黙祷、海へ。
小林稔
海原に突き出している桟橋から、還らない月日の闇に手首を入れて
記憶のかけらを絡めとる一個の起立した白い彫像のために。
逝くひとは忘却の淵のひろがりに沈む
此方の事象から放たれ船出していく
死者のかそけき頭髪のために。
寄せる波と微風にひたされて、午睡のとぎれかけた空隙に
赤いベルトを締めつけうしろ向きに立つ弟のために。
岩盤に敷物をひろげたように小さな花々が咲く
海に命を亡くした猟師たちの追悼碑の礎のために。
青春を奪還するため、アンダルシアの岸辺からソレントの断崖
オールドデリーの要塞からパドカオンの王宮と庭の仏塔へ。
捨て置かれた私たちの足跡のために。
きみの震える軀が私の横腹にしがみつく。眼下には薄水色の海上に
浮かぶ群島。ごらん、岩陰を裸で歩いているのは私だ。
降下するにつれ海は群青に染まり、未生のきみと滅後の私の
その約束された邂逅のために。
抽斗に眠る少年の銃。忘れられた銃口の夜にテロリストの声を聞く。
海の破片はてのひらから舞い散れ、悔恨と永訣するために。
水が流れている。脊髄を伝って落ちる。踝からあふれ河に注いで海
と交わるところ、たましひの鍵盤をうつ、喪われたピアニストの燃
える十指のために。
〈峡湾をガラガラ蛇のように這いながら疾走する列車に横殴る瀑布。〉
なんだ、こんなことだったのか。
帰路は異邦、行先は切り岸とこころえよ。
しずくを滴(したた)らし昇る太陽と別れいく海、その友愛のために。
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