ヒーメロス通信


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ボードレール『悪の花』から「灯台」「あほうどり」訳詩・小林稔

2013年03月24日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「灯台」と「あほうどり」訳詩・小林稔

 

8 灯台 LES PHARES

 

ルーベンス、忘却の河、懶惰の園、

愛することかなわぬ若々しい肉の枕、

しかし、空に空気が海に海が溶け入るように、

生命は一刻も休むことなく流れ息づく。

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ、深く暗い鏡、

可愛らしい天使たちが

彼らの国を閉ざす氷河や松林の陰に

優しい微笑を浮かべ、その姿を見せる。

 

レンブラント、ぶつぶつと不平溢れる悲壮な病院

飾られたのは大きな磔刑の像だけ、

涙に暮れた祈りは、汚物から放たれ、

そのなかを唐突に突き抜ける冬の陽射し。

 

ミケランジェロ、ヘラクレスたちがいる不明瞭な場所、

キリストたちに混じり合い、すくっと立ち上がり、

黄昏のなかで力あふれる亡霊たちが

指を伸ばしながら自らの屍衣を引き裂いている

 

拳闘家の怒り、半獣神の厚かましさ

無礼者たちの美を寄せ集めたおまえ、

傲慢さに充ちた鷹揚なこころ、虚弱な黄ばんだ男

ピュジェよ、徒刑囚たちの憂鬱な帝王。

 

ヴァトー、多くの著名な人たちが

この謝肉祭で蝶のように煌きながら彷徨い、

新鮮で軽やかな装飾を照らし出すシャンデリアは、

渦巻くこの舞踏会に狂気を注いでいる。

 

ゴヤ、未知の物たちであふれる悪夢。

サバト(魔女集会))の最中に焼かれる胎児たち、

鏡に対座する老女たちと、全裸の少女たち、

靴下を整えながら魔物たちを惑わすために。

 

ドラクロワ、堕天使がとり憑いた血の湖、

常緑樹の樅の森がその影を水面に落とし、

憂鬱な空のした、奇妙な吹奏楽隊は通過してゆく、

ヴェーバーのおし殺された溜息のように。

 

これらの呪い、これらの冒瀆、これらの嘆き

これらの法悦、これらの叫び、これらの涙、これらの讃歌は、

千の迷宮を潜りぬけて繰り返される、同じ一つの木霊にすぎない。

これぞ、死すべき人間のため、神から贈られた阿片。

 

これぞ、千の歩哨によって繰り返す一つの叫び、

千の拡声器で送られる指令。

これぞ、千の砦のうえを照らす灯台にすぎない、

深い森で道に迷う猟師の呼び声だ!

 

なぜなら、主よ、それは真により良き証ゆえに、

われらが自らの尊厳を自らに与えるという証、

時代は次々に廻り、われらの熱烈なむせび泣きは

やがて死に絶えることになるという証、そなたの永遠の岸辺で!

 

9 あほうどり L´ARBATOROS

 

船乗りたちは、しばしば気晴らしに

海の巨大な鳥、あほうどりを捕まえる。

この無気力な旅の相棒は

苦い潮流のうえを滑る船のあとについてくる。

 

船員たちが甲板のうえで身を横たえるとすぐに

不器用で、恥じらう、この青空の王者たちの

大きな白い翼を垂らしたみすぼらしい姿は

櫂が両側の海面に引きずる様子に似ている。

 

この翼持つ旅人の、なんとぶざまでだらしないこと!

先ほどはあれほど美しかったのに、今はなんと滑稽で醜いこと!

ある者はパイプで嘴を突きまわし、

ある者は足を引きずって、飛んでいた不具者の真似をする!

 

嵐のなかにも姿を見せ,射手をあざ笑う

雲の王者に「詩人」は似ている。

罵声が飛びかうさなか、地上に追い立てられ

巨大な翼も歩くたびにじゃまになるばかりだ。

 

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