ボードレール『悪の花』から「人間と海」と「美」の訳詩・小林稔
5 人間と海
自由なる人間よ、いつもおまえは海をいとおしむだろう!
海はおまえの鏡。波が終わりなく巻き返えすうねりのなか
おまえはそこに映る自分の魂をじっと見つめる。
おまえの精神も海に劣らずにがい深淵だ。
おまえは自分の影像のなかに好んで身を投げる。
両の眼と両の腕でそれを抱く、おまえのこころは
ときおりおまえとおまえのざわめきから気を逸らす
手に負えぬ獰猛なこのうめき声の方へ。
おまえたち、海とおまえは、どちらも陰険で慎み深い。
人間よ、おまえの深淵の底を測った者はいない。
おお、海よ、おまえの奥底の富を知る者はいない。
それほどにおまえたちは秘密を守ることに執着している!
しかし、おまえは数え切れぬ世紀を通して、
憐憫ももたず悔いもせずひたすら闘いつづける、
じつにおまえたちは、殺戮も死をも愛するものたちだ。
おお、永遠の闘技者たちよ、おお、執念深い兄弟たちよ!
6 美 LA BEAUTÉ
私は美しい、おお 死すべきものたちよ! 石の夢のように
それぞれの人たちがつぎつぎに負傷した私の胸は
詩人に霊感を与えるためにつくられたのだ、
題材(マチエール)として、永遠で無言なる愛のために。
私は空の青のなかで君臨する、謎多いスフィンクスのように
私は雪のこころを白鳥の白に結びつける、
線を動かす運動を忌み嫌う私ゆえに
絶対にしない泣くことは、絶対にしない笑うことは。
私の堂々とした態度、さらに誇り高き記念建造物から
借り受けたように見える態度をまえにして
詩人たちは、厳しい修練に日々を消費するだろう。
なぜなら、私は従順なる恋人たちを幻惑するため
すべての物をもっと美しく写す澄んだ鏡を私は所有する、
それは私の両の眼、永遠の光を仕留める大きな両の眼だ!