Ⅳ 新高齢者医療制度創設への経過と問題点
とりわけ、問題の多い新高齢者医療保険制度の創設を軸に、老人医療制度の経過などをふり返りながら、問題点の整理をしたいと思います。
1、老人医療制度の現状
2002年(平成14年)10月から老人保健法などの改悪により、一口に「老人医療
制度」といっても、年齢により三つの制度に分かれ、負担率や限度額などは、ほぼ同様ですが、適用の法や条例が異なることとなりました。
① 老健法の該当は75歳からとされました。自己負担の定率1割が導入され、さら
に、一定以上所得者には2割負担が導入されました。
(経過措置で昭和7年9月30日以前生れが該当)
② 70歳から74歳までは、健康保険法の該当となり、前期高齢者という名がつけ
られ、加入している健康保険から「高齢受給者証」が交付されることとなりました。
負担率や限度額などは、老健法該当者と同様の扱いとなりますが、その費用負担
は加入している健康保険が、受け持つことにとなりました。
(経過措置で昭和7年10月1日生れ以降が該当)
③ 自治体の条例で運用している65歳から70歳未満の老人医療費助成も、法改
悪の影響を受けています。兵庫県・神戸市では、このような改悪の流れの中で所
得制限を強化し(住民税非課税者のみ適用)、負担割合を原則2割としました。
(低所得区分Ⅰのみ1割負担とし、限度額などは老健法と同じ)
さらに、東京都をはじめとするいくつかの自治体では、もうすでに、老人医療費助成制度の廃止にまで、踏み込んできています。
2 さらなる老人医療制度の改悪
1981年(昭和56年)からの中曽根第二臨調は、老人(医療)に対する誹謗中傷攻撃を、マスメディアを利用しての、一大キャンペーンとして展開する中で、1983年(昭和58年)に老人保健法を導入しました。このことによって、老人医療「無料」制度をつぶし、少額であっても、一部負担金という患者負担を復活させました。そして、1990年代には、その一部負担金の引き上げを繰り返し、さらに、2000年代においては1~2割の定率負担を押しつけ、老人医療制度を大きく後退させてきました。この老人保健法20余年を通じて、老人医療制度の改悪を一巡させたことをふまえ、新たな高齢者医療保険制度を創設し、さらなる大改悪を進めようとしているのです。
3、新たな高齢者医療制度の創設
2003年(平成15年)3月28日、政府は「健康保健法等の一部を改正する法律付則第2条第2項の規定に基づく基本方針」を閣議決定しました。
付則に基づくとあるのは、02年(平成14年)の医療制度改革関連法の成立時点で、さらなる次の制度改悪を、年限を付けて取りまとめることが、その健康保険法の付則で、決定されていたからです。
この基本方針は(1)保険者の統合及び再編を含む医療保険制度の体系の在り方、(2)新しい高齢者医療制度の創設、(3)診療報酬の体系の見直し、この3点について、基本的考え方が示されました。閣議決定されたこの基本方針に基づいて、社会保障審議会・医療保険部会などで、審議・議論が進められてきましたが、とりわけ、注目しなければならないのが、新高齢者医療制度創設の方向や内容です。
その審議のなかで、『75歳をこえた後期高齢者の生理特性の変化』『高齢者に相応しいQOL(生活の質)が確保されるべき』等の発言、そして、『医療の適正化』『医療費の適正化』の発言が相次いでいました。
まわりくどい表現をしていますが、要するに、後期高齢者の医療については、その老化(生理特性の変化)を理由に、医療内容や医療費を抑制・制限することが議論されてきたのです。
そうした議論に対して、日本医師会代表の委員が、「『お年を取った方は、もうこの医療でいいのだ』というような決め方をされますと、その方の将来受けるべき権利を剥奪することになりかねません。そういう面から考えますと、はたして75歳のところで、『昨日までは74歳でよかったですね。今日から75歳ですから、あなたの医療を受ける権利は制約されます』という制度をつくることが、本当に国民にとって安心してくらせる制度なのかどうか」と、唯一の、批判的な発言があったというのが実情です。
4、後期高齢者に保険料負担・医療抑制
その高齢者だけの健康保険制度は、独立した制度とはいうものの、国保および被用者保険からの支援、社会連帯的な保険料、公費により賄うとしていることからも、決して自立した制度とはいえないものであり、さらに加入者である75歳以上の後期高齢者から、今まで保険料徴収の対象でなかった健保の被扶養者からも、保険料を徴収するという大きな問題を含んでいます。
保険料やその徴収方法・自己負担などは、介護保険と同様になることが予測され、後期高齢者に多大な負担を強要することになります。すなわち、制度の発足当初は、保険料や負担が低く設定されたとしても、赤字を理由にその引き上げが続き、保険料の徴収は年金からの天引きとされるなど、介護保険の抱えるさまざまな問題と、同じ問題を孕んでの出発となります。
後期高齢者については、療養の給付の取り扱い、要する費用の算定基準が、別途、定められることとなっています。介護サービス費の給付として、給付額の上限が定められたと同様に、医療内容や医療費の制限・抑制が企図されていると思われます。
5、前期高齢者には、国保料が年金天引き
前期高齢者は、新制度の保険料が年金天引きで徴収される予定でしたが、現役並み所得者(一定以上所得者)の、3割負担を今年の10月から、先行実施することなどから、その保険料徴収はなくなりました。
しかし、法案には前期高齢者の「国民健康保険料」を、年金から天引き(老齢等年金給付からの特別徴収)することが明記されています。
厚生労働省の、なんとしても、年金からの天引きを実施するという、既定方針固執の表れであり、また、70歳以上の長期入院患者(特定長期入院被保険者)の食費・居住費の自己負担化が、今年10月から実施されることになっていますが、2008年(平成20年)4月から、それを65歳に引き下げることも明記されています。
この医療制度改革関連法案は、前回の改革関連法と同様に、大変な改悪案であることを再確認するとともに、さらなる改悪に向けた準備や布石が、しっかりとなされていることを、読み取っておかなければなりません。
Ⅴ おわりに
1983年(昭和58年)老人保健法導入により、老人医療「無料」制度を突き崩したことを手始めに、翌1984年(昭和59年)には、健保本人の10割給付をつぶし、1割の自己負担を導入しました。
そして、1990年代には一部負担金の引き上げで、健保本人に2割負担を、さらに、2000年代に入ると、老人医療に定率の1・2割負担を導入することで、健康保険の本人・家族ともすべて3割負担としました。
このように、老人医療の改悪を先行させ、次にその改悪を、若人をふくむ全体(公費医療・福祉医療にも)に波及させる、という手法がとられてきました。今回も、そのことが準備されていると、看破しておかなければなりません。
こうした老人医療・医療制度の改悪が進む中で、アメリカなどを本拠地とする多国籍保険金融資本は、規制を部分的に緩和させ、ガン保険という特定分野に参入し、さらなる規制緩和をつうじて、医療保険分野に本格的に進出し、そのシェアーを拡大しています。さらに、圧倒的な宣伝攻勢(はいれます・はいれます宣伝)の中で、その医療保険に、高齢者を取り込んでいるのが現状です。
この間の、多国籍保険金融資本の医療保険分野への進出は、目を見張るものがあります。そして、新高齢者医療制度で、後期高齢者の治療や薬剤の、その制限・抑制が見込まれること、また、混合診療の解禁により、その自費負担診療分をカバーするための医療保険(私的健康保険)が、準備されています。
事実、先行的に健康保険適用外の先進医療・高度医療を、療養給付(現物給付)する医療保険商品が、すでにつくられています。
また、健康保険の再編や統合、社会保険庁の解体、政管健保の民営化などの動き、医療機関への株式会社の参入など、このような動向を考え合わせれば、この改悪の真の狙いがおのずと明らかになってくると思います。
医療制度は非営利原則のもと、公的医療保険を軸に社会保障制度として運営されてきました。しかし、その医療そのもの、さらに医療保険や、医療関連業務まで、資本の営利の対象にしようとする企図が、はっきりと見えてきたのではないでしょうか。