昔、「時をかける少女」という映画を見て、 大林宣彦監督と尾道の存在を知りました。
私は、昔は、たいへんか細い感じの女の子で、大人しく、異性に声をかけるなんてとてもできなくて、好きだった男性に同級生が話しているのをいいなあと遠くで眺めているような感じでした。
あの映画を見て、「桃栗三年柿八年」という言葉を覚えて、待つことのできる女になろうと思いました。
私は何度どもある男の子と出会っては別れ、出会っては通り過ぎて、ある日、長い歳月を経て、ふと身近に感じるようになったことがあります。
私は映画の少女のようにその人が誰かわからないままではなく、理解して最後に声をかけたのでした。それが大人になった私です。
彼は、わたしの青春そのものです。深い孤独を抱いた人でした。
私は高校時代の友人たちを一番懐かしく 思っていましたが、もうそう逢うことはないでしょう。
尾道はあいにく雨がしきりに降っていました。
千光寺のロープウェイへ行きました。
上まで上がって、徒歩で降りました。
展望台からの風景はけぶっていて、視界がきかず、ぬかるみを歩いて文学の小道を行くと、山口県生まれでこの尾道に住んだこともある林芙美子の碑文がありました。
この尾道の風景を眺めて懐かしさが胸に迫ってきたというような内容が刻んでありました。
この千光寺には、家族から後に聞いたのですが、浩宮徳仁親王もいらしたことが昔あったようで、「浄土寺へも行ったらしいよ」と聞きました。
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私は実は雅子様と同じ年代なのです。私がお料理教室へ通っていた時、独身の皇太子は話題の人で、傍に座った女性が「わたしの理想の男性」と言っていて、みんなにへーとか感心されて、「雲をつかむようなお話ね」と違う人に言われていました。
私の感想は、皇太子は清潔でおっとりした、 律義な感じのすごくまじめな方というイメージを持ち、自分には全く縁があるはずもないので、皇太子がヨーロッパの旅行から帰国して、テレビに映った姿がなぜか眼に焼きつきいたのか不思議なくらいで、世界が違うなあとつくづく思いました。
話が脱線して申し訳ありません。さて、千光寺ですが、真言宗でお経を読んでいただいて、手を合わせて火伏せの観音様に向かいました。
大きな鐘があったり、巨岩に大きな珠が置かれてあり、尾道を明るく照らす仏の光なのでしょうか。弘法大師が開基と言われています。
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きっと皇太子は大学の卒論を書くために胸をときめか せながら、この場所で尾道水道を感動をもってご覧になられたことでしょう。
家族が「皇太子の論文は瀬戸内海の海運のことだろう」と語っていましたので、こっそり調べてみました。あとで、大事なことを知ることになります。
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千光寺から石畳を降りて、天寧寺まで降りて、三重塔を見上げました。境内にはボタンの花が妖しくも美しく咲いていました。ひっそりとした寺は、昔は臨済宗、今は曹洞宗です。
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そこから是非とも、小津安二郎監督の映画「東京物語」に写った尾道の風景が見たくて、必死に散策路を歩きました。
御袖天満宮の長い階段は、歩くのがきつかったけれど、一枚岩で階段が一番上だけを残して全部できていて、最後の上の部分だけ「何事も完璧ではない」という意味で継ぎ足してあると言います。
菅原道真公が大宰府に流される時に立ち寄ってここで歓迎を受けたと言われています。
道真公はお礼に村人に袖をあげて、それが祭られてるそうです。
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仁王門に大きなわらじが吊るされている真言宗の寺である西国寺を眺めて、ああ、列車の時間がないなあとため息をついて、境内の中まで行けなかったので、ご紹介できずにすみません。天平年間の行基の草創と伝えられています。
白河天皇初め、天皇家の力をいただいた古刹で、薬師如来を本尊とし、非常に格式高い官寺で、本来は参拝すべきところ、ほんとうに申し訳なく、もったいなく思いました。
なお、浩宮様に関係して浄土寺へ行こうとしたのではなく、全く当時は知識がないので、家族から後で教えてもらい、随分皇太子も健脚であると思った?次第です。
どんどんと歩いてゆくと、尾道の林芙美子出身の尾道東高等学校が見えてきて、その前に日本最初の交通安全標識と認識された、頼山陽の字による往来安全燈籠を見つけました。
「為往来安全内海自得建之」(往来の安全、内海おのずと得る、これ建てるなり)
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林芙美子の新宿にある旧宅に行ったことがあり、素晴らしい家で、自分で見つくろって建築したそうで、「放浪記」が爆発的にヒットして売れて、当時の売れっ子作家になりました。夫が画家であり、アトリエもあって、昔は各地を放浪していろいろな職業をしていたけれども、夫と結婚して落ち着いたということしかまだ知りません。
小林秀雄が、「作家で林芙美子 ほど純粋な作家はいない」とかなんとか書いていたような気がしますが、わたしには評価など読んでもいないのにできません。家族はまじめなので、全部読んで、君に読みやすい文体だと思うよと言っていました。
浄土寺に着いた時には、さすがに時間を気にして たいへん駆け足で見て、なんだか余裕がなく、境内をはね回っていました
それから御堂に入り、御茶室の「露滴庵」を聴いて見学したいと思ったものの、安土の伏見城から移築した茶室で、「ここでお茶が点てられたら最高だ」という方がご使用になり、現在は一般には非公開だと伺い、失望しながら、しかたない、宝物館を拝見させていただこうとお願いしました。
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中はまさに宝。全部書けないけれど、聖徳太子が建立した寺だそうで、聖徳太子像が三体あります。
あとは、わたしは曼荼羅と、源氏物語扇絵をざっと見て、もう専門家が見たら、真っ青になる慌てぶりで、ずぶぬれになりながら、JR山陽本線を目指したのです。
足利尊氏ゆかりの寺と言いながらも、尾道浦商人の篤い帰依を受けて栄えた寺であることを後で知り、頬が無知の限りに赤くなりました。
朱塗りの本堂と多宝塔は国宝、山門、阿弥陀堂は国の重要文化財。
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聖徳太子がいないと言う本の出現で、一時、目の前が真っ暗になったことがあります。
私は聖徳太子を尊敬していたのです。
「和をもって貴しとなす」
徳の政治哲学と実践、日本と言う国が出現し、体制を構築した偉大な人物だと思っていました。
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浄土寺のあたりの風景を小津安二郎監督が映画「東京物語」に写したのはなぜか、私なりに思案してみました。
義理の(息子の嫁)娘に尽くされて、喜ぶ舅・姑。
自分は亡くなった夫(彼らの息子)を今ではもうほとんど思い出さず、新しい何かを期待している嫌な女ですと告白する原節子の嫁。
「いいえ、あなたは再婚して新しい幸せを見つけなさい」と述べて、東京で世話をみてくれたお礼をする親たち。
謙虚・素直・正直・感謝という美徳を身に付けた善人をどうしてもこの浄土寺の近くに住んでいる住人ゆかりの人ということで、この世の「浄土」とは、人の心の在り方の美しさに見えるものだと訴えていたように思えます。
笠智衆と奥さんが、「わたしたちはほんとうに幸せ者ですよ」と述べるあたり、どんな境遇でも感謝し、自分の置かれた立場に幸福を見出せる人の姿が仏様のように穏やかで素晴らしい。
尾道はゆっくり散策したい街で、風景に心洗われるような場所でした。
続く。
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