「高知ファンクラブ」 の連載記事集1

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三郎さんの昔話・・・よばい(夜這い)

2010-11-25 | 三郎さんの昔話

よばい(夜這い)

 今どきの人は「よばい」なんて聞いても、何とも合点のいかない言葉であろう。
 それもその筈、よばいとは今から約百年近こうも前の頃に、田舎の若い男たちに行われていた夜遊びの一つである。
 娯楽の少ない当時の楽しみは、老若男女を問わずみんな、盆正月の外は村落の方々にある神社仏閣の祭りや縁日の相撲、その他の行事にこぞって出掛け楽しむのが主な娯楽であった。
特に夏の夜は、今晩はどこそこの祭りの夜相撲、明日の晩は縁日の相撲がどこにある、というふうに、てんづけてあるので、元気大性な若衆も夏の間はさほど退屈しないが、秋から冬にかけての夜長は、若者達にとっては退屈で、若衆宿に集まっての話は、何といっても娘の話ばかり。
 兵吉「おらは、もろ屋のお雪が好きじゃ。」友安は「そうか、おらは南のお稲が可愛いい。」そんなら今晩遅うよばいに行くか、そんなら行こうかと兵吉、友安の二人、それぞれ弟分を連れて行き、弟分を見張りに立たして家の回りを静かに見て回り、ここぞと、よおう寝静まっちょると、家のなかへごそごそと這い込んだ。
 しばらくして出て来て言うこと。寝よるのは親父から隠居の部屋ばっかりで、娘はどこで寝よるかわからんけ、今晩はもういかん。 明日の晩にしようと話しながら帰る。
 翌晩、若い衆は集まって、失敗話で花を咲かしては退屈をしのぐ。
 時に大家で蚕をたくさん飼う家では、近在から娘を雇ってきて蚕飼いを手伝うわさして、女中部屋に寝泊りさしていた。
 若い衆はこれは得たりと、毎晩夜ばいに押し掛ける。なかなかに目的の事は成就しないが、たまにすけべうな娘でもいたら、そりゃ大変、若い衆は次から次へと夜ばい夜這いで、夜ごと押し掛ける。そんな時代に娘を持つ親たちは大変な心配である。
 ある時、元喜という男前で夜相撲も取る元気な若いしが、友達と三人で、ええ娘のおる大家に、二人を見張りに立て、様子を伺いながらごそごそと夜ばいに入り込んだ。
 少し間を置いて外の二人、小声で、元喜の奴うまい具合かのうと話し合っていた。
 途端に、静けさを破って「ヒヤアー」と娘の悲鳴が聞こえた。すると家がざわつき、親父の甲高い声で「お八重どうしたー」、娘泣き声で「夜ばいじゃー」と。
 元喜はあわてて飛び出したが、何かに蹴つまづいて庭に転げた。六尺ほどの棒持って飛び出て来た親父、「こりゃー豆盗人」とおがりながら、持った棒を元喜に突き付けてねじた。
 たまるか、その棒は昔から盗人を取り押さえる「ことうじ」じゃ。棒先は巴の剣が入り組み、柄は三尺あまり、いが栗のような鉄釘で、触ることができない道具で着物ごしに捩上げてすりつけ、「こりゃ参ったか」とぎゅうぎゅう押し付けられる。
 元気一杯で強い元喜も、突き刺さる「ことうじ」の剣の痛さにひそくりながら、「参った参った、許してくれえー」隠れて見ていた二人も、はらはらと致し方なく冷汗をかいていた。
 そのうちに親父、「ほんたい参ったか」と、やっと棒を緩めたが、着物にからみついた「ことうじ」はなかなかにのかない。元喜は着物を破ってやっとはずし、頭を地面に擦り付けて恐れ入った。
 親父は「ほんたい参ったらまあえいわ、今晩は許しちゃるが、二度と来たら今度はゆるさんぞ」と。元喜泣きそうな声で「へーい」。
 親父がやっと家に入る。隠れていた二人が走り寄って抱き起こしたら、たまるか、元喜の体は「ことうじ」の剣が刺さったかすり傷で血だらけ。
 ふんどし一つで破れ着物をさげた元喜を、二人は支えてのもどり道。話した言葉は、「今晩はいよいよこじゃんとやられた。おんし等も娘の家に「ことうじ」が有るか無いか、前もってよおう議してから夜ばいに行けよ。夜ばいもええけんど「ことうじ」だけはほんたいこりこりじゃ。まっことおじちょれよ。」と。
 昔の若い衆の夜遊び「夜ばい」物語。

てんづけて=次ぎから次ぎへ。

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