ヒーメロス通信


詩のプライベートレーベル「以心社」・詩人小林稔の部屋にようこそ。

ボードレール『悪の花』から「人間と海」と「美」の訳詩・小林稔

2013年03月19日 | ボードレール研究

ボードレール『悪の花』から「人間と海」と「美」の訳詩・小林稔

 

5 人間と海

 

自由なる人間よ、いつもおまえは海をいとおしむだろう!

海はおまえの鏡。波が終わりなく巻き返えすうねりのなか

おまえはそこに映る自分の魂をじっと見つめる。

おまえの精神も海に劣らずにがい深淵だ。

 

おまえは自分の影像のなかに好んで身を投げる。

両の眼と両の腕でそれを抱く、おまえのこころは

ときおりおまえとおまえのざわめきから気を逸らす

手に負えぬ獰猛なこのうめき声の方へ。

 

おまえたち、海とおまえは、どちらも陰険で慎み深い。

人間よ、おまえの深淵の底を測った者はいない。

おお、海よ、おまえの奥底の富を知る者はいない。

それほどにおまえたちは秘密を守ることに執着している!

 

しかし、おまえは数え切れぬ世紀を通して、

憐憫ももたず悔いもせずひたすら闘いつづける、

じつにおまえたちは、殺戮も死をも愛するものたちだ。

おお、永遠の闘技者たちよ、おお、執念深い兄弟たちよ!

 

 

6 美 LA BEAUTÉ

 

私は美しい、おお 死すべきものたちよ! 石の夢のように

それぞれの人たちがつぎつぎに負傷した私の胸は

詩人に霊感を与えるためにつくられたのだ、

題材(マチエール)として、永遠で無言なる愛のために。

 

私は空の青のなかで君臨する、謎多いスフィンクスのように

私は雪のこころを白鳥の白に結びつける、

線を動かす運動を忌み嫌う私ゆえに

絶対にしない泣くことは、絶対にしない笑うことは。

 

私の堂々とした態度、さらに誇り高き記念建造物から

借り受けたように見える態度をまえにして

詩人たちは、厳しい修練に日々を消費するだろう。

 

なぜなら、私は従順なる恋人たちを幻惑するため

すべての物をもっと美しく写す澄んだ鏡を私は所有する、

それは私の両の眼、永遠の光を仕留める大きな両の眼だ!