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【映画講評】ゴジラvsビオランテ(1989)【4】検証:自衛隊伊勢湾水際防衛戦略の破綻

2018-10-03 20:15:36 | 映画
■小田原着上陸と太平洋転進
 ゴジラvsビオランテ、リバイバル上映はとっくの昔に終わっていますが、この映画は語り始めるとガメラ2並に長くなる傑作です。

 ゴジラvsビオランテ、浦賀水道海戦に続いてゴジラと陸上自衛隊の防衛戦を今回は検証してみましょう。ゴジラは小田原へ上陸、市内を国道1号線沿いに芦ノ湖へ向かっています。小田原上陸時に水際防御等は行われていません。実は、富士駐屯地の特科教導隊203mm自走榴弾砲と当時駒門駐屯地駐屯の第1特科連隊のFH-70榴弾砲は小田原沿岸部に届く。

 小田原は、富士駐屯地祭や駒門駐屯地祭に武山駐屯地祭においてFH-70榴弾砲が訓練展示空包射撃の際、本火砲は最大射程で射程した場合、この駐屯地から小田原まで届かせる事が可能です、と紹介されます。横須賀の武山からも御殿場近郊の富士に駒門からも狙われ、小田原も大変ですが、ゴジラvsビオランテでは着上陸阻止へ砲撃は行われていないもよう。

 防衛出動は、しかし発令されているようで、ゴジラが芦ノ湖に接近した際、芦ノ湖周辺に第31普通科連隊、第34普通科連隊が警戒出動しています。第31普通科連隊は芦ノ湖を含む神奈川県を警備隊区とする武山駐屯地の普通科連隊、第34普通科連隊は近傍の御殿場市板妻駐屯地にて静岡県全域を警備隊区としています。第1戦車大隊は確認できなかった。

 芦ノ湖周辺にゴジラが出現したものの、普通科連隊が派遣されたのみ、第1戦車大隊と恐らく第1師団長隷下に移管されるであろう富士教導団、戦車総数は実に100両近くなる規模だ。何故第1戦車大隊が芦ノ湖周辺へ進出しなかったのでしょうか、これは推測ですが、ゴジラが芦ノ湖から箱根登山鉄道線路と小田急線沿いに首都進攻を行った場合に備え第1戦車大隊は東名高速道路を首都圏人口密集地警戒へ優先配備されていたのではないか。

 第34普通科連隊は山岳戦闘にも長け、当時は107mm重迫撃砲と106mm無反動砲に87式対戦車誘導弾を装備しています。ただ、強力な79式対舟艇対戦車誘導弾は練馬の第1対戦車隊装備でした、これら装備では避難誘導が限界だったのでしょうか、積極的な攻撃は行っていません。勿論、可能性としては作品世界では1990年代に一部の普通科連隊へ行われた様な対戦車中隊増設が行われた可能性がありますが、勿論これも推測に過ぎません。

 普通科連隊の展開は警戒配備、特に芦ノ湖周辺の住民と観光客の誘導に充てていたのではないでしょうか。作品を見ますと普通科連隊の芦ノ湖周辺配置完了は夜間となっていますので、まず最初にゴジラが上陸した小田原市での避難誘導が行われた可能性があります。また、練馬の第1普通科連隊等は首都圏住民退避支援へ温存された可能性もあるでしょう。

 第1師団は、2011年東日本大震災に際しても大規模な部隊投入は行われませんでした。もちろん派遣要員を被災地へ展開させているのですが、福岡の第4師団や名古屋の第10師団より派遣された人員の方が多く、一説には福島第一原発事故の原子炉暴走が止められない最悪の場合に首都圏全域退避を念頭に温存された説があり、作品世界推測一助となります。

 芦ノ湖では作品世界の展開、自衛隊の攻撃を受けず既に出現していた植物型巨大生物ビオランテと、巨大生物同士の戦闘となりますが、最終的にゴジラが熱線でビオランテを焼き払い、そのまま駿河湾方面へ転進し太平洋に移動します。海上自衛隊は館山航空基地よりHSS-2対潜ヘリコプターを全機出動させ対潜戦闘を展開しますが、捕捉には至りませんでした。しかし、ここで当方として考え難い方法で自衛隊がゴジラ迎撃を構想します、ゴジラ上陸地点を伊勢湾と断定したのです。

 伊勢湾上陸の根拠は、若狭湾原子力発電所集積地域です。伊勢湾は、1985年ゴジラ上陸が核物質を狙い静岡県井浜原子力発電所を攻撃した事を受け再度原発が狙われると想定します。恐らく井浜原発襲撃後は、本州太平洋岸の原発は全て稼動していない、日本初の原発、茨城県東海第一原発、その近傍の東海第二原発も核燃料搬出完了したものと考えられる。

 伊勢湾着上陸が想定されたのは、小田原から太平洋に逃れたゴジラが核物質を奪取するべく、日本海側の若狭湾原発集中地域、美浜原発、高浜原発、敦賀原発、動燃ふげん、この稼動中の原子力発電所を狙うものと想定し、相模湾から若狭湾へ本州縦断を想定しての最短距離が伊勢湾から関ヶ原地峡と琵琶湖を経由し、侵攻するものと考えられたためですが、しかし最短距離を選ぶ、と想定した根拠が薄弱です、そして太平洋から若狭湾へ最短距離で移動するならば、豊橋や浜松など東海道沿岸に上陸する可能性もあった。

 自衛隊はしかし結局、伊勢湾を決戦場と想定しました。伊勢湾内に護衛艦隊を展開させ、上空に航空攻撃部隊と特殊無人攻撃機スーパーX2,志摩半島と知多半島及び渥美半島へ陸上自衛隊を展開させ水際防御体制を執ります。しかし、護衛艦は海上の打撃手段であると共にソナーとレーダーをシステム化し、ゴジラ索敵に絶対必要な戦力です。ゴジラ捜索よりも沿岸配備を優先した、これは非常にリスクが。

 若狭湾原発集積地域へ侵攻するのであれば、津軽海峡か対馬海峡を経由し日本海側から進出する危険性も留意するべきでしょう。要するに広い日本の沿岸部に戦闘部隊を展開させ正面緊迫を薄くするよりも、伊勢湾周辺に戦力を集中させる水際撃破を構想したものといえます。これは目標の正確な位置を把握できない状況での合理的な配置とはいえません。

 紀伊半島に88式地対艦ミサイル連隊と野砲部隊を展開させ、若狭湾、伊勢湾、大阪湾、何れの方面から着上陸された場合にも対処できるよう備える、当方ならば、こう迎え撃つ。もっともゴジラをレーダーで捕捉し長距離攻撃できるかが課題ですが。88式地対艦ミサイルは、元々北海道の大雪山等中央部に配備し、冷戦時代ソ連軍が道北や石狩湾と道東などいずれの地域へ着上陸した場合にも対応できるよう開発されたものです。

 83式600mm地対地ミサイルと92式ペトリオット特車という作品世界では88式地対艦ミサイルに代わる装備が登場しています。地対空ミサイルを地対地ミサイルに転用する事例は実は多く、航空自衛隊が採用したナイキ地対空ミサイルも例えば韓国でNHK-1地対地ミサイルに転用されている。ペトリオットの転用例は皆無ですが、なんとかしたのでしょう。

 戦車部隊は第1戦車大隊と第12戦車大隊を首都防衛として動かさない前提で、当方ならば、富士教導団戦車教導隊と第1機甲教育隊を富士戦車団へ改編し機動運用部隊とし、今津駐屯地第3戦車大隊、第10戦車大隊とともに航空自衛隊奈良基地周辺か饗庭野演習場へ進出させます。戦車には機動力があり、ここは若狭地区に近く京阪神中京人口密集地にも近い。

 ただ、若狭湾原子力発電所集積地域を襲撃するのかは推測でしかなく、1985年の井浜原発襲撃を念頭に想定したものでしかありません。また、1985年ゴジラ上陸ではソ連が戦域核平易に寄るゴジラ攻撃を強硬に主張する展開がありますが、これはウラジオストックの原潜を防護するとの目的もあったでしょう。ただし、作品世界では方向は違っても若狭湾を目指した為に防衛線構築は必ずしも間違ったものではありませんでしたが、ゴジラは伊勢湾ではなく紀伊水道に出現する。恐らく徳島県の小松島航空隊HSS-2が発見したのでしょう。

 結局、自衛隊伊勢湾水際防衛戦略は紀伊水道に出現した事で破綻しました。作品世界では愛知県三重県沿岸部を名神高速道路から大阪に転進させるか、名神高速道路を北陸自動車道に若狭地区へ進出させる激論の末、若狭地区で防衛線を立て直す事となります。大阪に上陸したゴジラへは、空中機動で展開した特別部隊により抗核エネルギーバクテリアANEBの注入に成功、丹波山中での防衛戦では勝機が見える事となります。

 軍事的には最短経路を選ぶという選択肢はあったのでしょう、例えば冷戦時代にソ連軍が北海道に侵攻すると考えられたのも近い為です。ソ連軍とゴジラの最大の違いは、絶対に二方向からは来ないという特性があります、また、ソ連軍と違いゴジラは自己完結で兵站線を必要としない為、何処にでも出現し得る。水際撃破よりも内陸誘致、作品世界では伊勢湾に防衛力を集中し失敗しましたが、二方向から侵攻しないゴジラに対しては、内線作戦という機動運用部隊と警戒部隊を分けての防衛作戦が確実です。ゴジラvsビオランテを見返しつつ、勝機はあるも若い指揮官では限界があるという事を、感じました。

北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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