■題詞に「七月七日(ふづきなぬか)に、七夕祭する所にてよみける」。年に一
回、今夜だけの逢瀬。天の川の波も立っているようだ。そう思うと、仰ぎ見る私
まで心がさわいで、穏やかではいられない。・・・現代人には何とも優雅な響き。
悠山人の屈折赤道儀も、夜空が明るすぎて、長らく休業中。もっとも今ではPC
で簡単に、星空探索が楽しめる。
【略注】○星合(ほしあい)=「七月七日の夜、牽牛星(彦星)、織女星(たなばた
つめ)の二星が相逢うこと。」(小学版) 「たなばたつめ(棚機つ女)」は、
すでに古事記に登場する。若者のみなさん、「デート」のかわりに、たまに
は「星合」(意味を広げて)などと言ってみては?
○しづ心なき=心が静かではない。without calm heart。主語は作者とも、
天の川とも、両星(ふたほし)ともとれる。小学版では、「星合の時の近づ
くのにときめいている作者の心」。岩波版では、「雲間に明滅する天の川
の慌しさに、逢瀬を案ずる作者の心を移入し、また両者の騒ぐ胸を思い
やったもの。」
○藤波輔親(すけちか)=祭主(伊勢神宮の神官長。世襲制)。能宣(よ
しのぶ)の子。伊勢大輔(いせのたいふ、~おおすけ=女性歌人)の父。
祭主輔親の表記が通用。
【補説1】歌集この前後は七夕の部。天の川(英語では the Milky Way)を、現実
の川と見立てる表現が普通である。たとえば、「彦星の門(と)渡る舟」
(0314)、「天(あま)つ星合の空」(0316)、「七夕の門渡る舟」(0320)、「天
の川原」(0321、式子、後出)、「天の川風」(0322)、「天の川川霧立ちて」
(0327、貫之)などなど。公経にいたっては「紅葉の橋」(0323、後出)まで
架けてしまう。
【補説2】七夕祭。岩波版から。「たなばた祭 古来の織女(たなばた)伝説行事
と中国の乞巧奠(きこうでん)の習合したもの。庭に筵[むしろ]を敷いて
机を並べ、その上に灯台を点じ筝を置き、香をたき供物をして両星にた
むける。」 どこかで今も、この古式行事をしているのだろうか。