医療制度改革批判と社会保障と憲法

9条のみならず、25条も危機的な状況にあります。その現状批判を、硬い文章ですが、発信します。

老人保健法25年をふり返る 

2008年01月13日 | 後期高齢者医療制度

  老人保健法25年をふり返る 

 はじめに
 
「老人保健法」が2008年3月末で25年のその任務を完了し、4月からの「高齢者医療確保法」にバトンタッチすることにより、その歴史に幕を下ろすこととなります。
 この稀代の悪法について、ささやかながら批判的に検証しておきたいと考えます。なぜなら、この老人保健法に込められたその企図や本質について、この25年間にマスメディアが解説・報道したことも、研究者などが検討・論評したことも、残念ながら目にしていないからです。
 インターネットで検索しても、ほとんどが実施主体である市町村の行政のページであり、解説的なものとしては、フリー百科事典「ウィキペディア」に、きわめて簡略な説明があるだけです。
 もちろん、いくら内側でこの法に係わってきたとしても、25年の長期にわたることで、見落としていることもありえますので、そうした情報をお持ちの方は、ぜひ、お教えいただきたいと思います。  

 老人保健法から高齢者医療確保法へ  
 2008年4月1日から、高齢者医療確保法に基づく後期高齢者医療制度がスタートします。
 1982年制定、1983年施行の老人保健法は、その「役割」を終え廃止されます。そして、その「役割」は高齢者医療確保法に引き継がれることになります。 
 中曽根第二臨調・行政改革攻撃の中で、民(私)営化攻撃、公務員攻撃、老人攻撃が展開され、その老人(医療)攻撃のキャンペーン・デマ宣伝を背景に、この老人保健法が制定されたのです。 
 この法で企図されていた改革=改悪は、老人医療無料化を潰し、老人医療制度を改革=改悪し、そのことを梃子に公費医療・福祉医療、さらには医療制度全般に波及させ、改革=改悪することが予定されていました。そして、そうした改革=改悪を断行することにより、国の財政負担を軽減・削減することが企図されていたのです。 
 老人保健法25年のなかで、この法で予定されていた改革=改悪を完了したことにより、さらなる改革=改悪をすすめるため、新たに高齢者医療確保法が用意され、その「役割」が引き継がれることとなったのです。

 老人保健法という特別な法律
 1983年からは、日本国内に住所を有する70歳以上の高齢者は、すべて強制的に老人保健法が適用され、医療機関に受診した場合の、その費用負担はこの法によって処理されることとなりました。
 国民皆保険の下、70歳以上の高齢者であっても、いずれかの健康保険に加入しているのですが、しかし、その保険で対応するのではなく、この老人保健法でコントロールされることになったのです。
 いわば、健康保険制度の上位に位置する特別な法律で、この老人保健法で費用負担した後に、それぞれの健康保険に対して、その費用負担分が徴収されることとなりました。
 各健康保険にかかる負担分が、「老人保険拠出金」として徴収される仕組みで、その徴収総額は変わらないのですが、特別な仕掛けとして「調整率」なるものが導入されたのです。
 それは、各健康保険の被保険者が受診した医療費が、単純に負担額になるのではなく、その健康保険の老人率を分母に全国平均の老人率を分子とする調整率が掛けられるのです。
 具体的にそれを説明しますと、全国平均の老人率が12%程度だとすれば、ある健康保険組合の被保険者に占める老人の割合が3%であれば、3分の12となり、被保険者が受診した費用の4倍が老人保健拠出金となるのです。
 逆に、ある国民健康保険の老人の割合が48%であれば、48分の12となり、受診した費用の4分の1が拠出金となります。
 わかりやすい数字で例をあげましたが、現実もほぼこの通りで、老人比率が高い国民健康保険は、実際の医療費は大きいのですが、その4分の1程度の拠出金負担で、老人比率の低い健康保険組合などは、実際の費用の4倍負担となっているのです。
 厚生省の言い分は、「その総額は変わらないし、負担の公平性を保つため」としています。
 しかし、本当の狙いは、裕福といわれていた健康保険組合から、多大な拠出金を負担させることによって、国の財政負担を削減することにありました。調整率をかけても総額は変わらないのに、なぜこれが国の財政支出を削減することにつながるかといえば、老人の加入率の高い国民健康保険の負担が軽減されることに見合って、国民健康保険への国庫負担を削減したからです。  

 さらなる被用者健康保険への負担転嫁
 この老人保健拠出金という手法に味をしめた国は、国民健康保険の中に退職者医療制度というものを設けました。 
 それは、国民健康保険加入者の中で、一定年数(20年・40歳以上10年)以上の被用者保険の経歴を持つ人たちの医療費は、その被用者保険(健保組合・共済組合・政管健保など)の負担としたのです。
 その理屈は、長年にわたって被用者保険に加入していても、元気に働いている現役時代にはそれほどの医療費はかからない、しかし、退職後に国民健康保険に加入すると、当然のこととして加齢により医療費が嵩むこととなる。したがって、これを財政事情の良くない国民健康保険に負担させるのは酷なので、元の被用者保険の負担とすることによって、負担の公平性を保つというものでした。
 これも、国民健康保険の負担が軽減されたことに見合って、国庫負担が削減されたことは言うまでもありません。 
 健康保険組合などの財政悪化が、ある時期に喧伝されましたが、それは医療費の増嵩によるものではなく、この老人保健拠出金・退職者医療拠出金の負担増によるものだったのです。

 老人医療無料化を潰し、老人医療・医療制度の改革=改悪へ
 1970年代の初頭から、革新自治体をはじめとして全国の自治体で、老人医療の無料化が進みます。そして、政府をして老人福祉法を改正させ、老人医療費助成制度の法制化がなされました。
 このことをうけて、さらに自治体は、その所得制限を緩和し、年齢を65歳まで前倒しをするなど、老人医療無料化の拡大が進みました。
 この老人医療無料化を潰し、老人医療制度の改革=改悪のために、中曽根第二臨調・行政改革攻撃がかけられてきたのです。大々的な老人(医療)攻撃のキャンペーンが展開され・悪意に満ちたデマ宣伝が強化されるなかで、この老人保健法が制定されたのでした。
 この法の施行によって、無料から少額の一部負担金の導入、その一部負担金の増額を繰り返し、さらには定率負担の導入、そして1~3割負担へと、その25年間で改革=改悪を進めてきたのです。
 老人医療改悪の波及として、福祉医療と呼ばれる自治体での老人医療・乳幼児医療・障害者医療・母子家庭医療なども後退させられています。そして、残念ながら東京都では、すでに老人医療制度(65歳からの老人医療費助成事業)が廃止されてしまっています。また、全国的にも改悪が進むなかで、制度廃止へと追い込まれようとしているのが現状です。
 また、結核・精神・難病などの公費医療についても、公費優先から保険優先、一部負担金の導入と、その改悪が進められています。
 さらに、一般の健康保険についても、この老人医療の改革=改悪に見合って、健保本人10割給付(無料)から、1割負担・2割負担を経て、本人・家族とも原則3割負担とされてしまいました。

 中曽根・橋本・小泉改革=新自由主義改革=弱肉強食資本主義への回帰
 
中曽根第二臨調・行政改革の本質は、現在でこそ、新自由主義改革攻撃であると整理されていますが、1980年代初めには、そのような理解はなされていなかったといえます。
 権力や政府の内部でも、明確な意思が統一されていたわけではなかったと思われます。
 だからこそ、「めざしの土光」を会長に据えた第二次臨時行政調査会が必要であったのであり、マスメディアを臨調側に取り込み、デマ宣伝キャンペーンが必要だったのだと言えます。
 悪意に満ちた公務員攻撃・国鉄分割民営化攻撃・老人(医療)攻撃が露骨に展開されました。
 老人保健法も、その老人(医療)攻撃のキャンペーンに乗りながらも、「老後の疾病の予防、治療、機能訓練等の保健事業を総合的に実施」などという、「保健」を前面に出すことによって、その悪辣な意図をカムフラージュしていました。
 厚生省内部にも、国民皆保険の下、少ない医療費で健康指標「世界一」を達成していることを誇りにする官僚もあり、政権内部にも福祉国家政策を推進してきたケイジアンもいたからです。
 他方、野党や労働団体などの革新勢力に対しては、「改革」と言う左翼用語を使うことによって目くらましをしたのです。子供だましのような手法ですが、事実として「行政改革そのものには反対しないが、中曽根内閣が進めようとしている○○○○には」と、批判・反対するにも、「前置き」を言いながらという党派・勢力もあったのです。子供だましの術中にはまり、腰が引けてしまっています。
 デマゴーグでありペテン師である中曽根は、マスメディアをプロパガンダ機関として権力側に取り込み、それを総動員してデマ宣伝を展開してきました。そして、それは現在なお引き継がれていますし、さらに強化されてきています。そうしたなかで、民(私)営化攻撃は「郵政」を完了し、「年金」・「健保」に進んできています。公務員攻撃も止まるところを知りませんし、老人攻撃もさらに強化されようとしています。
 デマゴーグでありペテン師で、かつ詐欺師である小泉によって、その改革=改悪のテンポが速まり、遠慮会釈のない露骨さや、そのデタラメぶりも凄まじいものがありました。
 しかし、マスメディアが煽った小泉改革に、日本(2005年)の9・11に、民衆が乗せられ騙されてしまったのではないでしょうか。
 その結果、さらなる新自由主義改革=弱肉強食資本主義への回帰が、現在進行中です。

                                                                          2008/1/13  harayosi-2

 


2 コメント

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ブログへのコメントではありませんが、メールがありました。 (harayosi-2)
2008-01-17 22:49:31
 このエントリーの記事原稿を、仲間の皆さんに資料送付しました。さっそく、仏教大学の里見賢治さんから下記のメールが入りました。
 <いつも資料等をありがとうございます。「老人保健法25年を検証」を読みました。ご指摘の通りと思うところが多かったです。もっとも、「この老人保健法に込められたその企図や本質について、この25年間にマスメディアが解説・報道したことも、研究者などが検討・論評したことも、残念ながら目にしていないからです」といわれるのは、大いに異論があります。立場はちがいますが厚生労働省サイドの研究者でも言及していますし(たとえば元社会保険庁長官で大阪大学教授の堤さんなど)、私も論陣を張っています(たとえば、拙著『現代社会保障論 ー 皆保障体制をめざして』高菅出版、2007年、『賃金と社会保障』掲載の各論文など)。ご参考まで。>
 すぐさま『現代社会保障論 ー 皆保障体制をめざして』を、インターネット書店に注文し、いま読みはじめたところです。
 また、茨木の山下慶喜さんはそのまま、同感だからとして、ブログhttp://blog.goo.ne.jp/genki1541/e/25ebb98ca548a3e0362248b14befc625に貼り付けた、とのメールをいただきました。
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Unknown (佐藤一児)
2008-01-18 06:24:05
医療に関わった者として、一言、参考までに。
老人医療に於いて行われたことは、その、現場を正確に見つめた者にしか、実態は見えないと思います。
使われた、予算が、老人一人ひとりに、本当に役に立ったものかどうかは、極めて疑わしい限りです。
例えば、脳代謝改善剤が一時はたいそうもてはやされ、老人に多く使用されました。老人になれば、筋肉や結合組織が衰えて、皮膚がたるむように、脳も、見た目には、萎縮したように見えます。CT や、MRI でこのような、『脳萎縮』を『見つけて』盛んに、この薬が使われました。高額な検査と多量の薬剤投与は、老人医療の、公負担があってこそなしえたことです。
このように、役にも立たない、検査と投薬が、保険制度を財政的基盤として、お年寄りを『ダシ』として行われてきました。換言すれば、老人福祉に名を借りた、公金の簒奪です。この簒奪は、それ以外にも、不要でかえって、有害な手術もあります。これは、お年寄りよりも、若い人に行われる、侵害です。

肝炎問題に見られるように、厚労省は、医療利権擁護団体です。医療は、治ってナンボではなく、弄くって、ナンボの世界です。自分の、一つしかない命は、残念ながら、自分で守るしかありません。

肝炎問題で、その一端に光が射しましたが、その奥には、限りない、偽りの闇が広がっています。30兆円の国民医療費のうち、本当に役に立っているのは、どれほどなのでしょうか。
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