みなりんの紀行文

写真とともに綴る、旅の思い出を中心としたエッセイ。
主に日本国内を旅して、自分なりに発見したことを書いています。

サンシャイン文化会館にて蘭展(あつもり草なども)

2011年05月30日 06時03分02秒 | まち歩き

サンシャインの文化会館にて蘭展が開催されていて、奥の部屋では特別展示で「アツモリソウ」が展示されていた。

たいへん見るのは珍しいので、許可を得て撮影した。

アツモリソウは、蘭の一種だそうで、『平家物語』に出てくる風流な貴公子、悲劇的な最期を遂げた平敦盛の母衣(ほろ)に、花の唇弁の部分が似ていることから命名された。暑さに弱く、人工栽培は容易ではないという。164

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礼文島のアツモリソウ、中国のアツモリソウもご紹介したい。花は、ちょと元気がなかったので残念。

日本のアツモリソウは、紫で雅な気がした。中国のアツモリソウも可憐であった。

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左がその花の名前で、咲いている場所。

右が実物である。

ところで、蘭と言ってもいろいろな種類があることを知り、今度世界の蘭博覧会へ一度伺ってみたいと思う。

薔薇も綺麗だが、蘭はどことなく、しとやかな雰囲気がある。

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昔、我が家で自分が胡蝶蘭を普通の家の部屋で三年間花を咲かせていたが、四年目に失敗し、後悔した。

今回、さまざまな種類があったものの、割と小さな作品が多く、何枚かご紹介したい。

会場の方も親切で、和やかな雰囲気であった。

礼文島へは、母と若いころ一緒に行き、感動した。

ハマナスの花を拝見し、しおりを購入した。

このお花は雅子様のお印だから、まれに花の名前を聴くと懐かしい気分になる。

155 北海道は何度も行き、あと、襟裳岬に行っていないなあと思う。

家族が最近、九州に興味があり、行きたくても北海道への旅の許可が出ない。6月の北海道は梅雨がなくて美しく花が咲くと言うので、一度6月に行きたかった。

蘭もよく眺めると、色がさまざまなで今まで関心を持たなかった自分が、心豊かでなかったの158 157

かなと悲しく思う。

胡蝶蘭ばかり眺めていたが、ほんとうに花はいろいろな美しさがあることを再確認した。

162_2 最近、花にたいへん関心を持ち、自分でもいろいろ育てているものの、薔薇をやっと育てるのが関の山。

しかし、将来いろいろな花を咲かせて育てられる人でいたい。


横浜イギリス旧総領事館ほか外人墓地など散策

2011年05月19日 05時48分42秒 | まち歩き

今、開催されている「遠藤周作展」を拝見しに、神奈川Img_4765_2 近代文学館に伺いました。

たまたま横浜外人墓地の公開があり、墓地の維持募金をしてから中に入りました。

初めての体験でした。

たまたま、鉄道に関する方々のお墓の道を通るようになっていました。

新橋から横浜まで開通したのは外国人の方々のご尽力があったのです。

全体は、ちょっと淋しい感じでしたが、日本に骨を埋めてくださった方のお気持ちを思案すると。ありがたいやら申し訳ないやらの気持ちでした。

修道会のマリア様の像が美しく、和やかな気分になりました。

お墓の種類はいろいろで、家族が「妻への愛を永遠に捧げる」と書いてある墓誌を読んでいD31_1618 ました。奥様が少し年上でご主人もその後同じお墓に入りました。

お墓は全部は拝見できず、一部の公開でしたが、あちらのお墓もいろいろな形はあることを知りました。

あと、鉄道関係者では、ご主人の亡くなった後に、奥様も亡くなった後、お二人のお墓の近くに「思いのまま」という梅の木が紅白の花をつけたので、珍しく、連理の梅といわれるようになったという説明がありました。

戦争中、よくお墓が壊されなかったなあと感慨にふけりました。

今、5月は薔薇が美しく咲いていて、名前を拝見しながら鑑賞すると、それはまた趣がありました。

キリスト教はよくわからないけれど、歩きながらどう祈っていいかわからないから、心の中で「父と子と聖霊の御名においてアーメン」とつぶやきました。

下は、日本の鉄道に大いに貢献なさった方のお墓です。

D31_1626こちらが、奥様と連理の梅で結ばれた方のお墓です。

日本人は明治維新後、ほんとうに多くの外国人の方々のご尽力により、発展してきたと確認しました。

日本人が優秀だとか言う前に、日本は外国の知恵を多く学び、今日の発展があるのですから、ひと言何かと「日本」と言いすぎImg_4776 で、「われら地球人」と思いたくなります。

横浜は確かにハイカラな雰囲気ですが、自分の国日本も愛し、それを認めてくださり、日本を好いてくださった外国の方に敬意を抱き、心静かにお眠りくださいと、祈りました。

さて、それからイギリス山のほうへ移動しました。

薔薇の花が美しく咲き乱れ、ほんとうに夢を見ているように平和な時間でした。

アメリカ山で、「ロイヤルハイネス」という素晴らしく綺麗な上品なピンクのバラを拝見したのですが、残念ながら写真がピンボケの上、なぜか一輪しか咲いていませんでした。

看板もはがれつつあり、悲しく思いました。

イギリス山ではそういうことはなく、これから薔薇をご紹介しましょう。下が旧総領事館です。

世界に平和と宗教の自由がありますように、願わずにはいらません。

薔薇は、キリスト教では聖母の花といわれているそうです。慈愛の大切さを感じました。

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小石川植物園~4月末

2011年05月01日 12時05分17秒 | まち歩き

小石川植物園へ先日行きました。091_4

桃の花がどんな力があるのか、古事記から気になって、植物的に知りたいと思い、なにか無性に自然に触れたかったのです。

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ここに来るたびに、泉鏡花の『外科室』104_4 を坂東玉三郎さんが映画の監督をなさっていて話題になり、わたしも映画を観賞しましたので、思いだします。

伯爵夫人と青年医師が出会う舞台がここで、いつも躑躅が咲くと行きたくなります。

あの映画は映像が綺麗で、なぜ結末がああなったか、わかるような気がします。

「俺はあの女と遊んだ」とか豪語する男性がいたりしますが、たいしたことはないのです。

黙って秘密にしている恋ほど中身は濃いのです。

この二人の恋はつながりがどれほどか(いわゆる肉体的なつながりとか、いうことではなく)わからなくても、真剣に想いやったのでしょう。

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好きな男性に執刀されて外科手術台に上がり、秘密を漏らしてはいけないからと言う理由で麻酔はかけなかったのですが、やはり好きだと言う強烈な思いが消えはしないし、ますます強く意識したのでしょう。

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藤の花が綺麗で小さいけれど、咲きほころび、椿も咲いていて、桜も咲きていました。

桜は、「晩都」という名前の種類でした。

薄いピンク色で、春の名残を感じさせます。

まさにいろいろな種類の花が咲き誇っていました。

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椿は、「光源氏」という名前の椿が咲き、へーと思いました。どうしてこういう名前がついたのか気になりました。また、形の様々な可憐な椿が奥のほうに咲いていて、散策も楽しいものでした。

躑躅だけなく、緑が背景にあると印象派の絵のように明るく、すがすがしい光を感じます。

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躑躅の花の開花は、まだ時期的に早かったのですが、旧東京医学館本館を背景に写真を撮影すると、なるほど絵になります。

鯉が池にたくさん集まって、パクパク口を開けていて驚きました。

「赤く燃え花も紅葉も春の日に明るく映えて見る心地なり」

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池のほうへ行くと躑躅が池の面に映り、華やかというより、静かな美を見せていました。

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やがて、柴田圭太記念館へ向かい、中で桜草の展示を拝見しました。

江戸時代には、野性というより、武士階級が盆栽のように育てていたらしく、様々な種類があるので、手のひらに乗る可愛らしい中に、武骨な男でも可憐で弱い弱しい花を愛でる習慣があっておもしろいし、またその桜草も見事でした。

名前もなかなかしゃれていて、凝ったものです。

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ここの受付で、ぼんやりしていた私は今の

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時期にハンカチの木の花が咲いているのを知り、慌てて園内の奥へ向かいました。

途中、大正天皇が命名なさった「ユリノキ」などもあり、山本周五郎の小説で有名な「樅の木」など非常に多くの大木がありました。

ハンカチの木は、遠目にはよく見えなくても、幸いなことにカメラのレンズをズームアップしてよく拝見しました。

別名「幽霊の木」とか「鳩の木」とか言われますし、ハンカチの木の花には花言葉はないそうです。

ハンカチの木は、まるで豪華客船が出港する時、人々が白いハンカチを振ってお別れをする時の様のように木に揺れていて、「また逢う日まで」という歌を思い出し、「いつまでも絶えることなく、友達でいよう。今日の日はさようなら。また逢う日まで」という見事な心のこもった姿で、まっすぐに空に向かってハンカチを振り続けているように、私には見えました。

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それは「再会を約束する」という意味で、幽霊とか言う前に自分は花言葉にしてみたいと勝手に思ったものです。

なお、この歌以外に思いだしのは、「神ともにいまして」という讃美歌であり、「また逢う日まで また逢う日までお別れ今日は みなさん、さようなら」と勝手に覚えていました。実は歌詞は微妙に違います。

小石川植物園は、何年も何年も来る人に「おいでなさい」「また来てくださいね」と花々が無言で咲いている優しい場所であると思いました。

花が目当てでくることもあるけれど、やはり背景の緑の美しさがなんとも言えず、花の持つ色合いを引き立たせます。

心が荒れそうな時は、やはり自然に触れるといいかも知れないと思いますが、通り過ぎたガイド付きのグループ方々には「木を見てわかるようにならないとね、駄目だ」という言葉を大きな声で言っていたガイドの方もいました。

あれって思い、わからないのでガイドが役立つわけで、教育にしてもそうですが、教師は子供がわからないと言うのを懸命に説明し、優しく教えてあげて繰り返す努力、そういう伝承が社員教育にも言えることですけれど、いつも最初から知っている人なぞいないのですから、根気よく大切なことを繰り返し説明する人の、教え方の問題もあるなあと思いました。

私は、グループでガイド付きで来る方も いていいと思いますが、ガイドの方の話し方でこの人はどういう人かわかるので、けして知らないことを侮るようなことのないガイドさんがやはりいいものです。

だいたいの方は、植物園の自然美に恍惚として来る方も多く、詳しいわけではありません。ただ、やはりもっと詳しくなったら、楽しみ方は倍増することでしょう。

藤を見られると思わなかったけれど拝見できて、ハンカチの木の花が見事に咲いていて、また逢う日までと植物園を去ってゆきました。