川口英俊の日記

川口英俊の日記・毎日更新・15年目に
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曇りのち晴れ

2010年06月30日 | 徒然日記・日々の記録
今日はのちとなり、誠に暑い一日となりましたね。

終日寺院勤務

寺務・旧墓地整備・清掃・落ち葉掃除などして過ごす。

合間に皮膚科のある町の診療所へ。一昨日に草刈り作務でうるしにかぶれてしまったところを診察してもらいました。もう痛がゆさのピークは過ぎましたので、すぐに治るものと思います。

早いもので、もう六月も終わりとなりました。いよいよ本格的な暑い夏の季節がやってきそうであります。ここからお盆、秋彼岸が終わるまでは、誠に忙しい時期となって参りますね。

・・

さて、いよいよツォンカパ論師の著作の中でも重要な論著の一つを読み進めて参りたいと存じております。


「悟りへの階梯―チベット仏教の原典『菩提道次第論』」ツォンカパ論師著
ツルティム ケサン・藤仲 孝司翻訳 UNIO

・・

先日6/26にパシフィコ横浜において、ダライ・ラマ14世師・法王猊下によります法話・講演会「縁起賛と発菩提心」が開催されましたようでありまして、その際に配られました資料におけるツォンカパ論師の「縁起賛」がネット上で転載されておりましたので、ここに私も載せさせて頂ければと存じております。

深遠なる縁起の理法へのいざないが、輪廻に迷い・苦しむあまたの衆生を、確かなる出離・菩提心・正見へと至らしめることを願いつつ、縁起の理法をお説きになられました偉大なる師であるお釈迦様を始め、龍樹論師、チャンドラキールティ論師、ツォンカパ論師、また、仏教史上、縁起の理法を様々にお説きになられた無数の各論師たちに改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。
川口 英俊 合掌 九拝

以下、転載開始・・

1
<縁起を> 見て、<それを>説かれたため
<釈尊は>無上の智者であり、無上の師である
<故に、>縁起を見て、それを説かれた
勝利者<仏陀>に礼拝いたします

2
この世のいかなる堕落も
その源は無明である
<縁起を>見ることにより、それ<無明>を滅することができるため
縁起<の教え>が説かれた

3
故に、知性ある者が
縁起の道こそ
あなた(釈尊)の教えの心髄であることを
どうして理解しないことなどあろうか

4
そうであるならば
守護者であるあなたを賞賛するために
縁起を説かれたことよりもすばらしい方法を
いったい誰が見つけられようか

5
「条件に依存しているものはみな
その自性は空である」
これよりも驚くべき
どんな善き教えがあると言うのか

6
凡夫たちはそれ(縁起)にとらわれて
極端論への束縛を堅固にする
賢者にとっては、それ(縁起)が
戯論の網をすべて断ち切る門戸となる

7
この教えは他に見たことがないので
師と名づけられるのはあなた<だけ>である
キツネを獅子<と呼ぶ>ように
非仏教徒たち<の場合>もへつらいの言葉<に過ぎない>

8
すばらしい師よ、すばらしい帰依よ
すばらしい最高の説法者よ、すばらしい守護者よ
縁起を善く説かれた師に
私は礼拝いたします

9
救済者であるあなたは
有情を利益するために
教えの心髄である空を確信できる
比類なき理由を説かれた

10
縁起のありようを
矛盾や不成立と見る人たちは
あなたの体系をいったいどうやって
理解できるというのか

11
あなたの説では
空が縁起の意味であることを見たならば
自性が空であることと
< すべてが>正しく機能することは矛盾しない

12
しかし、その逆を見たならば
空には機能が成り立たず
機能を果たすものは空ではないため
危険な崖から落ちる、と言われている

13
故にあなたの教えでは
縁起を見ることが讃えられている
それはまた、何もないことでも
その自性から存在することでもない

14
<因と条件に>依存しないものは、虚空の華のようである
故に、<因と条件に>依存しないものは存在しない
その自性によって成立しているならば
その成立が因と条件に依存することに矛盾する

15
「故に、<他に>依存して
生じたのではない現象は何もないので
自性が空でない現象は何も存在しない」
と<あなたは>言われた

16
「現象に少しでも自性がある限り
自性を否定することはできないので
涅槃<に至ること>はできず
戯論を滅することもできない」と<あなたは>言われた

17
故に、自性はないと
獅子の声で繰り返し
賢者たちの集まりで善く説かれていることに
いったい誰が対抗できるのか

18
自性が何もないことと
これに依存してこれが生じたという
すべての規定は正しい
この二つが矛盾なく集まることは言うに及ばない

19
「縁起を理由に、極端論に依存しない」
というこの善き教えは
守護者であるあなたが
無上の説法者である理由である

20
このすべては自性が空であるということと
これからこの結果が生じた
という二つの確信は
互いに障りなく助け合っている

21
これよりも驚くべきもの<があるだろうか>
これよりもすばらしいもの<があるだろうか>
こうしてあなたを賞賛することは
<本物の>賞賛であり、他はそうではない

22
無知の奴隷となり
あなたを敵視する者が
自性がないという言葉に耐えられないことは
驚くに足りない

23
しかし、貴重な宝である
縁起というあなたの教えを受け入れながら
空のとどろきに耐えられないことは
私にとって驚くべきことである

24
無自性<の見解>に導く扉である
無上の縁起というその名によって
もし自性にとらわれるなら
今その人を

25
聖者たちが善く旅した
比類なき門戸であり
あなたを喜ばせるこの善き道に
いかなる手段で導けばよいのか

26
自性<があり>、< 因と条件によって>作り出されたのではなく、
<部分に>依存しないものと縁起し、
<部分に>依存して、<因と条件によって>作り出されたもの
この二つが、ひとつの土台において
矛盾することなく集まることなどできようか

27
故に、<他に>依存して生じたものはみな
無始の時より自性を離れているが
<自性があるかの如く>現れる
そこで<釈尊は>、これらはすべて幻のようなものだと言われた

28
あなたがこのように説かれたことに対して
反論者たちが論議をしかけても
法に基づいて論破することはできない
と言われたことも、これ (縁起の教え)によって<私は>よく理解した

29
何故そうなのかと言うと、このように説明することで
見えるもの、見えないものなどの事物について
<ないものを>あるととらえたり、<あるものを>ないととらえたり
することを遠ざけておられるからである

30
あなたの教えが比類なきものである、ということを見た理由は
縁起というこの道であり
< あなたが>説かれた他の教えも
正しい認識であるという確信が生じる

31
あるがままに見て善く説かれた
あなたに従って修行する者たちに
すべての堕落は遠ざかっていく
すべての過失の源が退けられるからである

32
あなたの教えに背を向ける者たちは
たとえ長い間苦労を重ねても
過失を呼び戻しているようである
<それは>我見が堅固なためである

33
ああ、賢者たちが
この二者の違いを理解したならば
その時<彼らが>心の底から
あなたを尊敬しないことなどあろうか

34
あなたの多くの教えについては言うまでもなく
その一部の意味だけから
大まかな確信を得る者たちにも
最高の幸せを与える

35
ああ、私の心は無知に打ち負かされている
このようなすばらしい資質の集まり<であるあなた>に
長い間帰依をしたけれど
その資質の一部さえ得ることはなかった

36
しかし、死に向かって近づいていく
命の流れが止まってしまうまでに
あなたへのわずかな確信を得られたなら
それだけでも恵まれたことだと考える

37
世に現れた仏陀たちが<他の師よりも卓越していた>ように
師の中でも、縁起を説いた師
智慧の中でも、縁起の智慧、この二つが卓越していることを
あなた<だけ>が善く知っておられ、他<の師たち>は知らない

38
あなたが説かれたすべての教えは
縁起から始めて入るものである
それもまた、涅槃のためであり
<有情の堕落を>鎮めない行ないは、あなたにはない

39
ああ、あなたの教えは
誰の耳に届いても
すべての人が静寂を得るため
あなたの教えを維持することを光栄に思わない者などあろうか

40
すべての反論者たちを克服し
前後に矛盾がなく
有情に二つの目的を与えるこの体系に
わたしの喜びは増していく

41
このために、あなたは
ある時はからだを、別の時は命を
そして愛しい者や所有物なども
<三>阿僧祗劫にわたって何度も繰り返し与えられた

42
その<教えの>すぐれた資質を見て
釣り針が魚を<引きあげる>ように
< 釈尊の>お心が<強く>引かれて説かれた教えを
あなたから聞けなかったのは残念なことである

43
その嘆きの激しさは
母の心が
愛しい子供のこと<だけ>を追いかけるように
私の心をとらえて離さない

44
この<嘆き>もまた、あなたのお言葉を思い出して
「<三十二>相<八十>種好の栄えある<仏陀の>しるしで輝き
光の網に完全に包まれ
師の清らかなお声で

45
これをこのように説かれた」と思うと
そのような釈尊のお姿が心に浮かぶだけで
月の光が熱の苦痛<を癒すように>
<私の心は>癒される

46
このようなすばらしい善き体系にも
賢くない人たちは
<もつれた>つる草のように
どの面からも完全に混乱してしまう

47
これを見て
私は多くの努力を積み
賢者たちのあとに従って
あなたの真意を繰り返し求めた

48
そのような時、中観派と実在論者たちの
多くのテキストを学んだが
再び疑問の網に<とらわれて>
私の心は絶え間なく苦しめられた

49
有と無の極端を滅した
あなたの無上の乗り物を
あるがままに解説すると予言されたナーガールジュナのテキストは
夜咲く睡蓮の庭のようである

50
汚れなき智慧のマンダラは満ち
教えはさえぎられることなく虚空を飛び
極端論者の心の闇を晴らし
誤った説法者たちの星座群より強く輝く

51
<そのような>チャンドラキールティの善説という
一連の白い光によって明らかにされたことを
ラマの恩によって見た時
私の心は休息を得た

52
すべての行ないの中で
お言葉の行ないが最もすぐれたものである
その中でもまた、このお言葉であるため
賢者たちはこれ(縁起の教え)によって仏陀を思い起こすべきである

53
その師に従って出家して
勝利者の教えを劣らず学び
ヨガ行に精進する比丘である<私は>
その偉大な修行者をこのように尊敬いたします

54
無上なる師の教えにこのように出会えたのは
ラマの恩によるものなので
この功徳もまた、すべての有情たちが
聖なる精神の導師によって守られる因となるように廻向いたします

55
この救済者の教えが、この世の終わりまで
悪い考えの風で動じることなく
教えの本質を理解して、師に対する信頼を得た者たちで
常に満たされますように

56
縁起のありようを明らかにされた
釈尊の善き体系を
すべての生を通してからだや命を捧げてでも維持し
一瞬たりとも手放すことがありませんように

57
「この最高の指導者が、はかり知れない困難な<行を実践され>
精力的な努力によって達成されたこの<教え>を
いったいどのような手段によって高めていけるだろうか」
と熟考することで、昼も夜も過ごすことができますように

58
清らかですぐれた決意により、このように努力しているので
梵天、帝釈天など世俗の守護神や
大黒天などの護法尊もまた
絶え間なく常に助けてくれますように

・・以上、転載ここまで。

仏教・中観思想の学びは、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違点についての理解まで何とかようやくにたどり着くことができて参りました。

しかし、正直なところ、仏教最高峰の思想哲学であるツォンカパ論師の中観思想の学びにおいて、ここから更にその先は、もはや概念・思考論理の領域を超えていくところであり、あとは実地における知見と実践しかありません。言葉の世界の限界の臨界点を見極めて、その最極限の狭間で現実世界を過ごしていく厳しさが求められていくこととなります。その最極限の狭間においては、相当強靱なる精神力が求められ、少しでも中途半端さ、曖昧さが出てしまうと、あっという間に更なる過酷な迷い・苦しみの輪廻という奈落の底へと一気に転落してしまうこととなってしまうでしょう・・

実に最大限の警戒が必要と存じております。

とにかく、今はまだしばらく、概念・思考論理の領域においてツォンカパ論師の中観思想の学びを進めて参りたいと考えております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇り

2010年06月29日 | 徒然日記・日々の記録
今日はがちな一日となり、蒸し暑くなりましたね。

終日寺院勤務

寺務・法要・草刈り・落ち葉掃除などして過ごす。

夕刻から東大阪市・東公民館へ。

東大阪鳩まめ倶楽部・平成22年度・6月定例事務局会議に出席。

新体制・役割分担の確認、会員拡大・財務体制強化について、ホームページの情報発信充実について、瓢箪山地域まちづくり協議会への協力依頼について、他。

東大阪鳩まめ倶楽部ホームページ
http://www.do-natteruno.com/

本格的に参画して参ります中、色々と勉強できていければと考えております。特に、情報の収集、取材、編集、そして発信のノウハウ、人脈づくりを学んで参りたいと存じます。

先日の平成22年度・第2回瓢箪山地域まちづくり協議会・事務局会議の内容を受けて、私が担当させて頂きます専門部会設置へ向けての協力を依頼させて頂きました。皆さん、積極的に関わって頂けることとなり、誠に有り難く存じております。

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=17

とにかく一つ一つであります。

・・

さて、先日6/26にパシフィコ横浜において、ダライ・ラマ14世師・法王猊下によります法話・講演会「縁起賛と発菩提心」が開催されましたようでありまして、その際に配られました資料におけるツォンカパ論師の「縁起賛」がネット上で転載されておりましたので、ここに私も載せさせて頂ければと存じております。

深遠なる縁起の理法へのいざないが、輪廻に迷い・苦しむあまたの衆生を、確かなる出離・菩提心・正見へと至らしめることを願いつつ、縁起の理法をお説きになられました偉大なる師であるお釈迦様を始め、龍樹論師、チャンドラキールティ論師、ツォンカパ論師、また、仏教史上、縁起の理法を様々にお説きになられた無数の各論師たちに改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。
川口 英俊 合掌 九拝

以下、転載開始・・

1
<縁起を> 見て、<それを>説かれたため
<釈尊は>無上の智者であり、無上の師である
<故に、>縁起を見て、それを説かれた
勝利者<仏陀>に礼拝いたします

2
この世のいかなる堕落も
その源は無明である
<縁起を>見ることにより、それ<無明>を滅することができるため
縁起<の教え>が説かれた

3
故に、知性ある者が
縁起の道こそ
あなた(釈尊)の教えの心髄であることを
どうして理解しないことなどあろうか

4
そうであるならば
守護者であるあなたを賞賛するために
縁起を説かれたことよりもすばらしい方法を
いったい誰が見つけられようか

5
「条件に依存しているものはみな
その自性は空である」
これよりも驚くべき
どんな善き教えがあると言うのか

6
凡夫たちはそれ(縁起)にとらわれて
極端論への束縛を堅固にする
賢者にとっては、それ(縁起)が
戯論の網をすべて断ち切る門戸となる

7
この教えは他に見たことがないので
師と名づけられるのはあなた<だけ>である
キツネを獅子<と呼ぶ>ように
非仏教徒たち<の場合>もへつらいの言葉<に過ぎない>

8
すばらしい師よ、すばらしい帰依よ
すばらしい最高の説法者よ、すばらしい守護者よ
縁起を善く説かれた師に
私は礼拝いたします

9
救済者であるあなたは
有情を利益するために
教えの心髄である空を確信できる
比類なき理由を説かれた

10
縁起のありようを
矛盾や不成立と見る人たちは
あなたの体系をいったいどうやって
理解できるというのか

11
あなたの説では
空が縁起の意味であることを見たならば
自性が空であることと
< すべてが>正しく機能することは矛盾しない

12
しかし、その逆を見たならば
空には機能が成り立たず
機能を果たすものは空ではないため
危険な崖から落ちる、と言われている

13
故にあなたの教えでは
縁起を見ることが讃えられている
それはまた、何もないことでも
その自性から存在することでもない

14
<因と条件に>依存しないものは、虚空の華のようである
故に、<因と条件に>依存しないものは存在しない
その自性によって成立しているならば
その成立が因と条件に依存することに矛盾する

15
「故に、<他に>依存して
生じたのではない現象は何もないので
自性が空でない現象は何も存在しない」
と<あなたは>言われた

16
「現象に少しでも自性がある限り
自性を否定することはできないので
涅槃<に至ること>はできず
戯論を滅することもできない」と<あなたは>言われた

17
故に、自性はないと
獅子の声で繰り返し
賢者たちの集まりで善く説かれていることに
いったい誰が対抗できるのか

18
自性が何もないことと
これに依存してこれが生じたという
すべての規定は正しい
この二つが矛盾なく集まることは言うに及ばない

19
「縁起を理由に、極端論に依存しない」
というこの善き教えは
守護者であるあなたが
無上の説法者である理由である

20
このすべては自性が空であるということと
これからこの結果が生じた
という二つの確信は
互いに障りなく助け合っている

21
これよりも驚くべきもの<があるだろうか>
これよりもすばらしいもの<があるだろうか>
こうしてあなたを賞賛することは
<本物の>賞賛であり、他はそうではない

22
無知の奴隷となり
あなたを敵視する者が
自性がないという言葉に耐えられないことは
驚くに足りない

23
しかし、貴重な宝である
縁起というあなたの教えを受け入れながら
空のとどろきに耐えられないことは
私にとって驚くべきことである

24
無自性<の見解>に導く扉である
無上の縁起というその名によって
もし自性にとらわれるなら
今その人を

25
聖者たちが善く旅した
比類なき門戸であり
あなたを喜ばせるこの善き道に
いかなる手段で導けばよいのか

26
自性<があり>、< 因と条件によって>作り出されたのではなく、
<部分に>依存しないものと縁起し、
<部分に>依存して、<因と条件によって>作り出されたもの
この二つが、ひとつの土台において
矛盾することなく集まることなどできようか

27
故に、<他に>依存して生じたものはみな
無始の時より自性を離れているが
<自性があるかの如く>現れる
そこで<釈尊は>、これらはすべて幻のようなものだと言われた

28
あなたがこのように説かれたことに対して
反論者たちが論議をしかけても
法に基づいて論破することはできない
と言われたことも、これ (縁起の教え)によって<私は>よく理解した

29
何故そうなのかと言うと、このように説明することで
見えるもの、見えないものなどの事物について
<ないものを>あるととらえたり、<あるものを>ないととらえたり
することを遠ざけておられるからである

30
あなたの教えが比類なきものである、ということを見た理由は
縁起というこの道であり
< あなたが>説かれた他の教えも
正しい認識であるという確信が生じる

31
あるがままに見て善く説かれた
あなたに従って修行する者たちに
すべての堕落は遠ざかっていく
すべての過失の源が退けられるからである

32
あなたの教えに背を向ける者たちは
たとえ長い間苦労を重ねても
過失を呼び戻しているようである
<それは>我見が堅固なためである

33
ああ、賢者たちが
この二者の違いを理解したならば
その時<彼らが>心の底から
あなたを尊敬しないことなどあろうか

34
あなたの多くの教えについては言うまでもなく
その一部の意味だけから
大まかな確信を得る者たちにも
最高の幸せを与える

35
ああ、私の心は無知に打ち負かされている
このようなすばらしい資質の集まり<であるあなた>に
長い間帰依をしたけれど
その資質の一部さえ得ることはなかった

36
しかし、死に向かって近づいていく
命の流れが止まってしまうまでに
あなたへのわずかな確信を得られたなら
それだけでも恵まれたことだと考える

37
世に現れた仏陀たちが<他の師よりも卓越していた>ように
師の中でも、縁起を説いた師
智慧の中でも、縁起の智慧、この二つが卓越していることを
あなた<だけ>が善く知っておられ、他<の師たち>は知らない

38
あなたが説かれたすべての教えは
縁起から始めて入るものである
それもまた、涅槃のためであり
<有情の堕落を>鎮めない行ないは、あなたにはない

39
ああ、あなたの教えは
誰の耳に届いても
すべての人が静寂を得るため
あなたの教えを維持することを光栄に思わない者などあろうか

40
すべての反論者たちを克服し
前後に矛盾がなく
有情に二つの目的を与えるこの体系に
わたしの喜びは増していく

41
このために、あなたは
ある時はからだを、別の時は命を
そして愛しい者や所有物なども
<三>阿僧祗劫にわたって何度も繰り返し与えられた

42
その<教えの>すぐれた資質を見て
釣り針が魚を<引きあげる>ように
< 釈尊の>お心が<強く>引かれて説かれた教えを
あなたから聞けなかったのは残念なことである

43
その嘆きの激しさは
母の心が
愛しい子供のこと<だけ>を追いかけるように
私の心をとらえて離さない

44
この<嘆き>もまた、あなたのお言葉を思い出して
「<三十二>相<八十>種好の栄えある<仏陀の>しるしで輝き
光の網に完全に包まれ
師の清らかなお声で

45
これをこのように説かれた」と思うと
そのような釈尊のお姿が心に浮かぶだけで
月の光が熱の苦痛<を癒すように>
<私の心は>癒される

46
このようなすばらしい善き体系にも
賢くない人たちは
<もつれた>つる草のように
どの面からも完全に混乱してしまう

47
これを見て
私は多くの努力を積み
賢者たちのあとに従って
あなたの真意を繰り返し求めた

48
そのような時、中観派と実在論者たちの
多くのテキストを学んだが
再び疑問の網に<とらわれて>
私の心は絶え間なく苦しめられた

49
有と無の極端を滅した
あなたの無上の乗り物を
あるがままに解説すると予言されたナーガールジュナのテキストは
夜咲く睡蓮の庭のようである

50
汚れなき智慧のマンダラは満ち
教えはさえぎられることなく虚空を飛び
極端論者の心の闇を晴らし
誤った説法者たちの星座群より強く輝く

51
<そのような>チャンドラキールティの善説という
一連の白い光によって明らかにされたことを
ラマの恩によって見た時
私の心は休息を得た

52
すべての行ないの中で
お言葉の行ないが最もすぐれたものである
その中でもまた、このお言葉であるため
賢者たちはこれ(縁起の教え)によって仏陀を思い起こすべきである

53
その師に従って出家して
勝利者の教えを劣らず学び
ヨガ行に精進する比丘である<私は>
その偉大な修行者をこのように尊敬いたします

54
無上なる師の教えにこのように出会えたのは
ラマの恩によるものなので
この功徳もまた、すべての有情たちが
聖なる精神の導師によって守られる因となりように廻向いたします

55
この救済者の教えが、この世の終わりまで
悪い考えの風で動じることなく
教えの本質を理解して、師に対する信頼を得た者たちで
常に満たされますように

56
縁起のありようを明らかにされた
釈尊の善き体系を
すべての生を通してからだや命を捧げてでも維持し
一瞬たりとも手放すことがありませんように

57
「この最高の指導者が、はかり知れない困難な<行を実践され>
精力的な努力によって達成されたこの<教え>を
いったいどのような手段によって高めていけるだろうか」
と熟考することで、昼も夜も過ごすことができますように

58
清らかですぐれた決意により、このように努力しているので
梵天、帝釈天など世俗の守護神や
大黒天などの護法尊もまた
絶え間なく常に助けてくれますように

・・以上、転載ここまで。

仏教・中観思想の学びは、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違点についての理解まで何とかようやくにたどり着くことができて参りました。

しかし、正直なところ、仏教最高峰の思想哲学であるツォンカパ論師の中観思想の学びにおいて、ここから更にその先は、もはや概念・思考論理の領域を超えていくところであり、あとは実地における知見と実践しかありません。言葉の世界の限界の臨界点を見極めて、その最極限の狭間で現実世界を過ごしていく厳しさが求められていくこととなります。その最極限の狭間においては、相当強靱なる精神力が求められ、少しでも中途半端さ、曖昧さが出てしまうと、あっという間に更なる過酷な迷い・苦しみの輪廻という奈落の底へと一気に転落してしまうこととなってしまうでしょう・・

実に最大限の警戒が必要と存じております。

とにかく、今はまだしばらく、概念・思考論理の領域においてツォンカパ論師の中観思想の学びを進めて参りたいと考えております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

晴れ時々曇り

2010年06月28日 | 徒然日記・日々の記録
今日は時々の一日となりまして、もう夏らしい一日となってきましたね。

午前、寺院勤務

寺務・岩瀧不動明王様御供養・枯れた花抜き・ゴミ収集・落ち葉掃除などして過ごす。

岩瀧不動明王様・清掃・御供養


岩瀧



梅雨の雨で水量が誠に多かったですね。何とかお不動さんはご無事でした。

もう沢蟹君も元気にいました。。


少し作務の途中でうるしの葉にあたって皮膚が結構かぶれてしまったようで、誠に痛がゆいですね。

午後から所用のため外出。

とにかく粛々とであります。。


・・

仏教・中観思想の学びは、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違点についての理解まで何とかようやくにたどり着くことができて参りました。

しかし、正直なところ、仏教最高峰の思想哲学であるツォンカパ論師の中観思想の学びにおいて、ここから更にその先は、もはや概念・思考論理の領域を超えていくところであり、あとは実地における知見と実践しかありません。言葉の世界の限界の臨界点を見極めて、その最極限の狭間で現実世界を過ごしていく厳しさが求められていくこととなります。その最極限の狭間においては、相当強靱なる精神力が求められ、少しでも中途半端さ、曖昧さが出てしまうと、あっという間に更なる過酷な迷い・苦しみの輪廻という奈落の底へと一気に転落してしまうこととなってしまうでしょう・・

実に最大限の警戒が必要と存じております。

とにかく、今はまだしばらく、概念・思考論理の領域においてツォンカパ論師の中観思想の学びを進めて参りたいと考えております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇り時々晴れ

2010年06月27日 | 徒然日記・日々の記録
今日は時々の一日となりまして、誠に暑い一日となりましたね。

終日、所用のため外出。

本当に久しぶりに一日ゆっくりと気分転換ができまして、誠に良かったです。

時にはリフレッシュも大切でありますね。

桔梗

東大阪市の市花が桔梗で、確か市の何かのイベントの時にもらった苗で半年ほど前に植えていたのが、ようやくに花が咲きました。誠に綺麗ですね。花言葉は、清楚・気品。

・・

仏教・中観思想の学びは、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違点についての理解まで何とかようやくにたどり着くことができて参りました。

しかし、正直なところ、仏教最高峰の思想哲学であるツォンカパ論師の中観思想の学びにおいて、ここから更にその先は、もはや概念・思考論理の領域を超えていくところであり、あとは実地における知見と実践しかありません。言葉の世界の限界の臨界点を見極めて、その最極限の狭間で現実世界を過ごしていく厳しさが求められていくこととなります。その最極限の狭間においては、相当強靱なる精神力が求められ、少しでも中途半端さ、曖昧さが出てしまうと、あっという間に更なる過酷な迷い・苦しみの輪廻という奈落の底へと一気に転落してしまうこととなってしまうでしょう・・

実に最大限の警戒が必要と存じております。

とにかく、今はまだしばらく、概念・思考論理の領域においてツォンカパ論師の中観思想の学びを進めて参りたいと考えております。

・・

仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
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これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

2010年06月26日 | 徒然日記・日々の記録
今日はの一日となり、誠に蒸し暑い一日となりましたね。

終日寺院勤務

寺務・法要・清掃などして過ごす。

迷いウサギ

なによー

さて、仏教・中観思想の学びは、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違点についての理解まで何とかようやくにたどり着くことができて参りました。

しかし、正直なところ、仏教最高峰の思想哲学であるツォンカパ論師の中観思想の学びにおいて、ここから更にその先は、もはや概念・思考論理の領域を超えていくところであり、あとは実地における知見と実践しかありません。言葉の世界の限界の臨界点を見極めて、その最極限の狭間で現実世界を過ごしていく厳しさが求められていくこととなります。その最極限の狭間においては、相当強靱なる精神力が求められ、少しでも中途半端さ、曖昧さが出てしまうと、あっという間に更なる過酷な迷い・苦しみの輪廻という奈落の底へと一気に転落してしまうこととなってしまうでしょう・・

実に最大限の警戒が必要と存じております。

とにかく、今はまだしばらく、概念・思考論理の領域においてツォンカパ論師の中観思想の学びを進めて参りたいと考えております。

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仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
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これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇りのち雨

2010年06月25日 | 徒然日記・日々の記録
今日はのちとなり、少し涼しい一日となりましたね。

午前、寺院勤務

寺務・お墓回向・草刈りなどして過ごす。

午後から所用のため外出。

さて、少しブログの内容を今後どのように改変していこうかと思案致しております。本ブログも2004年10月から、かれこれつらつらと続けてほぼ5年8ヶ月あまりが経過しております。また、2004年10月以前の2年分程も別のブログにおいて更新していたのですが、残念ながらも既にそのデータは無くなってしまっています。

日々の寺務と諸活動の記録、日常の雑感、仏教学びのメモ、画像の四本柱を中心として、少しアクセントを加えていきながら、今の一日平均の純訪問アクセス100程度から、何とか一日平均純アクセス500ぐらいを目標にしていけたらと考えております。

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仏教・学びの進捗状況全般参照
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/

施本シリーズ

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇りのち晴れ

2010年06月24日 | 徒然日記・日々の記録
今日はのちとなり、誠に暑い一日となりましたね。

終日寺院勤務

寺務・水子地蔵尊御供養・枯れた花抜き・ゴミ収集・草刈り・落ち葉掃除などして過ごす。

合間に昨日の平成22年度・第2回瓢箪山地域まちづくり協議会・事務局会議の議事録作成。

いよいよ本格的事業実施のための専門部会を設けていくこととなります。当面は「高齢者にやさしいまちづくり部会」、「子育て支援部会」、「地域情報発信部会」の三つを中心として、地域通貨導入の展開次第で「商店街活性部会」が設置されることとなります。

私は、「子育て支援部会」と「地域情報発信部会」の運用スキームを確立させることにしばらくは取り組むこととなります。とにかく一つ一つであります。

瓢箪山へようこそ・瓢箪山地域まちづくり協議会ホームページ
http://hyotanyamarket.net/

協議会概要
http://hyotanyamarket.net/office.html

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=16

梅雨の合間の紫陽花




・・

仏教では、迷い・苦しみの輪廻からの解脱、涅槃寂静へ向けて、「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」ということが盛んに述べられます。

このことは、頭では理解できていたとしても、日常生活の中においては、様々な欲望・煩悩・虚妄分別により、常に何かに執着し、こだわり、とらわれ、かたよってしまっており、とてもそのような境地に至ることは難儀至極であります。

確かに、瞑想・座禅や無心で何かに集中して打ち込んでいる時などは、ほんの一瞬だけでも、そのような境地に至れることはあるでしょうが、持続してそのような境地を保つことは本当に難しいことであります。

また、何が自分の「執着、こだわり、とらわれ、かたより」であるのかさえも分からない場合のことの方が多いのではないかと思います。

私も最近になって、ようやくに自分が何に執着し、こだわり、とらわれ、かたよっているのかが、やっと分かるようになって参りました。

まずは、自分の中で無くさねばならない執着の対象を丁寧に見つけ出していくことから始めないと、いきなり「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」と言われても、所詮無理であり、机上の空論でしかないこととなってしまいかねません。

仏教最大の真理要諦である「縁起」というものを単に空論に陥れてしまわないためにも、しっかりと理解と実践に努めていかなければならないと存じております。

※上記の「空論」は、あくまでも「意味のない空しい論」ということで、「縁起」と共に非常に仏教においては重要となる「空」思想の論のこととは違いますのであしからずご了承下さいませ。

・・

最近は、仏教・中観思想における学びを一歩一歩と進めておりますが、仏教最大の真理要諦である「縁起」について、理論だけの理解に留まらず、実地に生きていく中において知見していけるかどうかも誠に重要であると考えております。


・・

中観思想の学びの進めにおきまして、次に「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」を読み進め中。

二部構成で、第一部では、ツォンカパ論師の「ラムツォ・ナムスム」における「出離」・「菩提心」・「正見」の「三要訣」という実に深遠なるチベット仏教における真髄なるところの教えについての解説が成されております。

・・

「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」の再々読を終えまして、ようやくに、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違についての理解が及んできたように存じております。

自相の成立の有無の問題については、更に理解を深めていければと考えております。

・・

仏教・中観思想の考究を続けておりますが、「中観自立論証派と中観帰謬論証派の見解の相違点」について解説されているコラムをご紹介させて頂きます。少し内容は難解となっておりますが、かなり、重要で微細なる両派の相違点について、明確に扱われているのではないかと考えております。私もしっかりと理解していければと存じます。

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

教理の考察「誰も知らない火事」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B

・・


『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』大蔵出版
 ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ著
 マリア・リンチェン翻訳

仏教最大の要諦である縁起の理法、勝義空・吉祥空を学ぶ上で、誠にすばらしいダライ・ラマ14世師のご法話の内容であり、また、中観帰謬論証派の思想を学ぶ上でも実に有意義なる内容でございました。直接の猊下のご法話をお聞かせ頂いたわけではございませんが、翻訳本を通してという間接的にではあれども、この際にダライ・ラマ14世師の法雨に与れて幸甚の至り、至福なることでございました。

ダライ・ラマ14世師に改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。

この浅学非才の未熟者ではございますが、これからも中観思想の学びを一歩一歩何とか進めて行ければと存じております。また、できうる限り早期に施本第六弾の執筆へと論考研鑽できればと考えております。

・・

かつて仏教学会に一大センセーショナルを巻き起こした「批判仏教学派」のことにつきまして現時点におけます私の見解を補足させて頂こうと存じております。

誠に中観思想について強く興味を持って頂くための一つの入り口として、松本史朗先生の著書を紹介させて頂くことがあります。例えば、松本先生の著書「チベット仏教哲学」がその一つでありますが、他にも「縁起と空 如来蔵思想批判」・「禅仏教の批判的研究」、または、袴谷憲昭先生の著書「批判仏教」・「本覚思想批判」がございますが、両先生のそれらの著書の内容として、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定されていると一般的に思われているところでございまして、「批判仏教学派」と言われています。

両先生の真なる批判の意図するところにつきましては、なかなか容易には計り知れないものでございますが、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定しているとしての前提にて、私の現時点での本覚思想、如来蔵・仏性思想の理解と致しまして、それぞれの思想は、あくまでも世俗諦における仏説の一方便として正しいものであると考えておりまして、そのあたりで、本覚思想、如来蔵・仏性思想を完全に否定しているのとは、見解を異としております。

ただ、世俗諦における仏説の一方便として正しいとは申しましても、その方便としての扱いやその思想へと至る過程についても、慎重に吟味しながら扱っていく必要性はあるのではないかと存じております。

もちろん、このあたりの精査につきましても慎重に「世俗諦と勝義諦の二諦」の解釈と平行して進めていかなければならないと考えております。

・・

仏教最高峰の論理学は、龍樹論師以来の中観思想、チャンドラキィールティ論師以来の中観帰謬論証派の展開を再構築したツォンカパ論師の思想であり、仏教最高峰の認識学は、唯識思想と中観論理学の統合を企図することに尽力したダルマキールティ論師の思想であります。ツォンカパ論師とダルマキールティ論師、二大巨頭の思想をしっかりと学ぶことは、実に有意義なることでございます。とにかく難解な両論師の思想を一歩一歩理解していければと考えております。

・・

ツォンカパ論師の中観思想において、世俗諦と勝義諦の二諦の解釈における重要な論考として、「勝義無・言説有」があります。誠にここの理解を誤りなく進めれるかどうかがツォンカパ論師の中観思想を学ぶ上で非常に大切であります。

・・

倶生我執と遍計所執・・煩悩により迷い苦しみの輪廻を彷徨うこととなるこの二執着をいかにして離していくべきであるのかを精査検討していくことが、中観思想の学びにおいても非常に重要となります。いわゆる「人無我」と「法無我」の理解であります。

・・

日本の仏教は、誠に中観帰謬論証派の学びを徹底して進めての再構築が必要であると強く思う次第でございます。お釈迦様の原点への回帰を目指す上でもかなり重要度が高いと存じております。

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixi「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティでは、かなり熱く深い議論が展開されておりまして、少しずつですが有意義なコミュニティへとなりつつあります。私は忙しさにかまけてしまい、論考コメントが少なくなってしまっていますが、何とか盛り返していければと考えています。

現在、mixiにて「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティを運用させて頂いております。現在、mixiは、既に招待制度を廃止し、誰でも自由に加入できるようになっています。

http://mixi.jp/

「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教最高峰の論理学・中観思想・・龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の「中観思想・空思想」の発展について全般的な学びを進めていくために、色々と論題を設けて、意見交換・討議を行って参りたいと存じております。ご興味のある方は是非ご参加下さいませ。

仏教最大の要諦「縁起」の理法・・増益(過剰肯定)と損減(過剰否定)を離れて、「縁起」のありようを理解することが仏教最大の一大事であります。これが非常に難しい・・特に「世俗諦」と「勝義諦」の「二諦」の解釈の難しさとも通じるところであります。とにかく、ツォンカパ論師の中観思想の学びを更に進めて参りたいと存じます。

・・

集中的に再読していく論著

「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

雨のち曇り

2010年06月23日 | 徒然日記・日々の記録
今日はのちとなり、少し蒸し暑くなりましたね。

午前、寺院勤務

寺務・草刈り・枯れた花抜きなどして過ごす。

午後から瓢箪山サンロード商店街・スマイル瓢箪山事務所へ。

平成22年度・第2回瓢箪山地域まちづくり協議会・事務局会議に出席。

[主な内容]
1.挨拶・出席者・資料の確認
2.報告事項
・第3回協議会の議事内容の確認
・キューたんステーション運用の状況
・協議会参画者・ボランティア申込み状況
・酒井ゼミにおける地域通貨研究の進捗状況
・その他
3.審議事項
・現時点における協議会参画者の確認について
・今後の参画者(人材・ボランティア)依頼、連携協働を依頼する各種団体について
・キューたんステーションのボランティア体制の強化について
・キューたんステーション活用案について
・シニア地域活動実践塾への協力について(東大阪市高齢者サービスセンター)
・専門部会の設置について
・その他
4.その他
・今後の定例会(協議会・事務局会議)・専門部会開催のスケジュールについて

組織体制の整備を進めるために、継続して会員となる人材、お手伝い頂くボランティアの発掘・養成を進め、また、キューたんステーションの活用へ向けての取り組みを展開しつつ、更には、専門部会として、高齢者にやさしいまちづくり部会、子育て支援部会、地域情報発信部会の三つの部会を設置して、運用していくこととなりました。

しばらくは、人材の発掘・養成と平行して、各部会の基本スキームの確立・運用へ向けて動くこととなりました。

私は、子育て支援部会、地域情報発信部会の二つの運用スキームを確立するために取り組むこととなりました。

とにかく一つ一つであります。

 東大阪市・第二次総合計画審議会・地域別部会におきましてご一緒させて頂きまして、部会長を務められておられました大阪商業大学・総合経営学部・商学科の准教授であられます酒井理先生のご指導下にて、先生が長年取り組んでおられる瓢箪山商店街活性化プロジェクトの一環におきまして、この度、「瓢箪山地域まちづくり協議会」(会長・酒井理氏)が発足され、商店街の活性化と地域まちづくり活性化を連動して推進していく母体としての組織体制の整備が進められています。

 若輩の未熟者ではございますが、私は事務局長の任を賜っておりまして、体制整備に関しまして、鋭意精進努力致しております。

 そこで、様々に市内におきまして市民活動や社会活動にて活躍されておられます方々の参画を頂き、ご意見やアドバイス等、これからの事業への協力を賜るために、広く有為なる人材を市井に求めさせて頂いております次第でございます。

 協議会の趣旨・目的に関しましては、下記の内容をご参照頂きまして、参画にご興味のある方は、是非、ご連絡を頂けましたらと考えております。

 地域まちづくりの発展、地域への貢献を目指して、これから様々な地域まちづくり関係団体と連携協働を模索していきながら地域課題の解決を図っていき、地域住民ニーズに的確に対応できる意義の高い組織体制づくりを行って参りたいと考えております。

 どうかご理解頂きまして、ご協力を賜れますよう、何卒、宜しくお願い申し上げます。

瓢箪山へようこそ・瓢箪山地域まちづくり協議会ホームページ
http://hyotanyamarket.net/

協議会概要
http://hyotanyamarket.net/office.html

事務所・キューたんステーションは、地域まちづくりについての情報収集や発信、連携協働促進へ向けて、お気軽に活用のご検討を下さいませ。

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=16

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さて、仏教では、迷い・苦しみの輪廻からの解脱、涅槃寂静へ向けて、「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」ということが盛んに述べられます。

このことは、頭では理解できていたとしても、日常生活の中においては、様々な欲望・煩悩・虚妄分別により、常に何かに執着し、こだわり、とらわれ、かたよってしまっており、とてもそのような境地に至ることは難儀至極であります。

確かに、瞑想・座禅や無心で何かに集中して打ち込んでいる時などは、ほんの一瞬だけでも、そのような境地に至れることはあるでしょうが、持続してそのような境地を保つことは本当に難しいことであります。

また、何が自分の「執着、こだわり、とらわれ、かたより」であるのかさえも分からない場合のことの方が多いのではないかと思います。

私も最近になって、ようやくに自分が何に執着し、こだわり、とらわれ、かたよっているのかが、やっと分かるようになって参りました。

まずは、自分の中で無くさねばならない執着の対象を丁寧に見つけ出していくことから始めないと、いきなり「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」と言われても、所詮無理であり、机上の空論でしかないこととなってしまいかねません。

仏教最大の真理要諦である「縁起」というものを単に空論に陥れてしまわないためにも、しっかりと理解と実践に努めていかなければならないと存じております。

※上記の「空論」は、あくまでも「意味のない空しい論」ということで、「縁起」と共に非常に仏教においては重要となる「空」思想の論のこととは違いますのであしからずご了承下さいませ。

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最近は、仏教・中観思想における学びを一歩一歩と進めておりますが、仏教最大の真理要諦である「縁起」について、理論だけの理解に留まらず、実地に生きていく中において知見していけるかどうかも誠に重要であると考えております。


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中観思想の学びの進めにおきまして、次に「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」を読み進め中。

二部構成で、第一部では、ツォンカパ論師の「ラムツォ・ナムスム」における「出離」・「菩提心」・「正見」の「三要訣」という実に深遠なるチベット仏教における真髄なるところの教えについての解説が成されております。

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「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」の再々読を終えまして、ようやくに、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違についての理解が及んできたように存じております。

自相の成立の有無の問題については、更に理解を深めていければと考えております。

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仏教・中観思想の考究を続けておりますが、「中観自立論証派と中観帰謬論証派の見解の相違点」について解説されているコラムをご紹介させて頂きます。少し内容は難解となっておりますが、かなり、重要で微細なる両派の相違点について、明確に扱われているのではないかと考えております。私もしっかりと理解していければと存じます。

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

教理の考察「誰も知らない火事」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B

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『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』大蔵出版
 ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ著
 マリア・リンチェン翻訳

仏教最大の要諦である縁起の理法、勝義空・吉祥空を学ぶ上で、誠にすばらしいダライ・ラマ14世師のご法話の内容であり、また、中観帰謬論証派の思想を学ぶ上でも実に有意義なる内容でございました。直接の猊下のご法話をお聞かせ頂いたわけではございませんが、翻訳本を通してという間接的にではあれども、この際にダライ・ラマ14世師の法雨に与れて幸甚の至り、至福なることでございました。

ダライ・ラマ14世師に改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。

この浅学非才の未熟者ではございますが、これからも中観思想の学びを一歩一歩何とか進めて行ければと存じております。また、できうる限り早期に施本第六弾の執筆へと論考研鑽できればと考えております。

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かつて仏教学会に一大センセーショナルを巻き起こした「批判仏教学派」のことにつきまして現時点におけます私の見解を補足させて頂こうと存じております。

誠に中観思想について強く興味を持って頂くための一つの入り口として、松本史朗先生の著書を紹介させて頂くことがあります。例えば、松本先生の著書「チベット仏教哲学」がその一つでありますが、他にも「縁起と空 如来蔵思想批判」・「禅仏教の批判的研究」、または、袴谷憲昭先生の著書「批判仏教」・「本覚思想批判」がございますが、両先生のそれらの著書の内容として、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定されていると一般的に思われているところでございまして、「批判仏教学派」と言われています。

両先生の真なる批判の意図するところにつきましては、なかなか容易には計り知れないものでございますが、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定しているとしての前提にて、私の現時点での本覚思想、如来蔵・仏性思想の理解と致しまして、それぞれの思想は、あくまでも世俗諦における仏説の一方便として正しいものであると考えておりまして、そのあたりで、本覚思想、如来蔵・仏性思想を完全に否定しているのとは、見解を異としております。

ただ、世俗諦における仏説の一方便として正しいとは申しましても、その方便としての扱いやその思想へと至る過程についても、慎重に吟味しながら扱っていく必要性はあるのではないかと存じております。

もちろん、このあたりの精査につきましても慎重に「世俗諦と勝義諦の二諦」の解釈と平行して進めていかなければならないと考えております。

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仏教最高峰の論理学は、龍樹論師以来の中観思想、チャンドラキィールティ論師以来の中観帰謬論証派の展開を再構築したツォンカパ論師の思想であり、仏教最高峰の認識学は、唯識思想と中観論理学の統合を企図することに尽力したダルマキールティ論師の思想であります。ツォンカパ論師とダルマキールティ論師、二大巨頭の思想をしっかりと学ぶことは、実に有意義なることでございます。とにかく難解な両論師の思想を一歩一歩理解していければと考えております。

・・

ツォンカパ論師の中観思想において、世俗諦と勝義諦の二諦の解釈における重要な論考として、「勝義無・言説有」があります。誠にここの理解を誤りなく進めれるかどうかがツォンカパ論師の中観思想を学ぶ上で非常に大切であります。

・・

倶生我執と遍計所執・・煩悩により迷い苦しみの輪廻を彷徨うこととなるこの二執着をいかにして離していくべきであるのかを精査検討していくことが、中観思想の学びにおいても非常に重要となります。いわゆる「人無我」と「法無我」の理解であります。

・・

日本の仏教は、誠に中観帰謬論証派の学びを徹底して進めての再構築が必要であると強く思う次第でございます。お釈迦様の原点への回帰を目指す上でもかなり重要度が高いと存じております。

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixi「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティでは、かなり熱く深い議論が展開されておりまして、少しずつですが有意義なコミュニティへとなりつつあります。私は忙しさにかまけてしまい、論考コメントが少なくなってしまっていますが、何とか盛り返していければと考えています。

現在、mixiにて「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティを運用させて頂いております。現在、mixiは、既に招待制度を廃止し、誰でも自由に加入できるようになっています。

http://mixi.jp/

「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教最高峰の論理学・中観思想・・龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の「中観思想・空思想」の発展について全般的な学びを進めていくために、色々と論題を設けて、意見交換・討議を行って参りたいと存じております。ご興味のある方は是非ご参加下さいませ。

仏教最大の要諦「縁起」の理法・・増益(過剰肯定)と損減(過剰否定)を離れて、「縁起」のありようを理解することが仏教最大の一大事であります。これが非常に難しい・・特に「世俗諦」と「勝義諦」の「二諦」の解釈の難しさとも通じるところであります。とにかく、ツォンカパ論師の中観思想の学びを更に進めて参りたいと存じます。

・・

集中的に再読していく論著

「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇りのち晴れ

2010年06月22日 | 徒然日記・日々の記録
今日はのちとなり、誠に暑くなりましたね。

終日寺院勤務

寺務・草刈り・落ち葉掃除などして過ごす。

合間に瓢箪山地域まちづくり協議会の事務事項の処理。

これまでの活動報告
http://hide-1.jugem.jp/?cid=16

迷いウサギ

うまー

さて、仏教では、迷い・苦しみの輪廻からの解脱、涅槃寂静へ向けて、「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」ということが盛んに述べられます。

このことは、頭では理解できていたとしても、日常生活の中においては、様々な欲望・煩悩・虚妄分別により、常に何かに執着し、こだわり、とらわれ、かたよってしまっており、とてもそのような境地に至ることは難儀至極であります。

確かに、瞑想・座禅や無心で何かに集中して打ち込んでいる時などは、ほんの一瞬だけでも、そのような境地に至れることはあるでしょうが、持続してそのような境地を保つことは本当に難しいことであります。

また、何が自分の「執着、こだわり、とらわれ、かたより」であるのかさえも分からない場合のことの方が多いのではないかと思います。

私も最近になって、ようやくに自分が何に執着し、こだわり、とらわれ、かたよっているのかが、やっと分かるようになって参りました。

まずは、自分の中で無くさねばならない執着の対象を丁寧に見つけ出していくことから始めないと、いきなり「執着を無くせ」、「こだわり、とらわれ、かたよりを無くせ」と言われても、所詮無理であり、机上の空論でしかないこととなってしまいかねません。

仏教最大の真理要諦である「縁起」というものを単に空論に陥れてしまわないためにも、しっかりと理解と実践に努めていかなければならないと存じております。

※上記の「空論」は、あくまでも「意味のない空しい論」ということで、「縁起」と共に非常に仏教においては重要となる「空」思想の論のこととは違いますのであしからずご了承下さいませ。

・・

最近は、仏教・中観思想における学びを一歩一歩と進めておりますが、仏教最大の真理要諦である「縁起」について、理論だけの理解に留まらず、実地に生きていく中において知見していけるかどうかも誠に重要であると考えております。


・・

中観思想の学びの進めにおきまして、次に「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」を読み進め中。

二部構成で、第一部では、ツォンカパ論師の「ラムツォ・ナムスム」における「出離」・「菩提心」・「正見」の「三要訣」という実に深遠なるチベット仏教における真髄なるところの教えについての解説が成されております。

・・

「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」の再々読を終えまして、ようやくに、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違についての理解が及んできたように存じております。

自相の成立の有無の問題については、更に理解を深めていければと考えております。

・・

仏教・中観思想の考究を続けておりますが、「中観自立論証派と中観帰謬論証派の見解の相違点」について解説されているコラムをご紹介させて頂きます。少し内容は難解となっておりますが、かなり、重要で微細なる両派の相違点について、明確に扱われているのではないかと考えております。私もしっかりと理解していければと存じます。

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

教理の考察「誰も知らない火事」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B

・・


『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』大蔵出版
 ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ著
 マリア・リンチェン翻訳

仏教最大の要諦である縁起の理法、勝義空・吉祥空を学ぶ上で、誠にすばらしいダライ・ラマ14世師のご法話の内容であり、また、中観帰謬論証派の思想を学ぶ上でも実に有意義なる内容でございました。直接の猊下のご法話をお聞かせ頂いたわけではございませんが、翻訳本を通してという間接的にではあれども、この際にダライ・ラマ14世師の法雨に与れて幸甚の至り、至福なることでございました。

ダライ・ラマ14世師に改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。

この浅学非才の未熟者ではございますが、これからも中観思想の学びを一歩一歩何とか進めて行ければと存じております。また、できうる限り早期に施本第六弾の執筆へと論考研鑽できればと考えております。

・・

かつて仏教学会に一大センセーショナルを巻き起こした「批判仏教学派」のことにつきまして現時点におけます私の見解を補足させて頂こうと存じております。

誠に中観思想について強く興味を持って頂くための一つの入り口として、松本史朗先生の著書を紹介させて頂くことがあります。例えば、松本先生の著書「チベット仏教哲学」がその一つでありますが、他にも「縁起と空 如来蔵思想批判」・「禅仏教の批判的研究」、または、袴谷憲昭先生の著書「批判仏教」・「本覚思想批判」がございますが、両先生のそれらの著書の内容として、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定されていると一般的に思われているところでございまして、「批判仏教学派」と言われています。

両先生の真なる批判の意図するところにつきましては、なかなか容易には計り知れないものでございますが、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定しているとしての前提にて、私の現時点での本覚思想、如来蔵・仏性思想の理解と致しまして、それぞれの思想は、あくまでも世俗諦における仏説の一方便として正しいものであると考えておりまして、そのあたりで、本覚思想、如来蔵・仏性思想を完全に否定しているのとは、見解を異としております。

ただ、世俗諦における仏説の一方便として正しいとは申しましても、その方便としての扱いやその思想へと至る過程についても、慎重に吟味しながら扱っていく必要性はあるのではないかと存じております。

もちろん、このあたりの精査につきましても慎重に「世俗諦と勝義諦の二諦」の解釈と平行して進めていかなければならないと考えております。

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仏教最高峰の論理学は、龍樹論師以来の中観思想、チャンドラキィールティ論師以来の中観帰謬論証派の展開を再構築したツォンカパ論師の思想であり、仏教最高峰の認識学は、唯識思想と中観論理学の統合を企図することに尽力したダルマキールティ論師の思想であります。ツォンカパ論師とダルマキールティ論師、二大巨頭の思想をしっかりと学ぶことは、実に有意義なることでございます。とにかく難解な両論師の思想を一歩一歩理解していければと考えております。

・・

ツォンカパ論師の中観思想において、世俗諦と勝義諦の二諦の解釈における重要な論考として、「勝義無・言説有」があります。誠にここの理解を誤りなく進めれるかどうかがツォンカパ論師の中観思想を学ぶ上で非常に大切であります。

・・

倶生我執と遍計所執・・煩悩により迷い苦しみの輪廻を彷徨うこととなるこの二執着をいかにして離していくべきであるのかを精査検討していくことが、中観思想の学びにおいても非常に重要となります。いわゆる「人無我」と「法無我」の理解であります。

・・

日本の仏教は、誠に中観帰謬論証派の学びを徹底して進めての再構築が必要であると強く思う次第でございます。お釈迦様の原点への回帰を目指す上でもかなり重要度が高いと存じております。

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixi「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティでは、かなり熱く深い議論が展開されておりまして、少しずつですが有意義なコミュニティへとなりつつあります。私は忙しさにかまけてしまい、論考コメントが少なくなってしまっていますが、何とか盛り返していければと考えています。

現在、mixiにて「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティを運用させて頂いております。現在、mixiは、既に招待制度を廃止し、誰でも自由に加入できるようになっています。

http://mixi.jp/

「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教最高峰の論理学・中観思想・・龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の「中観思想・空思想」の発展について全般的な学びを進めていくために、色々と論題を設けて、意見交換・討議を行って参りたいと存じております。ご興味のある方は是非ご参加下さいませ。

仏教最大の要諦「縁起」の理法・・増益(過剰肯定)と損減(過剰否定)を離れて、「縁起」のありようを理解することが仏教最大の一大事であります。これが非常に難しい・・特に「世俗諦」と「勝義諦」の「二諦」の解釈の難しさとも通じるところであります。とにかく、ツォンカパ論師の中観思想の学びを更に進めて参りたいと存じます。

・・

集中的に再読していく論著

「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
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これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾

曇り時々雨

2010年06月21日 | 徒然日記・日々の記録
今日は時々となり、不安定な天気となりましたね。

終日寺院勤務

寺務・草刈り・枯れた花抜き・ゴミ収集・清掃などして過ごす。

草刈りはこれからますます佳境に入って参ります。既に三ラウンド目となっています・・かなりバテ度が上がりますね・・

さて、最近は、仏教・中観思想における学びを一歩一歩と進めておりますが、仏教最大の真理要諦である「縁起」について、理論だけの理解に留まらず、実地に生きていく中において知見していけるかどうかも誠に重要であると考えております。

梅の実

大きくなっています。。

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中観思想の学びの進めにおきまして、次に「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」を読み進め中。

二部構成で、第一部では、ツォンカパ論師の「ラムツォ・ナムスム」における「出離」・「菩提心」・「正見」の「三要訣」という実に深遠なるチベット仏教における真髄なるところの教えについての解説が成されております。

・・

「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」の再々読を終えまして、ようやくに、ツォンカパ論師の捉えられている中観自立論証派と中観帰謬論証派の論点・視座の相違についての理解が及んできたように存じております。

自相の成立の有無の問題については、更に理解を深めていければと考えております。

・・

仏教・中観思想の考究を続けておりますが、「中観自立論証派と中観帰謬論証派の見解の相違点」について解説されているコラムをご紹介させて頂きます。少し内容は難解となっておりますが、かなり、重要で微細なる両派の相違点について、明確に扱われているのではないかと考えております。私もしっかりと理解していければと存じます。

チベット仏教ゲルク派 宗学研究所
http://rdor-sems.jp/
ポタラ・カレッジ 齋藤保高氏の個人サイト

教理の考察「誰も知らない火事」齋藤保高氏
http://rdor-sems.jp/index.php?%E8%AA%B0%E3%82%82%E7%9F%A5%E3%82%89%E3%81%AA%E3%81%84%E7%81%AB%E4%BA%8B

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『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』大蔵出版
 ダライ・ラマ14世 テンジン・ギャツォ著
 マリア・リンチェン翻訳

仏教最大の要諦である縁起の理法、勝義空・吉祥空を学ぶ上で、誠にすばらしいダライ・ラマ14世師のご法話の内容であり、また、中観帰謬論証派の思想を学ぶ上でも実に有意義なる内容でございました。直接の猊下のご法話をお聞かせ頂いたわけではございませんが、翻訳本を通してという間接的にではあれども、この際にダライ・ラマ14世師の法雨に与れて幸甚の至り、至福なることでございました。

ダライ・ラマ14世師に改めまして最敬礼申し上げる次第でございます。

この浅学非才の未熟者ではございますが、これからも中観思想の学びを一歩一歩何とか進めて行ければと存じております。また、できうる限り早期に施本第六弾の執筆へと論考研鑽できればと考えております。

・・

かつて仏教学会に一大センセーショナルを巻き起こした「批判仏教学派」のことにつきまして現時点におけます私の見解を補足させて頂こうと存じております。

誠に中観思想について強く興味を持って頂くための一つの入り口として、松本史朗先生の著書を紹介させて頂くことがあります。例えば、松本先生の著書「チベット仏教哲学」がその一つでありますが、他にも「縁起と空 如来蔵思想批判」・「禅仏教の批判的研究」、または、袴谷憲昭先生の著書「批判仏教」・「本覚思想批判」がございますが、両先生のそれらの著書の内容として、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定されていると一般的に思われているところでございまして、「批判仏教学派」と言われています。

両先生の真なる批判の意図するところにつきましては、なかなか容易には計り知れないものでございますが、本覚思想、如来蔵・仏性思想を批判・否定しているとしての前提にて、私の現時点での本覚思想、如来蔵・仏性思想の理解と致しまして、それぞれの思想は、あくまでも世俗諦における仏説の一方便として正しいものであると考えておりまして、そのあたりで、本覚思想、如来蔵・仏性思想を完全に否定しているのとは、見解を異としております。

ただ、世俗諦における仏説の一方便として正しいとは申しましても、その方便としての扱いやその思想へと至る過程についても、慎重に吟味しながら扱っていく必要性はあるのではないかと存じております。

もちろん、このあたりの精査につきましても慎重に「世俗諦と勝義諦の二諦」の解釈と平行して進めていかなければならないと考えております。

・・

仏教最高峰の論理学は、龍樹論師以来の中観思想、チャンドラキィールティ論師以来の中観帰謬論証派の展開を再構築したツォンカパ論師の思想であり、仏教最高峰の認識学は、唯識思想と中観論理学の統合を企図することに尽力したダルマキールティ論師の思想であります。ツォンカパ論師とダルマキールティ論師、二大巨頭の思想をしっかりと学ぶことは、実に有意義なることでございます。とにかく難解な両論師の思想を一歩一歩理解していければと考えております。

・・

ツォンカパ論師の中観思想において、世俗諦と勝義諦の二諦の解釈における重要な論考として、「勝義無・言説有」があります。誠にここの理解を誤りなく進めれるかどうかがツォンカパ論師の中観思想を学ぶ上で非常に大切であります。

・・

倶生我執と遍計所執・・煩悩により迷い苦しみの輪廻を彷徨うこととなるこの二執着をいかにして離していくべきであるのかを精査検討していくことが、中観思想の学びにおいても非常に重要となります。いわゆる「人無我」と「法無我」の理解であります。

・・

日本の仏教は、誠に中観帰謬論証派の学びを徹底して進めての再構築が必要であると強く思う次第でございます。お釈迦様の原点への回帰を目指す上でもかなり重要度が高いと存じております。

中観帰謬論証派の学びのススメ
http://blog.livedoor.jp/hidetoshi1/archives/51597159.html

mixi「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティでは、かなり熱く深い議論が展開されておりまして、少しずつですが有意義なコミュニティへとなりつつあります。私は忙しさにかまけてしまい、論考コメントが少なくなってしまっていますが、何とか盛り返していければと考えています。

現在、mixiにて「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」のコミュニティを運用させて頂いております。現在、mixiは、既に招待制度を廃止し、誰でも自由に加入できるようになっています。

http://mixi.jp/

「仏教・中観思想・空思想を学ぶ」
http://mixi.jp/view_community.pl?id=4629752

仏教最高峰の論理学・中観思想・・龍樹(ナーガールジュナ)論師以来の「中観思想・空思想」の発展について全般的な学びを進めていくために、色々と論題を設けて、意見交換・討議を行って参りたいと存じております。ご興味のある方は是非ご参加下さいませ。

仏教最大の要諦「縁起」の理法・・増益(過剰肯定)と損減(過剰否定)を離れて、「縁起」のありようを理解することが仏教最大の一大事であります。これが非常に難しい・・特に「世俗諦」と「勝義諦」の「二諦」の解釈の難しさとも通じるところであります。とにかく、ツォンカパ論師の中観思想の学びを更に進めて参りたいと存じます。

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集中的に再読していく論著

「チベット仏教哲学」松本史朗著・大蔵出版
「チャンドラキールティの中観思想」岸根敏幸著・大東出版社
「ツォンカパの中観思想―ことばによることばの否定」四津谷孝道著・大蔵出版
「ツォンカパ 中観哲学の研究1」
「ツォンカパ 中観哲学の研究2」
「ツォンカパ 中観哲学の研究3」
「ツォンカパ 中観哲学の研究4」
「ツォンカパ 中観哲学の研究5」
「般若経釈 現観荘厳論の研究」兵藤一夫著 文栄堂
「ダライ・ラマ 般若心経入門」ダライ・ラマ14世著、宮坂宥洪翻訳・春秋社
「ダライ・ラマの仏教哲学講義―苦しみから菩提へ」
 テンジンギャツォ著・TenzinGyatso原著・福田洋一翻訳・大東出版社
「チベット仏教成就者たちの聖典『道次第・解脱荘厳』解脱の宝飾」
 ガムポパ著・ツルティム・ケサン、藤仲 孝司共訳 UNIO
「心の迷妄を断つ智慧―チベット密教の真髄」
 チュギャム トゥルンパ著・宮坂宥洪訳
「チベット密教 修行の設計図」
 斎藤保高著・春秋社
「チベット密教 心の修行」
 ゲシェー・ソナム・ギャルツェン ゴンタ著、藤田省吾著 法蔵館
「チベット仏教 文殊菩薩(マンジュシュリ)の秘訣」
 ソナム・ギャルツェン・ゴンタ著 法蔵館
『ダライ・ラマの「中論」講義―第18・24・26章 』
 ダライラマ14世テンジンギャツォ著・マリアリンチェン翻訳 大蔵出版

施本「仏教・縁起の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/enginorikai.html
施本・「仏教・空の理解から学ぶ」
http://oujyouin.com/topengi.htm
施本「仏教・空の理解」
http://oujyouin.com/sunyatop.htm
施本「仏教 ~ 一枚の紙から考える ~」
http://oujyouin.com/buddhism1p.html
施本「佛の道」
http://oujyouin.com/hotokenomichi.html

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第三弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第二弾

これから更に仏教の学びを進めるための文献・第一弾