後方の二枚
左側
蝦蟇仙人(がませんにん)
西町曳山の小脇彫にも刻まれている。
越中八尾観光協会・八尾町曳山保存会発行のガイドブック『越中八尾曳山』は、蝦蟇仙人には中国金代の「劉海蟾」説、宋代の侯先生と呼ばれる「薬売り」説、蝦蟇を使って妖術をおこなう呉の「葛玄」説、とがあると述べているが、私は手元資料により、ここでは「葛玄」説を採用しておく。
蝦蟆仙人 仙人の名。三國、呉の葛玄をいふ。
巧に蝦蟆を使つたからいふ。
又、一般に蝦蟆を使ひこなして術を巧に使ふ仙人をいふ。
葛玄、字孝先、從左玄放受九丹液仙經、指蝦蟆及諸行蟲燕雀之屬使舞、應節如人。
葛玄は字を孝先といい、左元放の弟子となって、九丹液仙経を授けられた。
蛙や昆虫や小鳥を指さして踊らせたが、まるで人間のように、音楽のリズムに合わせて踊った。
左側
葛由(かつゆう)
周、羌の人。成王の時好んで木羊刻して賣る。
一日、羊に騎つて西蜀に入り、綏山に上つて仙道を得。
葛由、羌人也、周成王時、好刻木羊賣之、一旦騎羊入西蜀、上綏山得仙道。