ、果てしなくアップデートして、詰め込んで動かせるんだ、なのにどうして白けた顔して同じ電車にばかり乗り込むのか、俺にはそんなこと理解出来ない、きっと、同じメニューを食べ続けてるせいなのかもな、街の外れに出て、捨てられた路地の中を歩く、肩に真っ青な蛇を乗せた男とすれ違う、強烈な精液の臭いがした、そんな個性は御免被りたい、古臭い喫茶店に入って水出し珈琲を頼む、空気を変えたくなった、ただそれだけさ―意思があればあるで、そんな面倒ごとは果てしなく増えていくんだ、決まったテリトリーの中だけで哲学を振りかざすなんて、そんなマネをするなら今すぐに首を括ったほうがマシさ、刺激を与えてくれるものを探している、自分で作り出すだけじゃまるで足りないんだ、俺はこの街で一番ヘルシーなジャンキーさ、興味本位で動く癖が子供の頃から変わらないんだ、退屈に慣れることなんてきっと一生ないだろうな、それだけは約束出来るよ、退屈に慣れることだけは一生ない、それは人生の終わりってやつさ、記憶の断片は散らばるに任せておけばいい、それがいつか誰かの新しい遊びのヒントになることだってあるかもしれないだろう、もしかしたら俺も小さなころに、どこかでそんな落とし物を拾ったのかもしれないな、例えばそれは、壊れた受話器だったかもしれない、それはあらゆるコミュニケーションの象徴であり、終焉だ、だから俺はこんなものを書き続けなければならないのだ、共感に逃げ込むなんて御免だね、俺はいつか、自分にしか通じない言語になりたい、そのために指先を動かし続けているんだ、路地を歩き倒したら家に帰ろう、帰ろうという気分になってからじゃないと、本当に家に帰ることは難しい、ねえ、それが、真実ってもんじゃないか、水出し珈琲は頭をぶっ飛ばしてくれる、俺は金を払い、ドアベルを鳴らしながらもう一度外界に躍り出る、偽物の清潔みたいな見世物がまかり通っている、弾切れなんかしないぜ、無駄撃ちは昔から大得意なんだ。


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