豪傑卯ヱ門さん
背たけは五尺五、六寸でさほど高くはないが、肩幅広く胴回り太く、二十貫を越す体躯で力強く、近在に聞こえた豪傑の卯エ門さん。
お正月の朝、家でお神酒を二合ばかり飲んで家を出た。暮れから降り積んだ雪が十センチ余りもある雪道を下駄履きで、下関の親戚へ門開けに行って、当家で結構な御馳走の振る舞いを受け、昼過ぎにええ気分で、
「土佐はよいとこ美人が多うて、里のおまんが布さあらすよー、よさこい、土佐にこい」と歌いながら、帰りの道を堀越へかかった時、「いのししじゃー、いのししじゃー」と、大きな声が聞こえてきた。
ふと前方を見たら、十五貫もあろうかと思われる大きな矢おいの猪が、鼻息荒く「ふーっふーっ」と怒ってこっちへ来よる。
そこで卯エ門さん、「ようーし、あの大じしを、おらがひっとこまえちゃろ」ゆうて、履いちょった下駄をぬぎすて、足袋はだしになり尻からげして、大手をひろげて、「さあこい」と、立ちはだかった。
矢おいの猪、的を得たりと意気まいて、卯エ門さん目掛けてまほこにドンと突きかかって来た。
卯エ門さん、そら来たとゆうて、少し身をかわすや猪に飛び掛かった。 とたんに後ろ脚を両手でつかんじょったと。
猪を振り回して、「こりゃ参ったか」と言いながらぶちつけ、振り回してはぶちつける。そのうちに共にすずれて春田の中。
猪を振り回してはぶちつけるが、春田は地面がやわらかく、猪もなかなかに参らず、卯エ門さんもめらずにやりつめよったと。
人も一人二人、五人六人と集まって来て、あれよあれよと騒ぎよった。
そこへ名主の与兵衛さんが通りかかり、ふと見ると、卯エ門と猪の泥試合。
与兵衛さん、「これがたまるか、卯エ門がなんぼ強いゆうても、素手で猪が参るか」ゆうて、腰の小脇差をすっと抜いて、ぶすりっと猪を刺し殺してくれたと。
そしたら卯エ門さんの言うこと。「おらが猪をぶち殺すのに名主が刺したけ、早よう死んだ」ゆうて、大きな息でふーっふーっ。
やがて落ち着いて、集まっちゅう人に、「おらんくは、おんざき様を祭っちゅうけ、猪は食われんけ、みんなでりょうって分けて、正月のさかなにせえや」ゆうていによった。
やがて北またの家にもどり着くと、大きな声で、「貞よ、今もどったぞー」嫁はんが戸を開けて、見てびっくり。正月のいっちょらを着いて出て行った卯エ門さんが、ええべべは泥だらけで、下駄を両手にぶら下げて仁王立ち。
貞さんおくれて、「おらあ、堀越で猪ひっとこまえて、みんなあにふるもうてきた。早よう風呂沸かせー」と。貞さん、あいた口がふさがらざった、と。
(おんざき様)
家の守り神で、お床の天井の上に祭ってあり、正月にお供えをしていた。
火の神様で、これを祭っている家は火事にならないとされていた。
この神様をまつっている家では、家のなかでは猪を食べてはいけなかったが、家の外ならかまわなかった。
お正月の朝、家でお神酒を二合ばかり飲んで家を出た。暮れから降り積んだ雪が十センチ余りもある雪道を下駄履きで、下関の親戚へ門開けに行って、当家で結構な御馳走の振る舞いを受け、昼過ぎにええ気分で、
「土佐はよいとこ美人が多うて、里のおまんが布さあらすよー、よさこい、土佐にこい」と歌いながら、帰りの道を堀越へかかった時、「いのししじゃー、いのししじゃー」と、大きな声が聞こえてきた。
ふと前方を見たら、十五貫もあろうかと思われる大きな矢おいの猪が、鼻息荒く「ふーっふーっ」と怒ってこっちへ来よる。
そこで卯エ門さん、「ようーし、あの大じしを、おらがひっとこまえちゃろ」ゆうて、履いちょった下駄をぬぎすて、足袋はだしになり尻からげして、大手をひろげて、「さあこい」と、立ちはだかった。
矢おいの猪、的を得たりと意気まいて、卯エ門さん目掛けてまほこにドンと突きかかって来た。
卯エ門さん、そら来たとゆうて、少し身をかわすや猪に飛び掛かった。 とたんに後ろ脚を両手でつかんじょったと。
猪を振り回して、「こりゃ参ったか」と言いながらぶちつけ、振り回してはぶちつける。そのうちに共にすずれて春田の中。
猪を振り回してはぶちつけるが、春田は地面がやわらかく、猪もなかなかに参らず、卯エ門さんもめらずにやりつめよったと。
人も一人二人、五人六人と集まって来て、あれよあれよと騒ぎよった。
そこへ名主の与兵衛さんが通りかかり、ふと見ると、卯エ門と猪の泥試合。
与兵衛さん、「これがたまるか、卯エ門がなんぼ強いゆうても、素手で猪が参るか」ゆうて、腰の小脇差をすっと抜いて、ぶすりっと猪を刺し殺してくれたと。
そしたら卯エ門さんの言うこと。「おらが猪をぶち殺すのに名主が刺したけ、早よう死んだ」ゆうて、大きな息でふーっふーっ。
やがて落ち着いて、集まっちゅう人に、「おらんくは、おんざき様を祭っちゅうけ、猪は食われんけ、みんなでりょうって分けて、正月のさかなにせえや」ゆうていによった。
やがて北またの家にもどり着くと、大きな声で、「貞よ、今もどったぞー」嫁はんが戸を開けて、見てびっくり。正月のいっちょらを着いて出て行った卯エ門さんが、ええべべは泥だらけで、下駄を両手にぶら下げて仁王立ち。
貞さんおくれて、「おらあ、堀越で猪ひっとこまえて、みんなあにふるもうてきた。早よう風呂沸かせー」と。貞さん、あいた口がふさがらざった、と。
(おんざき様)
家の守り神で、お床の天井の上に祭ってあり、正月にお供えをしていた。
火の神様で、これを祭っている家は火事にならないとされていた。
この神様をまつっている家では、家のなかでは猪を食べてはいけなかったが、家の外ならかまわなかった。
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