ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

「坑道」小林稔詩集『砂の襞』2008年思潮社刊

2016年03月17日 | 小林稔第7詩集『砂の襞』

坑 道

小林稔

 

軋むような音が 夜半の静寂に罅を入れている

連日つづいた雨で 切り忘れた竹がいつのまにか

屋根を被うほどに伸びて 昼間の庭に光が射さなくなった

季節遅れの暴風が竹を打ち 瓦を一枚吹き飛ばして地面に叩きつけた

 

ある日 私の飼う室内犬が激しく吼えた

近所の猫が庭に侵入すると吼えることがたびたびあったが

いつもとは違うねじ伏せるような声の異変に気がついた

竹薮の陰がはみ出して 振り落とされた枝葉の散らばる

高さ一メートルほどの石垣に身をおく生き物の姿があった

灰にけぶったような黒毛に包まれ 夕暮れの空気に

消え入るように ひっそりと前足をそろえている

突き出した口に 犬のかたちがかろうじて見分けられた

かつて夢に現われた犬が闇の淵を跨ぎ

いくつもの闇の坑道をとぼとぼ歩いて 

ようやくこの庭に辿り着いたのかも知れぬ

ふくよかであったらしい毛の残部が 胸と尾の辺りに見える

眼差しは定めがたく 世捨て人の凄みさえも伝えて哀れにも気味が悪い

声を立てぬ自らの影に向かって 私の犬が吼えている

私は吼えはしないが 自らの存在 にんげんという孤独な生き物を 

予感し脅えたのではなかったか

 

ある朝 ブルドーザーが根こそぎ竹を掘り起こし運んだ

――明るい光が部屋に注ぎ込んでいる



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