ヒーメロス通信


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永遠と夏/小林稔詩集「砂の襞」より

2016年07月13日 | 小林稔第7詩集『砂の襞』

永遠と夏
     小林 稔


かつてテラと呼ばれたこの島
古代の遺跡から掘り出された壁画の
赤土のような皮膚をした彼らの裸体
首筋を剃り 巻き毛を垂らして腰を突き出す
ボクシングをする二人の少年のように
どうしたことか 君とぼくはサントリーニ島にいて
照りつける夏の陽射しに 全身を焼かれている
海を少し隔てひっそりと浮かぶ小島
海底に沈んだという 伝説のアトランティスの火山から
灰がこちらに吹き寄せられた断崖に
レストランやカフェのある
外壁に視界をさえぎられた坂道を 
ぼくたちは歩いていた

七つの島を廻るぼくたちの脳裏に絶えずあった
アテネで見た巨大なブロンズのゼウス像
世界を統治する力と調和に全身をゆすられ
兄弟であろうとさまよい出たぼくたちに
一撃を喰らわせる父なる存在
君を倒そうともくろんだことはなかったが
家の庇が影を落とすように ぼくの存在によって
君は傷口をひろげ 化膿している
(すべてを失いつつある兄であるぼく)
知と財産を共有できないのは当然だ
生きるとは不可逆性であるから
(二つの道はどんどん離れてゆく)
富の不均衡と嫉妬は消滅しない

ミューズに導かれたぼくは
いっそう不可解になる迷路で
運命にあそばれる狂人のように
他者になる夢を棄てられない
北極の氷塊に立っているような断崖で
海と空の青に溶け合った 
青春の残された日々が染められる
この白い建物とゆがんだ道を
裸で歩き回ったぼくたちの
宿命のボクシングは 終わりそうにない



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