若い、経験が浅いとはいえども、挽回のチャンスはまだ幾つもあったのに…総局へ新しい領解文の早期の取り下げ、撤回の意向の指示もできたであろうが、何よりも総長候補指名が完全な悪手であった…もはや進むも地獄、引くも地獄状態、、今さら総長はすぐに代えられないが、内局を改造して、松原議員に入閣して頂いて、善後策を仕切って頂き、落とし所を見極めていく中でしか、門主も活路が見い出せないのではないだろうか、、御正忌報恩講までがタイムリミットになるだろう。時間はもうあまりない。
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