03:00|Laban Rata Resthouse
04:05|Sayat-Sayat Checkpoint
05:45|Low's Peak(山頂)
05:50|Low's Peak(山頂)
06:30|Sayat-Sayat Checkpoint
07:15|Laban Rata Resthouse
08:40|Laban Rata Resthouse
08:55|Paka Shelter
09:10|Villose Shelte
09:40|Layang-Layang Shelter
10:05|Mempening Shelter
10:40|Lowii Shelter
11:05|Ubah Shelter
11:25|Kandis Shelter
11:45|Timpohon Gate Checkpoint
登り 2時間45分
登り 6時間20分(2日間合計)
下り 4時間30分
夜景を眺めながら新道「ラナウ・トレイル」を行く
サヤッ・サヤッのチェックポイント
ロウズ・ピーク(4095.2m)から拝むご来光
セント・ジョーンズ・ピーク(右)
サウス・ピーク(奥)
氷河(後期更新世)の痕跡が残る山頂平坦地
Potentilla polyphylla Wall. var. kinabaluensis
キナバルエンシス・キジムシロ
Schima wallichii subsp. brevifolia
ブレビフォリア・ヒメツバキ
トゥビクさんは「シマー」と教えてくれた。小ぶりでかわいい花
2015年の地震の爪痕。右上の岩塊の一部が左下まで崩れ落ちた(左下の白い岩)
眼下にラバン・ラタが見える
Rhododendron ericoides
エリコイデス・シャクナゲ
Rhododendron rugosum
ルゴーサム・シャクナゲ
Lobelia borneensis
Romok romok [ドゥスン語]
ボルネエンシス・ミゾカクシ
Rhododendron fallacinum
ファラキーヌム・シャクナゲ
トゥビクさんが何度か「サクナギ」という植物の名前を教えてくれたが、今にして思えば「シャクナゲ」のことのような気がする
Nepenthes tentaculata
テンタキュラータ・ウツボカズラ
Impatiens platypetala
プラティペターラ・ツリフネソウ
キナバルバルサムとも。ガイドのノルさんが「この花は昔から結婚式で使われるんだよ~」と教えてくれた
再び、ティンポホンゲート
感慨もひとしお(公園本部前より)
結局、正味1時間眠れたかどうかという状態で夜中の1時半前にベッドを出た。
寒気は幾分治まったものの、頭痛は相変わらずだった。
せっかくのサパー(軽食)だったが、おいしそうな料理は喉を通りそうもなく、パンケーキ1枚とホットサバティーをがぶがぶ飲んだ。
トゥビクさんとの待ち合わせは2時半だったがなかなか現れず、その間に周りの人たちはどんどん出発していった。
さすがに心配になり、別のガイドさんにトゥビクさんを探してもらうと、ほどなくして現れた。
昨日からの暴風は依然勢力を衰えずの様相だったが、「今日は風が強いな」くらいの感想で、構わず決行とのことだった。
想像以上にしんどい登山だった。
テンポよく歩けていたのは最初だけで、ついには「トゥビクさぁ~ん!ポレポレ~ッ!!」と弱音を吐いてしまった。
(ちなみに「ポレポレ」とは「ぼちぼち」「ゆっくり」の意味のスワヒリ語。『世界ふしぎ発見!』で知った。もちろん、トゥビクさんがこの言葉を知る由もなく、キョトンとした顔をしていた)
理由はいろいろとあって、まず、トゥビクさん、追い抜きすぎ!!(テンポが速い)
次に両足がものすごく重たい!(筋肉痛)
そして、すこぶる気分が悪い!(ヘッドライトの強い光を見るのさえ辛かった)
最後にお腹が減って力が出ない……。
ラバン・ラタに戻ってから、これが世に言う高山病というものだと教えてもらった。
症状が軽くて本当に良かった。
諸外国の老若男女たちに次々と追い抜かれながらも、なんとかロウズ・ピークに立つことができた。
一応、ご来光らしきものも見ることができたので満足だった。
下りでトゥビクさんとはぐれたが、無事再会を果たすことができた。
再びラバン・ラタに戻り、朝食と仮眠をとってから、8時半にトゥビクさんと合流。
水を切らして困っていたところを、親切なポーランド人のアダム君が分け与えてくれたので、お気に入りの「亀田の柿の種 柚子こしょう味」をプレゼントした。
期間限定味で最後の一袋だったが、おいしく食べてもらえたらこんなにありがたいことはない。
トゥビクさん、ラバン・ラタからの帰り道はこれまでよりもリラックスしているように見えた。
44歳のパパは最近生まれたばかりの愛娘の写真を見せてくれた。
自分も頭痛から解放され、急に体調が良くなった(やはり高山病だったみたい)。
いろんな話をしたが、とりわけ2015年の地震については長く話してくれた(十分に内容を理解できなかったことがとても申し訳ない)。
日本人も亡くなったし、トゥビクさんの知り合いのガイドも数人亡くなったそうだ。
山肌があちこち白くなっているのは地震で剥がれ落ちた痕跡だと聞いた。
マレーシア語もいくつか教えてもらった。
せっかくなので実践してみようと、荷揚げさんやマレーシア人と思われる登山客を見つけては「サラマパギ」(おはよう)で声をかけ、「ソモガボルジャヤ」(がんばってね)・「ジュンパラギ」(またね)・「テリマカシ」(ありがとう)・「サマサマ」(どういたしまして)の4つだけ使って会話してみた。
現地の人たちは本当に親切な方々ばかりで、挨拶を交わすと握手してくれる人もいた。
会話に詰まったときはすかさずトゥビクさんが助け船を出してくれた。
あっという間の下山だった。
途中からラバン・ラタで同室だった日本人のサクマ君とそのガイドのノルさんと4人で歩いた。
トゥビクさんと別れた後、サクマ君とバルサムカフェでランチを食べた。
いやぁ、素晴らしかったね~とこの2日間を振り返りながらのランチは格別なものだった。
~登山後~
ホテル シャングリ・ラにお世話になった。
コタキナバル市内には「シャングリ・ラ」という名前のホテルが他にもあり、タクシーの運転手などに告げる場合は「リゾートじゃない方」で通じる。
確かにリゾートではなかったが、どのスタッフもとても親切で感じ良く、客室は広々としていて清潔で、朝食バイキングがとてもおいしかった。
アクセスも良く、それでいて1泊6000円程度なのでコスパに優れたホテルと言える。
もしコタキナバルを再び訪れることがあったなら、迷わず「リゾートじゃない方」を選ぶだろう。
夜にウェット(ナイト)・マーケット、翌日はシグナルヒル展望台などを観光し、ニョニャ料理の老舗「スリ・ムラカ」で現地最後の食事をとって、仁川空港経由で帰国した。
ホテル シャングリ・ラの客室①
ホテル シャングリ・ラの客室②
ホテル シャングリ・ラの客室③
ホテル シャングリ・ラの客室④
ウェット・マーケット①
ウェット・マーケット②
人生初のドリアンは半分でギブアップ
マンゴスチン(左)とランブータン(右)は食べやすい味
一説には世界一おいしいと評判のKFC。うむ、確かにうまかった!
ORを2ピース頼んだだけなのに、尋常でない数のチリソースが入っていた
彼の作る目玉焼きは最高(ホテル シャングリ・ラの朝食)
ガヤココナッツのシェイク
シグナルヒル・トレイル入口
シグナルヒル展望台からの眺め
トレイル標識
Tea Tarik Ice RM4
スリ・ムラカ①
ここのテタレは泡の作り方にもこだわりがあり、超絶おいしい!!
[Small] Sayur Manis(Dry Shrimp) RM12
スリ・ムラカ②
サユール・マニスは空芯菜に似て歯ごたえ抜群。しょっぱめの味付けだったので、ゴハンが進む!
[Small] Asam Fish RM12
スリ・ムラカ③
アサム・フィッシュは、酸味のあるスープにぷりぷりの白身魚とひたひたのオクラ
仁川空港のトランジットツアー「Seaside Tour」に参加。シカゴから来た兄弟と