司馬遼太郎の「この国のかたち」(4)を読んでいたらこの時代に農業生産高が空前の規模で上がった事が書かれてあった。以前、新聞で梶田真章氏の「現代における寺院の可能性」と題する記事の中でも同じ事が書いてあったのを思い出した。室町時代に能が起こり、茶道、日本庭園、書院作りが始まり、今日の日本料理の原形も誕生した。行儀作法の小笠原流も起こり後の武家の礼式や婚礼などの礼式の基本となった。が政治が無かった。足利将軍家は十五代235年も続いたが後の政治の鑑になる人物は出なかった。江戸幕府の威厳も行政機構も財力もなかったが何故、農業生産高が突出したのか。司馬氏のこの本にも梶田氏の記事にもなかった。
司馬遼太郎の「この国のかたち」(4)を読んでいたらこの時代に農業生産高が空前の規模で上がった事が書かれてあった。以前、新聞で梶田真章氏の「現代における寺院の可能性」と題する記事の中でも同じ事が書いてあったのを思い出した。室町時代に能が起こり、茶道、日本庭園、書院作りが始まり、今日の日本料理の原形も誕生した。行儀作法の小笠原流も起こり後の武家の礼式や婚礼などの礼式の基本となった。が政治が無かった。足利将軍家は十五代235年も続いたが後の政治の鑑になる人物は出なかった。江戸幕府の威厳も行政機構も財力もなかったが何故、農業生産高が突出したのか。司馬氏のこの本にも梶田氏の記事にもなかった。
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