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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

追憶の人 追悼 北杜夫

2011-10-30 00:28:20 | 読書日記
 人はなぜ追憶を語るのだろうか?
 どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるものだ。その神話は次第にうすれ、やがて時間の深みの中に姿を失うように見える。―だが、あのおぼろげな昔の人の心にそっと爪跡を残していった事柄を、人は知らず知らず、くる年もくる年も反芻をしつづけているものらしい。そうした所作は死ぬまでいつまでも続いてゆくことだろう。それにしても、人はそんな反芻をまったく無意識につづけながら、なぜかふっと目覚めることがある。わけもなく桑に葉に穴をあけている蚕が、自分の咀嚼するわずかな音に気づいて、不安げに首をもたげてみるようなものだ。そんなとき、蚕はどんな気持ちがするのだろうか。

 長い引用になってしまった。これは北杜夫の処女作である「幽霊 ~或る幼年と青春の物語~」の冒頭である。高校生の時に、この一文に出会い、ずっと僕の心を捕らえて離さない文章である。
 実際、この文章にしびれてしまった人は多いのではないだろうか。
 ちょうど僕がこの文章に触れた時は、高校に入ったばかりのころで、気管支喘息がひどく、体力的にも自信がない時だった。そんな気分の時にこの本にはまり、僕の心の中にはずっとこの文章が横たわっている。

 しかし僕と北杜夫の出会いはもう少しさかのぼる。中学校3年生のとき、模擬試験の帰りにふっと立ち寄った本屋さんで、「どくとるマンボウ追想記」を買ったのが最初である。そういえばたぶん生まれて初めて買った文庫本だったと思う。
 
 以前も書いたと思うが、この時期の精神状態が、「みそっかす」とか「ひとりごちる」という形で集団に入り損ねる少年期の北杜夫の姿とみようにダブっていたような気がした。

 この後、「どくとるマンボウ航海記」を読んで、一気に北杜夫のファンになり、作文などに、北杜夫の文章をまねて、すこぶるなんて表現を使ったりしたのもこのころだ。

 そして「夜と霧の隅で」、「天井裏の子供たち」、「白きたおやかな峰」などを読むようになった。「白きたおやかな峰」のエベレスト登頂、いや「どくとるマンボウ青春記」に憧れて登山をするようになり、大学生になってからは、信州大学を実際に見に行ったりもした。
 北杜夫から遠藤周作、開高健、安岡章太郎などの作家に触れるようになった。高校1年生のころには立派な文学青年になっていた。
 また、北杜夫の影響でSFにもはまったりもした。

 僕の嗜好というか思想というものにかなり影響を及ぼしているのも事実で、政治的なことが苦手であったり、権力的でもなく、どこか人間より自然の方がえらいと思っていたりしているところなどは完全に影響を受けているところだろうし、自分自身がマンボウみたいに大海をボワーとさまよっているようなところがあったりする。

 中学校の時に北杜夫の本に出会わなかったら、文学というものと無縁であったような気さえする。
 高校のとき、何か書いている文章が妙に個性的で、へんてこな(←これも影響ですね。)感性をしていることから高校の国語の先生方に結構気に入られ、学校の成績以上の評価を受けていたと思う。

 大学に入ってから、何を思ったか全集をそろえ始めるも途中で絶版になってしまいそろえることは挫折。そのころぐらいから、読まなくなってしまった。
 大学に入ってからは、もっぱら新書御三家(岩波新書、講談社現代新書、中公新書)の日本史関係の本をせっせと読み始めるようになる。
 北山茂夫、林屋辰三郎など立命館史学を築いた研究者の本が多かったと思う。

 そんなこんなではや20年。たまに読んだりはするも中心的に読むようなことはなかった。というか小説自体も読まなくなっている自分がいる。でもどこか先の「幽霊」の文章がずっと心の中にあった。あんな文章が書ければと思い続けてはいた。

 そして今回北杜夫氏の訃報に接した。
 僕自身は、北杜夫の本に出会わなければ、どんな人間になっていただろう。文学というものとまったく無縁だったかもしれない。また人格の形成上どうだったんだろう。
 僕は、結構二面性を持ったところがあった。それを統合できたのは、どくとるマンボウといったユーモアのあるものと「幽霊」や「夜と霧の隅で」といったシリアスな小説とを併せ持った北杜夫の影響があったような気がする。

 そんなことを思いながらこの文章を綴っている。

 手塚治虫の「ブラックジャック」に笑えるようになって少し高等な人間になったというせりふがある。僕は北杜夫のユーモアに触れて少し高等な人間になれたのかもしれない。
 ご冥福をお祈りします。
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