GOODLUCK'S WORLD

<共感>を大切に、一人の男のスタンスをニュース・映画・本・音楽を通して綴っていきたい

映画つれづれ草子(5)「ニュー・シネマ・パラダイス」の嘘

2011年09月13日 | Weblog
『嘘には三種類ある。自分を守る嘘、他人を欺く嘘、他人を庇う嘘だ』と云ったのは東野圭吾原作TVドラマ「新参者」の主人公加賀恭一郎です。この中の<他人を欺く嘘>最も印象に残っている映画は、名作「ニュー・シネマ・パラダイス」です。
 若き二人が駆け落ちしようとしますが、無学な映画技師アルフレードはトト(=サルバトーレ)に嘘をついて駆け落ちを阻止し、こんな田舎町を捨て大都会に出て、新しい目標を見つけなさいと諭します。傷ついたサルバトーレはローマで映画人として成功をおさめますが、初恋の彼女を忘れることができませんでした。この切ない想いが映画作りに反映したのは云うまでもありません。
 30年ぶりにサルバトーレは、アルフレードの葬式に出席するため初めて帰郷します。エレナとも30年ぶりに再会します。二人はアルフレードの嘘によって再会できなかった人生を噛みしめます。サルバトーレは「アルフレードのヤツ!」と腹を立てますが、二人の子供を持つエレナは、
「私と一緒になっていたら、あなたは映画作りができなかった」(今の成功はなかったのよ)
「アルフレードはあなたの一番の理解者よ」(憎んじゃだめよ)と伝えます。

 アルフレードはサルバトーレに自分の価値観を押し付け、初恋の成就を阻止しました。彼は恋よりも人生にはもっと大切なものがあると信じていたのです。そして、純粋にアルフレードの幸せを実の親のように願っていました。

 子供を持つ親となった今、私はアルフレードの行為を責めることはでません。サルバトーレから見れば、もしあの時、エレナと出会えていれば、今のように孤独を感じることがなかったかもしれない、と胸を締め付けられる思いだったでしょう。トトと愛称で呼ばれていた若きサルバトーレの価値観と人生の終盤を迎えていたアルフレードの価値観が一致するわけがありません。大人の価値観を子供に押しつけるのは問題ないわけではありませんが、親としては当然の行為だと思います。子供の自立を前にして、親の価値観がどのように影響するか。小学校や中学校の先生の指導が、子供たちの自立にどのように影響するか。大人になってから自分の人生を振り返えったとき、幼き頃の人との出会いが、人生に影響を与えていたと感じる人は、決して少なくないと思います。そう感じる人がこの映画を観たら、とても切なく情感豊かに感じるだろうと思います。時間に余裕がある人には3時間の完全版をお奨めします。

さて、アルフレードのついた嘘を皆様はどう感じますか。

 もしサルバトーレが自立したりっぱな青年なら、彼も嘘などつかなかったと思います。アルフレードは無学のために映画技師にしかなれなかった自分の人生を省みて、少年トトの将来に父親のような気持ちで希望を託したのです。この親心が嘘になって表れ、二人の約束を阻止してしまいます。30年後の再会時、エレナは二人の子供を持つ親となっていました。彼女は若い頃の初恋として、サルバトーレとの想い出は消化できていました。このあたりの展開も自然で、戻せない時の流れを切なく感じさせます。

 アルフレードの<嘘>は、「他人を欺く嘘」ですが、悪意など一片のかけらもなく、純粋で無償の愛が込められていました。無償の愛は、いつまでも輝きを失わない力を持っています。サルバトーレに残された<形見>にも彼の純粋な気持ちが詰まっていました。それは映画への愛、トトへの純粋な愛に他なりませんでした。

 人生には嘘が必要な時が、生じるような気がします。その時、自分の価値観を一方的相手に押しつけるかもしれません。その是非を問われるかもしれません。しかし、無償の愛が込められていれば、相手はいつか理解してもらえるかもしれません。そして、深くて堅固な信念と純粋な愛が必要とします。それを持たないものが、安易に幼きものの判断に任せたり、放任するのは責任から逃避するようなものです。これもまた自己保身の嘘に類するものかもしれません。




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