悠山人の新古今

日本初→新古今集選、紫式部集全、和泉式部集全、各現代詠完了!
新領域→短歌写真&俳句写真!
日本初→源氏歌集全完了!

短歌写真291 たが筆の

2007-01-31 06:05:00 | 短歌写真
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たが筆の跡と知らねどひそやかに
花ごもりたる岩くれの見ゆ   悠山人

○短歌写真、詠む。
○斜面の中ほどにある岩に、「野水仙群落地」と、白ペイント文字。
¶¶岩くれ(塊)=岩と石の中間のもの。(悠山人辞典。以後、¶¶で表す)
□短写291 たがふでの あととしらねど ひそやかに
        はなごもりたる いはくれのみゆ
【写真】寄せ写し(望遠撮影)なので近くに見えるが、実際には街歩きの靴では、危ない。だから、このサイン・ロックで記念撮影をする人は、見掛けなかった。

和泉式部集080 今朝はもう

2007-01-30 07:35:00 | 和泉式部集

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今朝はもう涙がすっかり乾いていて
手枕などは夢のうちよね   悠山人

○和泉式部集、詠む。
○「人のこひしと」。ただし「と」は「に」の誤りか、と校注。『日記』では、敦道との寝語りでの往復があって、和泉が言い訳の返歌をしている。
    けさの間に今は消(け)ぬらん夢ばかり
    ぬると見えつる手枕の袖
<「今の間」と言われますが、今となってはもう今朝のうちに乾き切ってしまいましょう。ほんの夢の中でちょっと濡れたように見えたくらいのあなたの手枕の袖ですもの>。(新潮版、日記歌)
¶ぬる=「濡る」「寝る」と掛ける。
¶たまくら(手枕)の露=片腕を折り曲げて頭を乗せ、仮寝するのが「たまくら」。万葉集にも出る。若者中心の現代の世相では、なかなか聞かれなくなった表現だが、たぶん、彼らの祖父世代では、ごくふつうに生きていた。広辞苑には、手枕(たまくら。てまくら)、肘枕(ひじまくら)が並存している。「露(つゆ)」は、定番の「涙」。
□和080:けさのまに いまはひぬらん ゆめばかり
      ぬるとみえつる たまくらのつゆ
□悠080:けさはもう なみだがすっかり かわいていて
      たまくらなどは ゆめのうちよね


短歌写真290 願はくは

2007-01-30 07:30:00 | 短歌写真
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願はくはうき世の終のその日まで
比翼の鳥にあらまほしとぞ   悠山人

○短歌写真、詠む。
○時として野の花・・・、時として空の鳥・・・。
□短写290 ねがはくは うきよのつひの そのひまで
        ひよくのとりに あらまほしとぞ
【写真】連写の一枚。

和泉式部集079 逢う路を

2007-01-29 00:05:00 | 和泉式部集

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逢う路をすっかりお忘れなのでしょう
それなら通って来たのはだあれ?   悠山人

○和泉式部集、詠む。
○「返し」。恋人への皮肉と遊びである。
¶あふみぢ=「逢坂の路」と「逢ふ身(近江)の路」を掛ける。
□和079:あふみぢは 忘れにけりと みしものを
      せきぢうちこえ とふひとやたれ
□悠079:あうみちを すっかりおわすれ なのでしょう
      それならとおって きたのはだあれ?


和泉式部集078 逢坂の

2007-01-28 05:30:00 | 和泉式部集

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逢坂の関をわざわざ越えてきた
切ない気持ちを分かってほしい   悠山人

○和泉式部集、詠む。
○「石山にこもりたるに、ひさしくおとづれ給はで、帥宮より」。「石山寺に逗留していた折り、気になっていた敦道さまから、久しぶりのお歌」。石山寺は滋賀県大津市、琵琶湖から南に流れ出す瀬田川沿いにある。逢坂は山城(京都)と近江(滋賀)の国境。
□和078:せきこえて けふぞとふとや ひとはしる
      おもひたえせぬ こころづかひを
□悠078:おうさかの せきをわざわざ こえてきた
      せつないきもちを わかってほしい


俳句写真051 晴るるかと

2007-01-28 05:10:00 | 俳句写真
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晴るるかと
見れば曇れる
冬の海   悠山人

○俳句写真、詠む。
○豆州詠み溜め、撮り溜め、続く。

□俳写051 はるるかと みればくもれる ふゆのうみ
【写真】どんより風景をオート撮影(焦点は∞)。水平線を合わせて、いったん切り取り、自然な雰囲気の明るい空に、調色する。海(と緑)をガンマのスライドだけで、空とバランスよく調える。レイヤを合わせ、最後に微調整して、仕上がり。

和泉式部集077 あの雨の

2007-01-27 01:20:00 | 和泉式部集

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あの雨の激しい音を聞きながら
ずっとあなたを思っていたわ   悠山人

○和泉式部集、詠む。
○第077歌~第080歌は、『和泉式部日記』所収。詞書は、「雨のおどろおどろしく降るつとめて、今宵はいかに、と宮よりある御返り事」。恐ろしいほどの雨が降った翌朝、ゆうべ(昨夜)はどうだったか、と帥宮敦道(そちのみや あつひと)さまからのお便り。
¶なにごと(何事)をかはおも(思)ひつる=何を考えられましょう(何も)。I cannot think anything but you.
□和077:よもすがら なにごとをかは おもひつる
      まどうつあめの おとをききつつ
□悠077:あのあめの はげしいおとを ききながら
      ずっとあなたを おもっていたわ
【memo】参考までに、『日記』「ひと日の御返りの」条。(依拠本前半の『日記』による
 <ひと日の御返りの、つねよりももの思ひたるさまなりしを、あはれとおぼし出でて、いたう降り明かしたるつとめて、「こよひの雨の音は、おどろおどろしかりつるを」など、のたまはせたれば、
  「よもすがらなにごとをかは思ひつる
   窓打つ雨の音を聞きつつ  (以下略)>
直前に「五月五日(さつきいか)になりぬ。雨やまず。」の一行があり、校注は日付・天候ともに「不審」とする。紫にしても和泉にしても、日記の概念が現代とはかなり異なっているので、注意を要するところだ。さらに、日記と、そこから引いた和歌集の表記も、違っている。こうした細部にわたる異同は、写本の問題も絡んで、研究者の間で静かな論争が絶えない。


和泉式部集076 この霜で

2007-01-26 01:50:00 | 和泉式部集

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この霜で愛する人は来るでしょう
独り寝の身はどうなのかなと   悠山人

○和泉式部集、詠む。
○「男に忘られてなげけるころ、霜の降れる朝(あした)に、人のもとに」。『正集』によれば、「人」は頼信と。
¶しも=<「霜」に強意の「しも」をかける。>(新潮版)
¶つまなき=<「妻(夫)に軒端の意の「端」(つま)をかける。
>(同)
□和076:けさはしも おもはむひとは とひてまし
      つまなきねやの うへはいかにと
□悠076:このしもで あいするひとは くるでしょう
      ひとりねのみは どうなのかなと