みなりんの紀行文

写真とともに綴る、旅の思い出を中心としたエッセイ。
主に日本国内を旅して、自分なりに発見したことを書いています。

童話「次郎のお伽の旅」

2007年12月02日 00時28分22秒 | 本と雑誌

「次郎のお伽の旅」

 平成の御代のある日、次郎が、いつものように、山深い御堂の回廊の雑巾かけをしていた時、和尚様が姿を現して、こちらの部屋に来るようにと、呼びかけました。

「次郎よ。おまえは、この寺に次男坊だからと赤子のお前を母親が預けた時から、この寺で育ててきたし、今では将来のこの寺を継ぐのにふさわしい僧侶になるように思えてきた。

だが、最近、わたしは世の中の動きを眺めていて、そなたのような無心で実直な少年を念仏だけで一生を終えさせるのが惜しくなってきた。

僧は身分相当に生きるがいいと思っていたが、どうもこのままでは昔の第二次大戦のように仏教は力なく政府に従うしかない。

おまえは麓の学校から都会へ出て行き、自分が社会で人が嫌うような仕事をしてみたいとは思わぬか。

いや、人が進んでしない苦労を志ある人としないか?」

端然と座っていた次郎は、奇麗に澄んだ瞳を和尚様に向けました。

「和尚様、世の中は広うございます。
優秀な方は大勢おります。
わたしは和尚様に見捨てられたら命さえもございません。
わたしごときが何か大きなことなぞ、できそうもございませんが」

眉に白いものが混じった、ほっそりした和尚様はこう述べました。
「この寺はたいしたものはなかった。
テレビすらろくに見せられなかった。
おまえは世俗にまみれなかったから、世間の悪い部分もせせこましいずるい部分も知らず、苦労することは理解しておるが、あざとく生きることはまだ知らぬ。

これは、わたしの期待なのだ。
おまえには十分なお金を渡すこともできないが、おまえは自分が、これからここで学んだことで何ができるか、世間で試みるが良いぞ。
そのために、もっと上の学校へ行き、そこから思案するがよい」

和尚様は、会合で、志の同じ仲間とこっそり茶話会をして、この子と思う小僧を世間に出すことにしてはどうか、と話し合ったことを思い出しました。

今、寺を継ぐ人間はそういないが、それよりこのまま世間の隅で、自分が祈念してきたこと以外のことを、ほかの子にさせてみたい、これは仏の教えに背くかも知れないが、この子を信じて、石を穿つ一滴の水のように送ってみてはどうかと思うのです。

和尚様はそれ以上、次郎に語ろうとしなかったが、自分の夢が破れるとしても託してみようと思いました。

「もし、わたしが世間にいたら、やってみたいと思ったことを、このまじめで誠実な子が実践し、聡明に生きていけないという理由があろうか。

質素な暮らしには慣れておる。きっと良い家庭は築くであろう。大事な御仏の道は頭に折り込んでおいた。

今の豊かな生活の子どもたちにはないものを、この子は周りに影響を与えるやも知れぬ。」
和尚様は、戸惑う次郎を還俗させることにしました。

ほかの寺からも、不思議なことに、こういう子が何人かおりました。
お互い知らない者同士でしたが、同じように寺の古い教えを受けていました。

みんな、戸惑いながら、ただ新しい町の学校の空気に触れて、感じ入ることがあり、戸惑い悩みながら成長していくことになります。

やがて、どこかで出会うやも知れません。
お釈迦様は、同じ苦しい阿鼻叫喚の地獄をこの静かな仏教国にまた起こしてはならぬと、最後の知恵を和尚らに託したのかも知れません。

お釈迦さまは神ではないので、神にあとは託して、子らを天空から見守っていました。

さて、次郎は、この里にある中学校に通いだしました。

めきめきと力をつけて、賢い子だと評判が立ちました。おとなしいのに芯がある、そう担任は見ておりました。

この里の町で、大きな事件が起こると、大勢の人が市長のもとへ相談に行きます。

しかし、ある日、暴風雨で河が氾濫し、洪水が起こりました。
さすがに今回は市長も考えあぐねて、市に懸賞をつけて、治水をなしたものには大きな褒美をあげようと宣言しました。

市の人々は、その褒賞のために募金をさせられることになったが、奇妙なことに市へやって来たのは、音楽家のチュオンという男でした。

市の人は、見知らぬ男の出現に驚きました。
チュオンは、日本人ではないようだったが、不思議と治水の技術に詳しいようでした。

実は、チュオンは、実は建築家になろうとしながら、音楽の魔力に取り憑かれたため、放浪の旅に出てしまったのです。

昔は高度な文明国だったチュオンの故郷は、今は争乱の中にありました。

チュオンは、この町の、のどかな田園風景を見渡して、川辺に咲く菜の花や緑の木々の中に咲く桜やはなみずきの花を愛で、川辺でよく、変わった笛を吹いていました。

子供たちが、楽しんで水辺に遊ぶ姿を見て微笑んで、おとなしく静かに、「ムーミン谷」のスナフキンのようにテント住まいをして、暮らしていました。

しかし、稀に、自分の故郷の戦乱に巻き込まれた子供の苦痛を思うと胸が痛むのでした。

チュオンは、この町の不幸に目を伏せて、自分にできることがあるような気がしました。
市中を歩き回っていたので、川面の流れ、崖の傾斜と危険性、川上の方まで歩いて、ダムの工事にかかるのに必要な経費やそのくい止め方など調査し、市長に克明に説明し、治水方法を教えてあげました。

市民もチュオンの活躍に目を見張って、大がかりな工事に入りました。
おかげで、翌年、この町には、台風が来ても河は氾濫をしませんでした。

ところが、市民は喜んだものの、治水にかかった費用で手一杯で、これほどのことができるのは、チュオンだけの力か不審がって、治水工事だけにかかる費用だけで、チュオンなどに支払う大金はないと思うようになりました。

チュオンは、市長のもとへ行き、
「わたしは貴方の要望通り、治水を成功させました。報償をください」
そう静かに述べたのですが、市長は眉を顰めて、こう言いました。

「君はなんでもひとりでやったようなことを言うが、君は提案しただけで、そんな大金を手に入れられると本気で思っているのですか。

市民の理解を得ていない上に、君はたかが音楽家ではないか。市民も地元の人間ではない君をそう信用もしていない。

確かに君は提案はしたが、手はずを整えたのは我々である。
君は自分をわきまえるが良いよ」

市長は、せせら笑って、チュオンにそういうと、部屋から出て行き、部下にチュオンにお引き取りを願いました。
チュオンは、顔をこわばらせて、
「約束は守ってもらえないのですね」
そう言うと、硬い表情で市役所を出て行きました。

チュオンは、自分の故郷を思いました。戦乱に焼かれている自分の祖国を。
そして、この美しい町の市民が、歩いて行くチュオンの姿を見て、そっとくすくす笑っているのを黙って、見ていない振りをして通って行きました。

次郎は、学校の国語の先生から、この町のダムの話を授業中に聴きました。
国語の髭おやじの先生は、市長に腹を立てておりました。
「人との約束は守るべきだ」

変わった人で知られた髭おやじの国語の先生の話を、子供たちは、みんな馬鹿にしてせせら笑っていました。
「僕のお母さんは、チュオンは詐欺師だと言います。
あんな凄いことをひとりでしたと言いふらすからです」
学級の生徒はみんな手を叩いて、
「だから、国語の授業もつまらないなあ」
と言い出しました。

髭おやじは、ふんと眉を顰めていました。
次郎だけは、この話の真実に妙に気がかりになりました。

「和尚様は、人を簡単に決めつけたらいけないとおっしゃっていたぞ」
次郎は内心やきもきして、その後の授業を受けていました。

ある日曜日、この町は夏祭りが開かれたので、チュオンはどこからともなく現れると、あの不思議な笛をほがらかに明るく楽しく吹き始めました。

すると、町中の子供たちが、おもしろそうについて来ます。
子供は小躍りしながら、楽しそうに踊って、チュオンの後をついて来るのです。

チュオンは無表情で吹きながら、曲だけは爽快に心地よい音色で、市民は不思議がったが、夜の祭りの中で大人は大人で楽しんでいて、子供たちが御神輿の後をついて行くのだろうとしか想像しませんでした。
あちこちで楽しい音色であふれかえっていたから。

「チュオンだろう。
あいつは人畜無害な男だ。
また、無邪気に笛など、のんきに吹いているんだろう。
道楽でいい気なもんだ」
子供が楽しんでいるので、誰も不審に思いませんでした。

ところがチュオンは、どんどんどんどん、市の丘を越えて行きます。向こうには海が広がっています。
ひとりの母親は、なにかいやな予感がして、
「坊や、どこまで行ったの?」
そう思って、走って追いかけて行きました。

しかし、笛吹きチュオンは、多くの子供たちを引き連れて姿が見えなくなってしまいました。
ひとりの母親が狂乱して走って行くと、ほかの親たちも急に心配になりました。

次郎は、その時、人々の騒ぎをよそに、ふと感じることがあって、近道をして海へ急ぎました。
次郎は、本を読むのが好きな地味な子だが、市長や市民の決定したことに常々心に痛みを持っていました。

自分たちが助かれば、助けてくれたコロンブスの卵の知恵をくれたチュオンを放っておいて、ほんとうにいいのかと。

「確かにチュオンはよそ者だし、お人好しかも知れない。
でも、あの笛の魔力はどうだろう。
僕たちは、苦しみから自分だけが助かれば、チュオンはどうでもいいの?」

次郎は、グリムの「ハーメルンの笛吹き男」の物語を思い出して、急に大きな不安になったのです。
海辺には、大きな船が一艘浮いていました。船には誰かいそうでした。

「チュオンさん、待って」
次郎は、船の前の緑の小道で待ち伏せして、チュオンが子供たちを連れて来たので、道に立ちはだかりました。

「チュオンさん、あなたは市民のしわざに怒りを感じたことでしょう。でも、子供たちをどこへ連れて行くつもり?」

 チュオンは、笛を吹き続けながら、目をくりっと上目遣いにして、次郎を睨み付けました。
次郎がいくら述べても、返事もしない。じゃまだとばかりに次郎の前で足踏みしました。

 子供たちは、取り憑かれたかのように喜びの声を上げて無邪気に踊って舞っています。
 次郎がまだ前にいると、チュオンはピーと甲高い笛を吹きました。
 船の上で、人影がしました。
チュオンは、次郎を押しのけて、笛を吹きながら、船に向かいました。
 船から、おいしそうなお菓子を用意した人々が出て来て、子供たちは驚喜しました。中へ入れようとします。

 次郎は、自分が持っていた自分の笛を吹き出しました。
悲しみに満ちた旋律でした。
それまで振り向きもしないチュオンが、初めて倒れた次郎に向かって叫びました。

「世界には、苦しみ戦っている子供たちがいるのだ。
戦乱で、この町のような平和はない。
この国の良さは、人々の故郷を愛する自然を愛でる姿だった。だが、所詮、俺はよそ者だ。
約束を平気で無惨にも破るような市民をもう信じられない」

次郎は、足を引きずりながら、チョオンに叫びました。
「大人に罪があっても、子供たちにはないよ。僕が謝るから、なんとかみんなに説明するから、待って!」

 次郎の瞳には涙を浮かび、もう駄目だと思うと高く笛を吹きはじめ、そのつんざくような音は丘を越えて市内に響きました。
走っていた母親や、心配していた親たちは、その音に向かって走り出しました。

 チュオンは自分の荒れ果てた国に若い子らを連れて行くのです。
 チュオンは、次郎を淋しく見つめて、自分の変わった笛を投げて寄越しました。

横笛

とりつたふ世々の形見の笛の音の残りて寒き秋にざりける

「つづらぶみ 雑歌」より

 次郎は、悲しみで、そう歌うと俯してしまいました。
親たちは、丘を越えてやっと着いた時には、船はまさに岸を離れるところでした。

 すると、むこうから、大きな船が近づいて来ます。
マイクで、和尚様の声がしました。
「チョオンよ。報償は約束しよう。
すべての人が君を裏切ったわけじゃないのだ。」

次々と、連れていかれた親の声がしました。
「約束します。
だから、子供をかえしてください。
わたしたちの宝です。」

 大きな船はチュオンたちの船の前を塞ぎ、髭おやじの国語の先生が大きな声で言いました。
「教育が間違っていました。
わたしも謝ります。
もう二度とこんなことはないでしょう。
そう町の人は心に誓ったのであります。」
そうだぞ~という声が大きく合唱になりました。

 チュオンは、船をぴたりと桟橋につけて、子供たちを黙って降ろすと、また船に乗って黙って去っていきました。

 それ以来、この町ではどんな人であれ、助けてくれた人との約束を守ることは教訓として、代々伝えられるように、御堂にその話の絵が描かれました。
 子供を失いそうになった親たちは、市長を恨むとともに、自分たちの行為を悔いました。
 市長は退任したが、次郎はひとり、変わった笛を大事にして懐に納めると、和尚様と髭おやじと三人で、しっかり手を握りしめました。

 リーダーが笛を鳴らし、そのリーダーあってこそ、民衆は導かれます。
 しかし、リーダーの笛次第では、不幸にも見舞われます。
 次郎は、「ハーメルンの笛吹き男」というグリムの話にぞっとしながら、この悲劇は大人の約束を守れないことから起きた不幸だと思いました。

 その不幸を嘆くより、こうしたことをまた起こさないことが大事であると思いました。
次郎は、この笛で人々の心を慰めることにしました。それがチュオンへの酬いでした。 

 次郎は、かつてのチュオンのように、美しい旋律を奏でていきます。
その音色に、過ぎゆく町の人々は、そのあまりの美しさに耳をすまして、なにか感じ、慎ましく次郎を迎えてもてなしてくれます。しかし、次郎はそれだけで満足しませんでした。
 次郎は、人の賞賛をただ受けるだけではなく、また髭おやじのもとで勉学にいっそう励みました。

 次郎は思いました。
人は喉元過ぎれば熱さを忘れる、そう髭おやじが述べたように、僕は一生心に人への恩義と感謝を忘れないよう心がけよう。
人への賞賛も一時のものだ。

もっともっと大事なことを学んで、何も受け取らず去ったチュオンのように恥ずかしくない人になろう、そうだ、嫌われても嫌われても、髭おやじのように子供に大事なことを語りかける教員になろう、次郎は自分の将来を漠然と思いやりました。

 次郎は古い書物を紐解きました。
「世をへてもかげや澄むらむ法(のり)の月
 むかしの跡をてらしても見よ」
 (琴後集 六巻)

 これもお釈迦のお導きかも知れない。

法とは法令のことではない。
釈迦の説いた説法のことである。

次郎は襟を正して座り直し、そっと手を合わせて合掌しました。

  終わり



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2 コメント

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厳しい声が (悠山人)
2007-12-02 02:17:47
厳しい声が
聞えて来ても
やっぱり楽しい
みなりんブログ
返信する
>みなりんさん (ラマダ0034)
2007-12-02 14:42:57
>みなりんさん

こんにちは、初めまして。ラマダ0034と申します。今後ともよろしくお願い致します。
べ~やんさんの掲示板でお見かけしましたので、来てみました。
http://sky.geocities.jp/carp_silver_stars2007/profile.html
私は、こんな奴です。
こんな私ですが、仲良くして頂ければ、嬉しいです。

このブログの金魚の画像が、心地いいですね!
そして、このブログ、内容が充実しています。

ウチにも遊びに来て頂けると、嬉しいです。

http://sky.geocities.jp/carp_silver_stars2007/P1120326.jpg
季節外れで申し訳ないけど、トランペットの写真置いて帰ります。
失礼致しました。

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