ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

「コンコルド広場」 小林稔詩集『蛇行するセーヌ』より掲載

2016年01月01日 | 小林稔第6詩集『蛇行するセーヌ』

小林稔第六詩集『蛇行するセーヌ』2003年(旧天使舎)以心社刊より

コンコルド広場
小林稔


セーヌの岸に沿って歩いて行くと、グランパレ、プチパレの円蓋が見え、さらに先にエッフェル塔の遠景がある。

                    私たちが引き寄せられるように向かうのはコンコルド広場だ。マリーアン

トワネットが処刑された地点にオベリスクが立っている。荒れ狂う海原に屹立し渡った、アレク

サンドリアから航海した記憶を夕陽の射したその切尖に留めて。

      この街の地下墓地の十字路には夥しい数の死者が葬られて、その間隙に、ミシェランの性能の良いタイヤ

が地下鉄の線路を、猛スピードで回転し続けている。

   
           突如、ショパンの楽曲が、今はマーラーの『シンフォニー四番』ではなくベートーベンの『皇

帝』でもない、私たちの脳裡を疾走したのはショパンの『バラード一番 』。

      青春の矜持は咲き乱れる紅い薔薇、終息することのない夢は海に注ぎ込む銀色の大河のように。

                    めくるめく音階を滑り降りて駆け上がり、息をついて再び駆け上がる高み

で、意を決して一段一段と降り、加速させ転がり落ちて行く。この街と私たちが別れる時は近づいている。

           
                生涯に再びこの地に立つことがあるだろうか。


 離れる私たちの後ろでオベリスクは一瞬、傾いたように見えた。

夏の微風に包まれ、夕暮れの空に聳え立つ金字塔、オベリスクよ、かつて無名の詩人がこの街で、ある時は哀しみに心

を裂き、ある時は夢に燃えた青春のあったことを永遠に記憶せよ。

                               私たちの視線の先、シャンゼリゼ通りの真ん中に

凱旋門が悠然と立つ。街灯が光を放ち、闇をいっそう深くしていた。



copyright 2003 以心社



コメントを投稿