条件付とは言え、原発を再稼動するとは、一体どういうことなんだ!福島の人たちの苦しみも、広島や長崎の人々の想いも、放射能で無残に亡くなっていった、その人たちへの悔恨が、一瞬にして意味を持たなくしてしまうことを。
どんな条件を付けようとも、放射能汚染されれば、地球は滅びてしまう。という事が何故わからないのだろう。子どもを放射能から守ろう。絵空事ではないか。屋内で暮せばよく、決して外に出てはならない掟を作るのか?
人類は滅び、地球は再生され、再び原始時代からの始まり。然し其処には、原発の放射能の影響で、奇妙な生き物が生存している。体内が透けて見える物体。くっついては離れ、離れては引き合っていく。
今、私たちのすることは何だろう。原発を設置している建物ごと、消すことができれば、安全になれるのだが、それをどうやって実行に移す?宇宙に持って行っても、落下してくれば同じ事。海に沈めていても、砂漠に埋めてしまっても、放射能からは逃げられない。
便利で快適な生活より、スローライフを送る方が、健康に過ごせる。旬の野菜を食べ、次代へと残せる暮らしをしたいもの。自分のできることを守っていれば、他の人と関われる。そこから広がりができ、援けあえるのではないか。
原発はいらない。死の灰を降らせるよりも、緑に満たされた命を育む潤いが好い。太陽の光を浴び、水に触れ、木々の息吹を感じ、自分らしく生きることをしたいもの。再稼動を条件付にせよ、容認することを思い留まろう。
ヒヨドリの餌になる南天。今年は玄関に活けてみた。
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