一昔前には、麦踏をしていた。冬休みには、宿題は殆んどなく、書初めにも厭きるとすることがなかった。凧揚げも、コマ回しもメンコも、男の子の遊びで、かるた取りのつまらなさにも、うんざりしてくる頃だ。しかし田んぼは寒い。じっとしていると凍りつく。
母も、祖母も、畝の上を地下足袋で、ひたすら麦を踏んでいく。田の形の畝は、曲がったり長かったり、短かったりする。子どもの地下足袋はないので、運動靴で踏む。靴下を履いてはいるが、染み通ってくる冷たさには、足が感覚を失くした。
服装も、風の冷たさを僅かに遮るだけで、体を動かせていないと空っ風に連れて行かれそうになる。小一時間もすれば背中は温かくなるが、反対に足は指先まで冷たい。見かねた祖母が翌日には地下足袋を履かせてくれた。
一番小さめの地下足袋に、藁を入れてくれた。文句を言いかけると、黙って履け。と、促された。地下足袋の余りに藁が入れてあるので丁度いい。半分以上遊びのつもりでいたが、隣近所の小母さんたちに誉められて、手伝う羽目になった。
祖母は、嫁いで来る前から、母は小さな頃からやってきた。農家では子どもと言えど、遊んでいては日が暮れぬ。何事も手作業であったから、大切な担い手でもあった。小麦は収穫して、うどんになり、蒸かし饅頭になった。祖母の作るうどんは絶品であった。
向かって左の枇杷葉がりささん用。右側がサンタさんの枇杷葉です。どちらも元気で、すくすく育っている。サンタさんのは、軒下の高さです。りささんのは、それよりちょっと低い。