恥ずかしい歴史教科書を作らせない会

改憲で「戦争する国」、教基法改定で「戦争する人」づくりが進められる今の政治が
将来「恥ずかしい歴史」にならぬように…

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護憲派に残された最大の「希望」

2013年07月23日 | 国会・政党・選挙
 参院選が終わりました。
 改憲を標榜する自民党が圧勝し、平和憲法を守りたいと願う身としては、この国の将来、そして子どもたちの未来を憂えずにはいられません。

■ 日本共産党と社民党

 こんなときに、同じ護憲派の中には、日本共産党の議席を伸ばしたことを喜び、そこに期待するという声があります。
 たしかに、いま「護憲」を掲げている日本共産党の議席は減るよりは増えたほうが良いに決まっています。
 しかし、政治や国会の内情を少しでも分かる方ならば、社民党が議席を減らしたことの方が、深刻な事態だということがご理解頂けることだろうと思います。

■ 国会での影響力

 国会において、日本共産党は議席分の力しか持ちませんが、社民党は、前身の日本社会党の時代から、他党との合従連衡・共闘により、その数倍・数十倍の力を発揮してきました。それが、どれほど「護憲」に貢献してきたか、それは戦後史を見れば一目瞭然です。
 昭和にあっては自民党の対抗軸として他の野党と連携し、平成に入り自民党の別動部隊ができればその間に楔となり、敢えて自民党と連立を組み、その間に自民党の運動方針から「改憲」を削除させ、一方で「村山談話」により戦後の精算を行い、自公体制となってからは民主党との共闘しながら、その改憲色を後退させ、「生活再建」路線を強めながら、一時期は政権交代に貢献するなど、たえず日本社会党・社民党は政局を動かしてきてきました。

■ 「独善」を改めよ

 一方、日本共産党は残念ながら、自分たち以外は全て悪であり、敵であるという「独善」により、他党への影響力は全くありません。政局に絡んだといえば、今回の参院選の沖縄県選挙区での社会大衆党・糸数慶子氏を軸とする共闘を除けば、数十年前の「社共共闘」に遡らなければならないほどです。
 その日本共産党も、終戦直後の憲法9条反対・自衛戦力保持主張、旧ソ連の原子力政策の礼賛、チェルノブイリ事故後の「反原発」否定など、その「独善」も、分かる人には「偽善」も多くあるのです。
 だからこそ、国会で日本共産党は他党から相手にされず、その硬直性から、議席数分の影響力しか持たないのです。「護憲」を願う人々の声を受け止めたと思っているならば、日本共産党は、その「独善」を改め、社民党のように他党への影響力を持つことを考えるべきでしょう。

■ 残った「希望」

 今回の選挙で、「不幸中の幸い」だったのは、野党共闘の「軸」、あるいは護憲の「要石」と呼べる人物が、辛うじて議席を確保したことです。言うまでもなく、社民党の又市征治幹事長です。
 自身、毎年40回前後の国会質問を行い、かつて誰も注目しなかった特別会計に大胆に斬り込み、約36兆円の財源を捻出させ、外交にあっては北東アジア地域における紛争の「非戦解決」のための北東アジア安全保障機構などについて中韓首脳を説得し、一方で幅広い人脈を結集して超党派の護憲フォーラムを立ち上げるなど、内政においても、外交にあっても、護憲についても、又市氏こそ最も重要な人物です。
 又市氏の1議席は、他のどの議席よりも重要であり、これまでも、他の議員の数倍、あるいは数十倍の力を持ってきました。
 6年前、元政治記者によって書かれた又市氏の生い立ち(政治家「又市征治」という男)を読めば、彼はどの議員よりも、戦後の苦しみ、貧困、飢え、苦学、労働を、文字通り「体」で知っている人物です。
 「頭でっかち」の「改憲派」が増える中、又市氏こそが「護憲派の真の結集軸」であり、私たちに残された最大の「希望」であると思います。
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「卑怯者」と「恥」

2013年07月21日 | 国会・政党・選挙
■ 高校生の声

 先日、私の友人のブログの記事を読んでいて、ハッと致しました。
 ある地方の駅前で、社民党の街宣車が止まったとき、高校生が近づいてきてこう言ったそうです。

 「このまま安倍さんたちが勝てば、僕たちが戦争に行かなければいけなくなる。社民党、頑張って下さい。」

 そのブログを書いた私の友人は、こう語っています。

 「彼らは分かっているのです。
  憲法が変われば、戦争も、徴兵制も、可能になることを。
  そして、自分たちの世代が戦争に駆り出されていくことを。」
 
 いま選挙権がない高校生の声、本当に切実なものがあると思います。

■ 「反国民的」な政党を支持する「自虐的」な人々

 自民党の改憲草案を読めば、戦争や徴兵制が可能なのはもちろん、軍事独裁政権も可能、社会保障ゼロも可能、財産没収も可能、すなわち人権無視・国民迫害も可能です。おや、むしろ自民党のスローガン「日本を取り戻す」の本当の意味は、北朝鮮以下の「賎しむべき国家」づくり、すなわち「日本を取り壊す」ことにあるのです。
 
 しかし、世論調査では、そんな「反国民的」な政党・自民党の圧勝が報じられています。本当に残念でなりません。
 自民党が勝つことも残念ですが、自分たちやその家族を抑えつけ、その権利も、自由も、財産も、生命さえも奪い、隷従させようとする「日本の恥」自民党を支持するという、極めて「自虐」的な人々者が大勢いるということが、悲しいほど残念でならないのです。
 
 私は、自民党支持者の方とも、多く話をしてまいりました。彼らはこう言うのです。
 「おお、戦争もいいじゃないか。中国が攻めてくるんだから、目にもの見せてやれ」
 「徴兵もいいじゃないか。今の日本人はたるんでいる。喝を入れればいい」 
 
 こんなことを言う方々の多くは、40代以上の方々でした。私は、彼らを「卑怯者」と呼びます。

■ 若者の命を奪う「卑怯者」

 実際に憲法が変えられ、徴兵制が施行されるまで、おそらく数年はかかるでしょう。私も40を過ぎました。
 前線に駆り出されれば、敵兵との「殺し合い」が待っていますが、今なら私も少しはお役に立てるかもしれません。
 しかし、50の声が聞こえて来たならば、その自信はありません。十年後には「徴兵」のお声もかけて頂けるでしょうか。

 いま「愛国心」を煽り立て、「戦争もいい」「徴兵もいい」などと言っている方々は、本当に「戦場に駆り出される人」でしょうか。本気の「殺し合い」をする能力をお持ちなのでしょうか。
 自民党の立候補者、あるいは自民党の改憲論に同調する維新の会やみんなの党、その候補者の顔ぶれを見ていますと、本気で「殺し合い」をできそうな人物はほとんどいません。
 彼らも、自分たちやその子や孫が、そんなところに「駆り出される」とは思っていないでしょう。あくまで「駆り出す」側、すなわち「権力者」の目線でしか、ものを見ていないのです。
 そんな連中に与し、自分たちの子や孫が戦場に行かされるという、この国の将来像から逃げている人々もまた「卑怯者」です。

 自分たちは、ぬくぬくと安全なところにいながら、「愛国者」気取りで煽るだけ煽り、いま選挙権のない若者の命を奪う、これが「卑怯者」でなくて何でしょうか。

■ お聞きします

 皆さんにお聞きします。4問でございますので、ぜひお付き合い下さい。

A) 66年余り、現在の日本国憲法の下で、日本は動いて参りました。
 皆さん、そんなに不自由でしたか。

B) 「不自由だった」とお答えの方にお聞きします。
 不満さえ言えないほど、国家権力に怯えなければならない国にしたいですか。

C) 「不満も言えないほど、権力に怯えて暮らす国にしたい」という方にお聞きします。
 皆さん、そしてお子さんやお孫さん、すべての将来の日本人から、権利・自由・財産、そして生命さえも、いつでも簡単に国家権力に奪われる国をお望みですか。

D) 「望む」という方にお聞きします。
 あなたは人間ですか。
 そこまで愚かであれば、自民党のような「卑怯者」を支持してしまうのも無理からぬことと、私もあきらめることにいたします。ただ、残念でなりませんが…。

■ 将来に恥じぬように

 私は極めて古風な日本人で、最も嫌うのは、やはり「恥」というものでございます。
 特に、子を持つ「親」の一人として、将来の世代に対する責任が、絶えずつきまといます。
 その私が、人間として、親として、日本人として、最も恥ずべきは、子や孫の世代から何もかもを奪い取る「憲法改正」を許すことです。
 
 今日7月21日は参議院議員選挙投票日です。
 間違っても、「卑怯者」に与さないよう、「卑怯者」にならないよう、ご英断を賜りたく、よろしくお願い申し上げます。

 憲法を守ることは、皆さんだけでなく、そのお子さんやお孫さんの権利を守り、自由を守り、財産を守り、命を守ることなのです。

 国会で「卑怯者」ばかりが増え、「護憲派」が減っています。
 将来に恥じぬよう、投票を行いたいと思います。
 
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安倍首相問責の真意と、「立役者」

2013年06月27日 | 国会・政党・選挙
 通常国会最終日の26日、参議院では安倍首相の問責決議案が可決しました。
 この問責決議案を提出したのは、生活・社民・みどりの3党ですが、その案に対して、民主・みんな・共産・維新・改革などの各議員が賛成し、参議院の意思として、安倍首相に「No!」を突き付けたのです。

■ 逃げた安倍内閣と与党

 そもそも、ことの発端は、安倍内閣や与党が、国会の論戦から逃げたことにあります。
 24日に参議院予算委員会が開かれることになりました。しかし、安倍内閣はこれをボイコットし、与党である自民・公明の議員も、この予算委員会を欠席しました。つまり、内閣と与党が「審議拒否」に走ったのです。憲法第63条には「内閣総理大臣その他の国務大臣は、…答弁又は説明のため出席を求められたときは、出席しなければならない」と定められていますが、内閣がその義務を果たさず、審議をボイコットするなど前代未聞ですし、「国権の最高機関」である国会を蔑ろにする極めて不遜な態度です。

 このような安倍首相は「問責」を受けて当然ですし、これに反対するような自民・公明の参議院議員は、ただちに議員バッジを外すべきでしょう。国民の負託を受けているはずの自分たちの院が、内閣からコケにされて黙っているような議員は、議員たる資格はありません。

■ 「問責」の意義

 この「問責」は、極めて重要な意味を持っています。
 周知の通り、安倍首相は「憲法改正」を目指しており、参院選後には、野党である民主の一部や、維新・みんな・改革などの議員を巻き込んで、憲法改正の発議に必要な、衆参両院の3分の2以上を確保しようとしています。そして、彼らはそこに共鳴しつつありました。そこに「くさび」を打ち込んだのが、今回の「問責」なのです。
 半数しか改選されない参議院では、院として安倍内閣を「問責」したことの効力は、選挙後も残ります。安倍首相が糾合しようとしている民主・維新・みんな・改革などの議員は、自分たちが「問責」した安倍内閣に対して、安易に「迎合」することはできません。
 言わば、与党と野党をしっかりと分けたというのが、この「問責」の最大の意義であり、功績と言って良いと思っています。

■ 「迎合」傾向に一本の「筋」

 実際、野党の中にも「迎合」の傾向は顕著でした。
 民主の一部、みんな・維新・改革など「実家」が自民党という政党は言うに及ばず、安倍内閣が比較的高い支持率を維持していることに、私の地元選挙区の、日本共産党の候補予定者でさえ、討論会で、実体経済を伴わない「アベノミクス」を「期待感だけで税収を増やす効果があった」と、評価し出す始末です。
 この「アベノミクス」。実際には、単に日銀がほぼ無制限の金融緩和を宣言することで、為替相場で円を下落させ、円安を誘導し、ドル建てで株式投資を行う外国の投資家が、割安になった日本企業の株式の購入を誘い、一時的な輸出企業の儲けと相まって騒がれだけの話なのです。やがて、国債の暴落、長期金利高騰による国家財政の破綻を招き、さらに「第三の矢」の規制緩和により、さらなる格差拡大、そして内需の冷え込みに至ることは必至なのですが、そうした本質すら分からず、こんな「アベノミクス」をもてはやす愚かな候補者が、日本共産党にさえいることが残念でなりません。

 前述の通り、問責決議案の提出も、生活・社民・みどりの3党だけでした。それだけ、他の野党は、一定の支持率のある安倍内閣に正面から対峙することに「迷い」があったのです。こうした嘆かわしい状況に、野党の総意として、一本の「筋」を通したのが、今回の「問責」だったのです。

■ 「立役者」の功績

 それだけ重要で、意義ある「問責」に奔走したのは、社民党の又市征治幹事長でした。
 6月5日の野党幹事長会談から、「参院選を目前に控え、争点を国会で論議し国民に示すことは政府並びに野党の責任である。衆・参両院で予算委員会の集中審議を行うべき」と主張し、今回の焦点となった予算委員会の開催、そして「問責」につながる「仕掛け」を行ってきたのが、この又市氏です。結果、この「問責」により、国会に「筋」を通したのです。
 既に10年前から社民党の幹事長に就任し、副党首を経て、また幹事長に就いた又市氏の国対戦術には、以前から定評がありました。小泉政権時代から、小政党の幹事長ながら、バラバラになりがちな野党を、その説得力ある理論で一本に束ね、「小泉包囲網」ほか数々の共闘を実現し、他党からも「野党共闘の要に又市あり」と言われ、多くの国会関係者から一目置かれる人物です。何しろ、かつて「自民党内で最も右」と言われた小沢一郎氏(生活の党代表)を、「護憲」に近付けたのは又市氏です。
 政党の共闘というのは、本当に難しいものです。民主が呼び掛ければ「筋」がどうであろうと、共産党がそっぽを向き、共産党が提案すれば誰も相手にしません。唯一、社民党、とりわけ又市氏の提案には、民主党も、共産党も、みんなも、維新も、改革も、他の議員も、応じるのです。

■ いま参院選を前に

 7月4日公示、21日投開票。いま参院選が目前に迫っています。「国権の最高機関」すら軽視し、私たち国民の権利や自由を踏みにじる「憲法改正」を押し通そうとする安倍政権の暴走を止められるか否か、極めて重要な選挙です。
 あの又市氏も、今回が改選です。もし、国会に又市氏を失うようなことがあれば、安倍「改憲」により、国民は人権を奪われ、自由を制限され、義務で縛られることを想定しなければなりません。
 私は、私が享有してきた人権や自由を、子どもたちの世代にも受け継いでいきたいと思っています。自民党の憲法改正草案のような、人を奴隷化するような案は、やはり承服しかねます。
 国会の随所で、野党をまとめ上げ、国民生活の向上や、憲法に保障された人々の権利」を、最も真剣に考え、行動しているのが又市征治氏だと思います。
 
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ご無沙汰致しております

2013年05月22日 | その他
 goo-needsでございます。
 長らくご無沙汰を致しております。
 留守中もご訪問頂きました多くの皆様に、あらためて心より感謝申し上げます。
 今も身辺慌ただしく、まとまった文章を書くこともできずにおりました。
 少々「ツイッター」にて、「Hideshima_Yasuharu(秀嶋泰治)」として呟いたりも致しましたが、物足りません。
 何しろ、我が国の右傾化著しく、このままでは将来の世代に血を流させることとなりましょう。
 今ここで、声を上げなければとの思い、強く込み上げて参ります。
 来月あたりから、少しずつ物を書いて参りたいと思いますので、何卒よろしくお願い申し上げます。
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胸を張ろう

2012年12月01日 | 叫び
原発の「げ」の字も言わなかった人たちが
選挙を前に声をあげている
胸を張ろう
私たちが正しかった証拠だと

増税を必要だと言っていた人たちが
選挙を前に反対を唱えている
胸を張ろう
私たちの声が共有されたのだと

競争と市場原理を万能だと言っていた人たちが
選挙を前にTPPに異議を申し立てている
胸を張ろう
彼らもようやく分かったのだと

私たちの声を踏みにじり唾をかけた人たちが
私たちと同じことを言っている
胸を張ろう
ようやく民の声が聞こえるようになったのだと

惜しいのは選挙が終わればその人たちが
私たちと違うことを言い出すこと
それでも胸を張ろう
そのような人たちに騙される民ばかりではないのだと
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原発事故と「刑事犯罪」

2011年10月17日 | その他
■ 動かない捜査当局
 
 「なぜ警察や検察は動かないのだろう」―そんな疑問が湧いてきて仕方ありません。
 東京電力福島第一原発事故の発生から7ヵ月余り経つというのに、いまだに東京電力に捜査は及んでいません。  
 政府は「ただちに健康に影響はありません」というフレーズを繰り返してきましたが、事故以来、確実に放射線被曝は拡大しています。確かに「ただちに」では影響はありませんが、「やがては」甲状腺ガン、白血病をはじめ、患者が増加することは確実です。それが原因で命を落とされる方々も決して少なくないでしょう。
 この原発事故は東京電力の過失によって起きた事故であり、それによって人々を発症させ、死に至らしめるという彼らの行為は、刑法221条の「業務上過失致死傷罪」に当たります。
 問題は、「まだ被害者が特定できない」という点にあります。

■ 「既遂」になるとき

 しかし、現時点で被害者が特定できなくとも、捜査当局は将来の刑事訴訟に備えてしっかり捜査をしておくべきなのです。
 「業務上過失致死傷罪」の公訴時効は10年ですが、今回のケースで言えば、事故後10年を越えて発症した場合でも、東京電力を告訴・告発することは可能です。
 この「業務上過失致死傷罪」が「既遂」、すなわち犯罪が成立したことになるのは、事故発生の日や被曝させられた日ではなく、被害者が「死傷」した時点です。
 実際、スリーマイル島の事故や、チェルノブイリ事故は、多くの死傷者を出し続け、間接的な例では、親の染色体が壊され、それを原因とする奇形児も爆発的に増えましたが、こうした被害の大半は事故後数年から数十年を経て発症しています。
 こうして将来、健康被害が見つかった場合でも、その時点で東京電力の犯罪は「既遂」になるわけです。

■ 「公判」に備えよ

 だからこそ今、東京電力の犯罪を立証するための証拠集めを行っておく必要があります。
 あれだけ「隠蔽体質」にまみれた企業なのですから、被害者が訴え出る頃、まともな証拠が残されている可能性は極めて低いと考えなければなりません。
 もし、捜査当局がまだ「及び腰」なのであれば、「事故調査委員会」などに提出された書類や資料をしっかりと証拠として保全し、来るべき公判に備えておく必要があるでしょう。

■ 「犯罪者」とその「予備軍」

 「業務上過失致死傷罪」の量刑は、「5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金」です。
 あれだけの重大事故を起こしたことを考えれば、明らかに軽すぎる刑ですが、私は何としても東京電力の刑事責任は問われなければならないと思います。
 そしてさらに、まだ原発の再稼動を狙っている他の電力会社の人々に、自分たちが「犯罪者の予備軍」であることを深く自覚してもらう必要があると思います。
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誰が本気で「沖縄の祈り」に応えるのか

2010年07月12日 | 国会・政党・選挙
■ 選挙区を制した自民党か

 11日に行われた参院選。開票の結果、沖縄県選挙区では、自民党公認の島尻安伊子氏が当選を果たしました。
 島尻氏は、これまで宜野湾市の米軍普天間基地を名護市辺野古に移設する「基地たらい回し」を推進し続けながら、これに反対する沖縄県民の声の高まりを見て「変節」し、議席を守りました。
 しかし、本当に主張を改めたわけではないでしょう。
 「移設先は辺野古しかない」と強弁し続ける自民党から公認をもらい、テレビで「島尻さんの意見は自民党のマニフェストとは合わない」と指摘されても、ただ「そうは思わない」と言い張るだけ。「具体的にどう党内で意見を反映させていくのか」という問いにも、「民主党が反省するのが先だ」とはぐらかすだけでした。
 選挙という便宜のために主張を変える島尻氏のような人物、あるいは彼女を公認した自民党に、本当に「沖縄の祈り」の代弁者が務まるとは到底思えません。
 事実、島尻氏の得票は25万票余りですが、沖縄県での自民党の比例票は10万票を割り込みました。沖縄県民は自民党を信用していないのです。

■ 不戦敗の民主党か

 一方、民主党は早々と、沖縄県選挙区への公認・推薦候補の出馬を断念し、「不戦敗」を選びました。
 移設先を「国外」「最低でも県外」と公言しながら、辺野古への移設を盛り込んだ日米共同声明を結んで県民の期待を裏切った鳩山前首相。その後を受け、正式に任命される前にその共同声明を順守すると米国に誓った菅首相。
 このような経緯があったにせよ、政権与党が候補者を出さない選挙区など、正に「異例中の異例」です。
 そのあおりを受けて、比例の現職・喜納昌吉氏も落選し、民主党には沖縄出身議員がいなくなりました。
 喜納氏が獲得した個人名票は7万票余りで、当選ラインまであと約3万票。民主党が沖縄で獲得した比例票は自民党を上回る11万票台だっただけに、民主党が本気で「沖縄の祈り」を国政に反映させようとしていたら、と惜しまれてなりません。
 それどころか、喜納氏の支持者にとっては、喜納氏が獲得した7万票が民主党の票として加算されることさえ、腹立たしく感じられるのではないでしょうか。

■ 選挙区・比例擁立の共産党か

 比例に沖縄県の候補者を擁立したのは、民主だけではありません。
 共産党からも、上里清美氏という候補が出ていました。
 この共産党は、選挙区にも伊集唯行氏という、決して勝算があるとは言えない候補者を擁立していましたが、私は当初、上里氏を勝たせるための戦術ではないか、とも思っていました。
 実際、伊集氏が獲得したのは5万8千票余り。これは「供託金没収点」を下回りますが、共産党はいつも徹底的に「党名」での投票を呼びかけつつ、当選させたい候補者を絞り込んで、「固いところ」に個人名で投票させて当選させるという戦術を取ります。
 今回も、その方法で比例3位で当選した大門実紀史は4万4千弱の得票数で当選しています。「選挙区は伊集、比例区は上里」を徹底していれば、上里氏は「沖縄の祈り」を国政の場で直接訴えることができたはずです。
 しかし、彼女の個人名票は全国でわずか3,478票。しかも、沖縄県内で得られたのは約2千票です。
 初めから「沖縄の祈り」を訴える議員を作ろうとしなかった点では、共産党も自民党や民主党と変わりません。ただ沖縄を利用しただけだったと言わざるを得ません。
 共産党が沖縄で獲得した比例票はわずか3万6千余り。おそらく沖縄の人々も、そのことを見透かしていたのでしょう。

■ 比例第一党の社民党か

 この沖縄で比例第一党となったのは、社民党でした。

 「社民党は沖縄を裏切らない」

 この一点張りで「筋」を通し続け、下野しながら総理大臣の「首」を取った社民党に、沖縄の人々が12万を超える最大の「祈り」を託したのです。
 公示直前の出馬にもかかわらず、社民党が沖縄社会大衆党とともに推薦した山城博治氏が、選挙区で自民党現職にあれだけの猛追を見せたのも、彼らの底力と、沖縄での高い信頼あってのことではないでしょうか。
 「普天間基地即時閉鎖」「新基地建設は許さない」だけでなく、具体的に米国領の北マリアナ連邦という移設を歓迎・誘致するところを見つけてきた功績も、大きいものがあります。

■ 誰が本気で応えるのか

 さて、「沖縄の祈り」をめぐる戦いは、これから本格化していきます。
 政府が、米国との間で具体的な工法などを詰めるという8月末に向けた動き。
 そして、秋には「最終決戦」とも言うべき沖縄県知事選挙が待っています。
 自民・公明に支えられる現職の仲井真弘多氏が続投の意向を表明し、一方で「普天間」を抱える宜野湾市の市長・伊波洋一氏も意欲を示していると伝えられています。

 今回の参院選で言えば、島尻氏のような口先だけ「変節」の現職か、それとも「沖縄の祈り」に「筋」を通す新人か、という構図になるでしょう。

 その戦いのときこそ、各政党も個人も、誰が本気で「沖縄の祈り」に応えるのか、そのことが試されるのだと思います。
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「従属」に走る新政権

2010年06月06日 | 外交・国際
■ 「期待」

 菅直人氏の首班指名後、新政権への期待が高まっているようです。
 共同通信の世論調査でも、菅氏に「期待する」が57.6%、約20%だった民主党の支持率も36%まで上昇しています。
 この「首相交代」劇は、「新し物好き」と言われる日本の国民性もあってか、かなりの政権浮揚効果をもたらしたようです。
 一方、「期待しない」は37.2%ありました。きっと私は、その中に入るでしょう。

■ 「発端」

 そもそも鳩山首相の辞任の「発端」は、何だったでしょうか。
 米軍普天間基地の移設問題で、「地元」「連立与党」「米国」との合意を条件にしていたにもかかわらず、「基地はいらない」という沖縄や徳之島の声、さらには「国外移設」を追求してきた連立与党・社民党の思いを無視して、米国との協議だけを優先し「辺野古」移設を盛り込んだ「日米共同声明」を結んだことが最大の原因でした。
 そして、最後は「米国言いなり」になって再び「辺野古」への基地の押し付けを強行する鳩山首相の姿勢に、社民党が反発して連立政権から離脱し、国会運営に行き詰まったのです。
 では、菅氏はどうでしょう。

■ 「ポチ」

 菅氏は首班指名からわずか1日半後の6日未明、首相官邸で米国のオバマ大統領と約15分間の電話会談を行いました。
 その中で菅氏は、鳩山首相辞任の発端となった「日米共同声明」について、その「順守」を約束したのです。
 つまり、基地や訓練を押し付けられる沖縄や徳之島の人々が、「絶対に受け容れられない」と言っている内容を、全く見直すことなく「押し付ける」ことを米国に約束したのです。これで、鳩山首相と何が違うと言うのでしょうか。
 かつての小泉純一郎氏に代表される「米国言いなり」「従属」的な外交姿勢は、飼い主に忠実な飼い犬に例えて「ポチ外交」と呼ばれていますが、鳩山首相・菅氏とも、それに勝るとも劣らぬ「ポチ」ぶりです。

■ 「越権」

 さて、衆参両院の首班指名を受け、首相官邸から電話会談を行ったとはいえ、菅氏はこの時点では、日本の「内閣総理大臣」ではありません。
 日本国憲法6条を読めば分かりますが、「国会の指名」に基づいて「内閣総理大臣」を任命するのは「天皇」です。その任命を受けるのは8日の予定であり、彼は6日の時点では「任命権者」である「天皇」から、任命されていません。正確に言えば、菅氏が任命を受けるまでは鳩山内閣は存続しているのです。
 まだ「内閣総理大臣」にも任命されていない菅氏が、一体どのような権限で、首相官邸を使って、日本の他国の首脳と外交的な約束をする権限があると言うのでしょうか。
 確かに、鳩山内閣の「副総理」「財務大臣」という肩書きはありますが、その役職にこれほどの外交上の権限があるでしょうか。
 
 米国の「ポチ」に徹するあまりとはいえ、日本国憲法も「天皇」の任命権も無視するとは、「越権行為」も甚だしい、菅氏の行動に対してそう言わざるを得ません。

■ 「留任」

 そんな「菅内閣」の閣僚の布陣が少しずつ明らかになっています。
 前述の通り、鳩山内閣の「致命傷」となったのは普天間基地移設問題ですが、その「日米共同声明」を結んできた岡田克也外務大臣・北沢俊美防衛大臣など、この問題の「A級戦犯」が、そのまま「留任」の方向です。
 さすがに、首相の「女房役」と言われる「官房長官」は、「超A級戦犯」である平野博文氏ではなく、菅氏に近い仙石由人氏が就任するようですが、外相・防衛相に岡田氏・北沢氏を選ぶようでは、菅氏は「日米共同声明」の「押し付け」を続けるだけの存在です。

■ 「卑怯」

 私は以前、「菅直人」についての人物評を、「公安」警察官僚出身で初代の内閣安全保障室長を務めた佐々淳行氏から聞いたことがあります。
 「70年安保」の、東京工業大学の「闘士」たちの指導者だった菅氏は、いつも「4列目」から指揮を執っていたことから「4列目の男」と仇名されていたそうです。
 その理由を佐々氏は、こう教えてくれました。

 「前列から3人目までは『盾』や『棍棒』で撲るし、安全靴で蹴り倒して踏みつけて逮捕する。そのギリギリ手前の自分の身の安全だけは確保できるところに、いつも菅直人がいた。だから彼は『逮捕歴ゼロ』だった。彼が『扇動』した仲間が痛めつけられ、逮捕されていくのを見ているだけ。いつも菅は卑怯な指導者だった…」

■ 「交差」

 もちろん「諜報」や「扇動」をも行う「公安」出身の人物の言葉ですから、、この佐々氏の言葉をそのまま信じるほど愚かではないつもりですが、今回の彼の行動にはある意味、佐々氏の人物評が当てはまる気がしないでもありません。

 彼が「指導」してきた「安保闘争」の仲間である人々への「裏切り」は、沖縄・徳之島の人々への「裏切り」と交差します。彼が否定していた「日米安保」の矛盾の多くがいま、その地に集中しているのです。
 それを、「越権行為」に及んでまで米国に「忠誠」を誓い、歴代自民党政権や鳩山政権に続いて住民の思いを踏みにじり、まだ「負担」を押し付けようとしているのです。

■ 「反菅」

 要するに、あの「安保闘争」を闘った菅直人氏は、自分の前の「1列目」に沖縄を置き、「2列目」に徳之島を置き、「3列目」に政府や国民を置き、自分は相変わらず「4列目」にいるのです。
 向こうに回すのは、あの頃と同じ米国ですが、まだ正式に「内閣総理大臣」になる前に首相官邸から公然と米国に「忠誠」を誓うところなど、単なる「変節漢」の域を超えています。

 正式な発足の前ではありますが、このような「従属」的な菅政権を、私は真っ向から「否定」させて頂きます。
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社民党の兵法

2010年06月02日 | 国会・政党・選挙
 鳩山首相が2日、辞意を表明しました。
 その裏側で何が起きていたのか、その流れを考えるとき、私は軍事ジャーナリストの神浦元彰氏が昨年暮れに書いておられた文章を思い出していました。

■ 「社民党切り」

 「今、自民党議員に対して地下で民主党からの切り崩しが進んでいるという。…それらを民主党が取り込めば社民党との連立は必要がないという考えだ。」
 「社民党は小沢幹事長の自民党切り崩し手腕の凄さを理解すべきだ。来年の参議選で民主党単独過半数獲得も十分に可能性がある。自民党が切り崩されて民主党に加わるからだ。」

 さらに神浦氏は、12月24日付けの自衛隊機関紙「朝雲新聞」の、「田村(耕太郎参院)議員の自民党離党で、来年夏の参院選を待たなくても、民主党が社民党を切れる可能性がでてきた」という記事を引用して、「戦国時代の日本史で、敵を切り崩すことが最善の勝つ戦術であった。社民党は孫子に学ばなくてはならない。」と説いていました。
 (以上引用 http://www.kamiura.com/whatsnew/continues_271.html)
 
 そしていま、全く逆のことが起きています。

■ 米国内の「切り崩し」

 確かに、神浦氏や「朝雲」の主張どおり、民主党は参院選前に社民党を切りました。
 神浦氏や自衛隊の期待どおり、日米合意を優先させ、社民党や沖縄県民を裏切ったのです。
 しかし、神浦氏が説いた「切り崩し」は、社民党の方が一枚上でした。

 「国外移設」を追求してきた社民党は、米国への「切り崩し」から始めました。
 米自治領の北マリアナ諸島では知事もテニアン市長も、単なる基地移転の歓迎ではなく「ぜひ誘致したい」と表明しました。議会は上下両院で「誘致決議」を採択しました。

■ 民主党内の「切り崩し」

 この「テニアン移設」案が、単なる「夢物語」ではないと現実味や説得力を強める中、鳩山内閣は「辺野古」移設を盛り込んだ「日米共同声明」を結び、その政府方針の閣議決定を行おうとしましたが、これに対し与党内から180名が「テニアン」を例示して、「国外移設を追及すべき」という声明文を、内閣に突きつけました。
 与党議員が「反旗」を翻す180名は、社民党議員の15倍の人数ですが、これはわずか数日で集まりました。既に民主党内にも「切り崩し」が進んでいたのです。

■ 参議院の「切り崩し」

 さらに、連立を離脱した社民党は、参議院の民主党への「切り崩し」に取り掛かりました。
 まず、あえて「選挙協力」の可能性に含みを持たせることで、「逆風」に喘ぐ改選議員を動揺させました。

 加えて、鳩山内閣への不信任・問責の決議案に「賛成」する意向を表明することで、内閣を揺さぶりました。参議院で首相に対する問責決議案が提出されれば、わずか数名の「造反」で通ります。その動揺を衆議院に持ち込めば、民主党が圧倒的多数を占める衆議院でも、不信任決議案が通る可能性は十分にありました。

■ 国民新党の「切り崩し」

 また、鳩山内閣は社民党の福島党首を「罷免」した日、同じ連立パートナーである国民新党に対しては、彼らの「一丁目一番地」である郵政改革法案を、わずか1日の審議で採決を強行しました。
 しかし、この法案は参議院の総務委員会で審議中です。25名の委員のうち民主・国民新の会派は12名、社民は1名です。社民党が他党と結束して反対すれば委員会で否決されますし、欠席すれば委員会そのものが成立しなくなります。
 「切り崩し」は、民主・国民新両党との関係にも及んでいたのです。

 もう既に「切られた」側の社民党の「切り崩し」は、「切った」側の鳩山内閣を、そこまで追い詰めていたのです。

■ 「社民党の兵法」

 さて、冒頭ご紹介した通り、神浦氏は「社民党は小沢幹事長の自民党切り崩し手腕の凄さを理解すべきだ」と説き、さらに「戦国時代の日本史で、敵を切り崩すことが最善の勝つ戦術であった。社民党は孫子に学ばなくてはならない」と説いていました。
 しかし、その小沢幹事長は、「切り崩し」に敗れた鳩山首相の「道連れ」で、幹事長職を辞任することが決まっています。
 あえて「孫子」で言うならば、「始めは処女のごとくして敵人戸を開き、後には脱兎のごとくして敵防ぐに及ばず」という「社民党の兵法」に敗れ去ったのです。

 軍事や政治を語る人々には、今回の「社民党の兵法」こそ学んでもらう必要があるように思います。

■ 「民意」

 さて、その社民党の「戦術」の強みは、決して「奇策」にあったわけではありませんでした。
 一つは「絶対に沖縄県内に新基地は作らせない」という「信念」「執念」であり、もう一つは徹底的に「筋を通す」ということでした。

 沖縄・徳之島などの「米軍基地はいらない」という「民意」を、それこそ「体を張って」守りぬく姿勢、そして「テニアンが歓迎してくれている」という強い説得力への「共感」こそが、日本の政治史を塗り替える原動力となったのです。

 もうすぐ、次の日本の首相が決まります。
 その真価は、「今度こそ『民意』を大切にしてほしい」という国民の願いに応えるのかどうか、そこで判断されるべきだと思います。
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副大臣の涙

2010年06月01日 | 国会・政党・選挙
■ 「高揚感」

 普天間基地移設問題をめぐって「5月末決着」を唱えた鳩山内閣では、その「期限」である31日、辻元清美国土交通副大臣が辞表を提出し、社民党の「連立離脱」が完了するという、実に寒々しい「決着」を迎えました。
 
 さて、その辻元氏は、連立政権を去ることについて「さみしいし、つらい」と、目に涙を浮かべました。
 かつて「総理、総理」と20回以上も叫んだ「追及の鬼」による、正に「鬼の目にも涙」です。
 その涙ながらの「さみしい」「つらい」という言葉に、何も知らない方々は、単に「政権への未練」と思われるかもしれません。

 しかし私は、辻元氏が副大臣として取組んできたことを知っています。
 普通、大臣や副大臣の話など「催眠効果」しか実感できないものですが、辻元氏の行動には「わくわく」するほどの「高揚感」がありました。

■ 「視野」

 辻元氏の取り組みは語り尽くせませんが、最も力を注いでいたのは「交通基本法」の制定です。
 これまでの場当たり的な「街づくり」「道づくり」から脱却し、「移動」や「住まい」を人権と捉え、その人権保障のための環境を整備を行う「基本法」を作ろうとしていたのです。
 まだ着任から間もないとき、関西でこうした取り組みを行っているNGOのシンポジウムがあり、辻元氏も副大臣として出掛けたそうです。そこには、聴衆に紛れて地方整備局の「お偉いさん」たちが「偵察」に来ていたそうです。
 辻元氏はシンポジウム終了間際に彼らを壇上に呼び、「折角来たんだから挨拶を」と求めたところ、彼らの一言目は「こんな役人みたいな格好ですみません」と言ったそうです。NGOの集まりですから、会場でスーツ・ネクタイ姿は彼らだけ、「浮いている」ことを彼らも認識していたのでしょう。
 そしてその彼らは「恥ずかしながら、今までこんな話を聞いたことがありませんでした。本当に勉強になりました」と、心から「来て良かった」と語ったそうです。
 彼らの「視野」が広がった瞬間です。

■ 「静かな革命」

 その後、辻元氏は「霞ヶ関」にも、動きを広げていきました。
 「やる気のある人だけおいで」と全くの「任意参加」で、「交通基本法」のための勉強会を始めたのです。
 最初は、「何だろうか」と傍観していた官僚が、次々と新たな切り口を学ぶ中で「面白そう」に変わり、役職の上下を超えて「俺たちもやってみよう」と1人増え2人増え、ついに全部局から人が集り、立場を超えて自由闊達にアイデアを語り始めたのです。

 さらに、様々な審議会や、諮問機関は従来「御用学者」が占めていましたが、その人事には「政務三役」の同意が必要です。辻元氏は、女性や高齢者、障がい者の皆さん、あるいはその声を代弁するNGOの人々を積極的に登用し、政策の立案・決定にあたって、その意見反映に務めたのです。

 辻元氏はこうした一連の取り組みを「静かな革命」と呼びました。

■ 「不幸」

 思えば、それまで「霞ヶ関」やその出先、すなわち官僚の皆さんは「不幸」だったと思います。
 交通政策や住宅政策を考えるとき、御用学者や業界団体の代表、地域での政策の立案では、その地方の経済団体や地権者、首相、地元議員など、利害関係の絡む人々に惑わされ、利用者であり主権者である「国民」の声は置き去りにされがちでした。
 そこに、辻元氏は「活力」という風を吹き込んだのです。それは「脱官僚」ではなく、官僚を活かすという「活官僚」ではなかったでしょうか。

 その道半ばでの辞任は、やはり辻元氏には「さみしいし、つらい」ものだったことでしょう。
 そして、このような副大臣を失ったことは、「国民的な損失」であり、「不幸」と呼ぶべきでしょう。

 もし今の政権に心ある人がいるならば、あるいは今後、内閣の一員として政治に参画しようとする人がいるならば、辻元氏のように去り際に涙を流せるような人であってもらいたいと思います。
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