若いころ定期テストや受験勉強の際、勉強にとりかかるのがおっくうな夜はよく散歩に出た。なぜ勉強しなければならないのかを考えながら歩いていたが、いま考えるとそんなこと考える暇(目の前の課題に取り組まなくてよい自己正当化を考える暇)があったらさっさと取り組めと思う。哲学的な問いに逃げるのではなくやるからやる気が出るで取り組んでみろと。
ただ最近この夜散歩がまた増えてきた。若いころを思い出しつつ歩く。ここまでサギョウを先送りにしたくなるのはここ十年なかったのだが最近は増えた。経験の乏しい分野のため取り組んでもよくわからん事態に直面するのがいやで逃避しているのだろう。ずるずる先延ばしにしてようやく手を付ける、これはメンタルによろしくない。よろしくないのはわかっているが、若いころの夜散歩を思い出しながら「あの頃と変わってないな」と感慨に浸るのもちょっと気分がいいからやっているのかもしれない。家から数百メートル離れたサントリーの自販機で夜にデカビタCやいちご牛乳を買った、あの束の間の現実逃避を思い出している。いまの現実的な策は課題を細かく小分けにし少しでも着手すること、と書いておく。本質部分を手放さないと言いながらもそこに着手するのにえらく時間がかかったので。
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