持続可能な国づくりを考える会

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緑の砂漠、動物との戦争~森林の視察へ: 上勝町視察旅行の記録(15)

2009年02月03日 | 上勝町
《上勝町視察記録の連載について、間違えて先日1回分を飛ばしてアップしてしまいました。このたび飛ばした分を新たに加えて、再度第14回としてアップしております。なお都合により更新が滞っていますが、ペースはともあれ続けていきたいと思います。よろしければ上勝町の旅、お付き合いください。》



林業の衰退―崩壊によって上勝町のような山間部の町村は、いったいどのような事態に直面しているのでしょうか?

笠松町長がそれについておっしゃったことで、ひじょうに印象深く聞こえたのが、「動物との戦争」、そして「緑の砂漠」という言葉です。

高度成長期の国策で、木材を大量に生産するため杉などの人工林の過密な植林が奨励され、全国的にひじょうに盛んに行われたのだそうです。

しかし先述の理由で、その後人手が入らなくなり間伐も行われなくなってしまったため、過密に植林されたまま放置された山の内部では、木々が密集して高く伸びる一方、そのために日光がさえぎられ森林の下層まで日が当らなくなり、地面には下草も生えなくなってしまいました。

(上勝町は当時国の政策に「とてもすなおにまじめに」従って、一生懸命全町域にわたって植林してしまった、とのことです。)

すると山の動物たちの食糧がなくなってしまいます。
そのためにエサを求めて山を下り、人里に入り込むようになった「害獣」は、ついに農作物を食い散らかし人間にも危害を加えるようになります。
その対応に現地の方々は大変苦慮されています。

上勝町では、トタンなどの柵による防御だけでは動物の侵入を防ぎきれないため、電気柵(電気ショックで動物を制止する)による害獣防御まで行っているそうです。
「害獣防御」――あまり耳にしたことのないそうした言葉に、なんともただならぬものを感じます。

また猟師の方に相当の報酬(シカは一匹2万円、サルは4万円、等々)を町費から支出し、害獣駆除を行わざるを得ないそうです。
それでも猟師の人手が足りないそうですが…。

それによって上勝町だけでも毎年相当数の動物たちが「処理」されているとのことです。
このことについて、笠松町長は「かわいそうだけどしかたない」とおっしゃっていました。

たしかにかわいそうです。
ただ餌に飢えて人里に降りてきただけの動物たちにとっては受難といえます。
しかしそうすること以外に有効な代案がない限り、地方自治体にとっての大問題への切迫した対応を、単にはどうこうと議論したり、まして批判したりすることはできないと、その被害の大きさをお聞きして思いました。

動物との「戦争」とは、きわめてリアルな比喩としておっしゃっているのだと実感します。
(なお害獣駆除においてはイノシシと間違って人が撃たれて死んでしまう事故が、この前日にも報道されていました。)

そのよしあしを論じていてもまったく意味がありません。
そうではなく、真の問題は動物の食糧が乏しくなってしまった山林、「緑の砂漠」のほうにあるのです。


さて、ここでいったん説明を終えられ、笠松町長が役場に電話され、急遽FAXで取り寄せて下さった私たちの視察日程がこちらです。



視察先と日程ついては町長にご一任し、大まかにイメージしていただけでしたので、この時点で具体的にどちらを訪問することになるのかを、私たちは始めて知ることになりました。

じつは実際の視察先はこの日程とはずいぶん変わってしまい、あとで見ると拝見できなかったところがずいぶん多かったのは、ちょっと心残りなところです。

このあと、午前中には2番目の「緑の砂漠の状況」の視察が主となります。
ほかにも、訪問できなかった(株)もくさん・森林組合木材共販所では、木材価格の状況の視察も組み込まれていたようです。
林業の危機状況と山林の荒廃を現場で体験することが、この視察ではひじょうに重要だったことがわかります。

時間がなく早々に次の視察場所に移動せねばならなかったのですが、待ち合わせに上勝町産の木材がふんだんに使われたこの施設を選ばれたのも、思えばそういうことだったのでしょう。



さて、一行は昨夜と同じく笠松町長の自家用車を先頭に、次の見学地へと向かいます。
何が待っているのでしょうか?



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 県立・千年の森ふれあい館より車でおよそ15分、広い町内の道路をずいぶん走り登った途中、峠道という感じのカーブのところで先頭の笠松町長の車が止まりました。

 ここが次の視察場所の山林であるとのことです。



 ほとんど車の通らなそうな峠道の、その両側に立ち並ぶ杉の人工林。
 東京近郊でもよく見かけるような、どこといって他と変わりのない山林ではないかと、このときは思われました。
(実際全国的に同じような状況ということですから、じつは「他と変わりない」ことこそが大問題なのですが)

 ただ写真のように倒れた木が多く見えたので、立ち枯れたものなのか町長にお尋ねしたところ、あれは間伐されてそのままになっている木だとのことです。
 間伐した木が、そのまま放置されているのでしょうか?



 一行は道路わきの遊歩道となった林道に入っていきます。
 最初は視察ということでちょっと森に入るのかな、くらいに思っていたのですが…。

 するとすぐにきれいな滝が見えてきました。





 小さいけれど素晴らしい眺めの滝の下の流れの水は澄み、秋の落ち葉が浮かんでいてきれいです。
 案内によると「北ヶ谷の滝」というのだそうです。 

 ここで笠松町長からご説明があり、日程表(中山用水沿いの森林の状況視察)にあるように、これから山道を案内するので、森林の現状をよく見ていただきたいとのこと。



 なお一昨年、当時の菅総務大臣が視察で上勝町を訪れた際、やはり町長が同じように案内され、山林の「緑の砂漠状態」を見てもらったのだそうです(ただしここに近い別ルート)。

 また同年(07年)には中村敦夫氏や後藤田正純氏も同じように上勝の森を視察しているとのことです。

 まず影響力のあるVIPや有名人にこそ、このひどい現状を知ってもらいたいという思いからだったそうです。


 重要なことは、山林は水源涵養や治水、土壌保全による土砂災害防止という機能をずっと果たしてきたということです。
 そのように全国の山林が持続可能な国土形成のための公益的機能を果たしてきたと、町長は説明されます。

 険しい山間に位置する上勝町は総面積の9割を森林が占めていて、農業とともに林業がずっと主要産業でした。

 山林が健全な状態を維持してきたこと、それによって人里を守る公益的な機能をずっと果たしてきてくれたのは、なによりその林業によって適切な量の木が伐採され手入れされてきたおかげだったとのことです。

 「環境保護」と聞くとよく抱きがちな「森の木を(切らずに)守れ」というような単純なイメージは、ずいぶん実態と違うようだと感じます。

 そして山林はかつて、町の主産業・林業を支えてきただけでなく、豊かな生態系によって山の動植物の幸を地元にもたらし、燃料である炭というかたちでエネルギー供給してきました。

 上勝町の山林は、つねに人とともにあった森でもある、とのことです。

 いま視察している上勝町の森がまさにそうであったように、日本の山林の多くは元来、単なる自然のままの原生林ではありません。

 そうではなく、人間がともに生きながら手を入れることによって、長い時間をかけてはじめて維持されてきた人工林なのだそうです。

 たぶん、それが「里山」ということばの本来の意味なのでしょう。
 それがいったいどのように変わってしまったというのでしょうか?

 笠松町長を先頭に、私たち一行はどんどん森に分け入っていきます。







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2 コメント

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Unknown (麻衣(ムダ毛格闘中))
2009-05-01 16:36:37
こんにちわ。まいです。

きれいな滝の写真が特に気に入りました
こういう散策もいいですね
森って素敵だなと思いました
こういう場所はずっと大切にしたいですね
また来ます
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Unknown (三谷)
2009-05-09 00:24:11
まいさん、コメントいただきありがとうございました。
ご返信遅れてしまい失礼いたしました。
写真についてそういっていただけてなによりです。
小さいけれど、ちょうど紅葉の時期で、きれいな滝でした。
散策、というか山道をかなりのトレッキングという形になりました。
森の緑と空気はよかったのですが、笠松町長のご説明にもあるとおり、残念ながらいっぱいの緑にも関わらず荒涼とした「砂漠」という感じでした。
森をどうするかはほんとうに大切なことだと思いました。
中断してしまっていますが、まだ続けたいと思いますので、ぜひまた来てくださいね。
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