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{ふるさと.未来への希望~東から あれあれ 春が~斎串立て神酒据ゑ奉る神主部『寿與亀鶴永』山めぐる 大和国原(己亥 元朝元朝詣)

2019年01月01日 | 環境.伝統芸術 詩歌 ペット.スポーツ ボラ-
{ふるさと.未来への希望}⇒{来年こそよい年にしたい}
人々の祈りや願い(NHK.ゆく年くる年)(成田山新勝寺)
(清水寺)~故郷に響く除夜の鐘⇒(歓喜天)が守護神の
{生駒聖天} 鐘楼の余韻が除日の夜.凛として朗々と
寓居にも響いていました!



新しき 年の初めに 思ふどち
  い群れて居れば 嬉しくもあるか
      道祖王 (萬葉 巻19)
丑年正月 於治部少輔石上朝臣宅嗣家宴歌三首
新年始尓思共 伊牟礼乎礼婆 宇礼之久母安流可



斎串立て 神酒据ゑ奉る 神主部の
      髻華の玉影 見れば羨しも
          ( 萬葉巻 第十三 弐)
五十串立 神酒座奉神主部之雲 聚玉蔭見者乏文



東から あれあれ 春がくるわいな 正岡子規



我が家の 『恭頌新禧』~元朝 詣は
春日大社.布留社.生駒聖天.往馬大社(詣)



[式年造替]~20年に一度 御本殿以下の諸社殿
連綿と建て替えられてきた {春日大社}



{年越大祓式}この一年間の穢れを祓い去り 新年を
清らかな心身で迎える 春日社.神事 ~{初太鼓}
{歳旦祭}一番太鼓で {春日大社}の {元朝詣}が
始まりました



二拝 二拍手 一拝 武甕槌命が白鹿に
遣って来られたとされる(春日大社)



{平城京の守護}の為に創建された御社とされており
和銅3年(710)藤原不比等が 平城遷都の際
藤原氏の氏神を祀ったのが起こり {神護景雲2年}
今の地に社殿を造営興福寺と同様 藤原氏が勢力を
伸ばすにつれ社殿の造営が行われ 平安後期には
現在のような規模を整えられました



本殿向って{右}--第一殿 茨城 鹿島神宮から
迎えられた武甕槌命{タケミカヅチのミコト}
第二殿 千葉 香取神宮から迎えられた経津主命
第三殿 天児屋根命{アメノコヤネのミコト}と 
第四殿 比売神)は 枚岡神社から
{春日の地}に 迎えて 祀られています
奈良時代の神護景雲二年(768) 現在地に四所の
神殿が創設されたのが始まりとされています



境内に含まれる主なものは 標高295m御蓋山全域の
山林部と社頭から西方 飛火野.雪消の沢一帯の芝原
(春日.若宮おん祭)の御旅所から一の鳥居に至る
参道の地帯を含む平野部です



また{萬燈籠}で知られる釣燈籠 石燈籠の多くは
庶民の寄進によるもので 庶民信仰の深さを
伺い知ることができますね!
毎年2月節分の日と8月14・15日の中元に
全ての燈籠に火を入れる“萬燈籠”の行事が
行なわれています



春日社---「福の神12社」 

第1番社 若宮神社  正しい智恵をくださる神様
第2番社 三輪神社  子孫繁栄 子供の無事成長-神様
第3番社 兵主神社  延命長寿を守ってくれる神様
第4番社 南宮神社  金運を守ってくれる神様
第5番社 広瀬神社  衣食住を守る神様・御稲荷様
第6番社 葛城神社  心願成就の 神様
第7番社 三十八所社 正しい勇気と力をくださる神様
第8番社 佐良気神社 商売繁盛を守る恵比寿様
第9番社 宗像神社  諸芸発達を守る神様・弁天様
第10番社 紀伊神社  万物の正気 命の根源を守る神様
第11番社 金龍神社  開運財運を守ってくれる神様
第12番社 夫婦大國社 夫婦円満 良縁 福運守護の神様



山めぐる 大和国原 日の始  岡本艶女『松 苗』



石上 布留の神杉 神さびし
   恋をもあれは 更にするかも
      柿本人麿歌集 (萬葉 巻11 2417)



布都御魂大神を主祭神とされる
石 上 振 神 宮(石上神宮)



石上布留社は 古代の山辺郡石上郷に属する
布留山の西北麓に鎮座し{布都御魂大神}は
神体である{布都御魂剣に宿る神霊}とされ
布都斯魂大神 宇摩志麻治命 五十瓊敷命
白河天皇 市川臣を 配祀されています



市川臣は 孝昭天皇の皇子.天足彦国押人命の
後裔で 当社社家の祖ですね!



『古事記』・『日本書紀』に既に 石上神宮
石上振神宮との記述があり古代軍事氏族である
物部氏が祭祀し.ヤマト政権の 武器庫としての
役割も果たしてきたと考えられています



社伝によれば{布都御魂剣}は 武甕槌.経津主
二神による葦原中国平定の際に使われた剣で
神武東征で熊野において神武天皇が危機に
陥った時に 天津神から高倉下の手を通して
天皇の元に渡りその後 物部氏によって宮中で
祀られていたが神天皇7年勅命により物部氏の
伊香色雄命が現在地に遷し{石上大神}として
祀ったのが当社の創建とされています
また禁足地は今もなお 布留社と刻まれた
剣先状石瑞垣で囲まれています



未通女等が 袖布留山の 瑞垣の
  久しき時ゆ 思ひきわれは}
   柿本朝臣人麿 (萬葉 巻4 501)



歓喜天が 守護神の 宝山寺・生 駒 聖 天
《大聖歓喜自在天》(都史陀山大聖無動寺)



{生駒聖天} 鐘楼の余韻が除日の夜.凛として
朗々と寓居にも響いて来ました



浅草 本龍院.待乳山聖天と並び {三大聖天}と
称されて歓喜天が守護神の宝山寺.生駒聖天



生駒は大空の中に 龍に乗れる者あり かたち
唐人に似たり 青き油笠を着て 葛城の嶺より
馳せて胆駒山(いこまやま)に隠る~午の時に
いたりて住吉の松の頂の上より 西に向い
馳せ去りぬ~(日本書記)とあります!



{生駒山}は古くから{神霊の宿る山}として
崇められ役小角・空海の修行の地との伝承があり
今も山中にお瀧場として霊場が点在しています



真言律宗 正式名{都史陀山大聖無動寺}と言い
延宝六(1678)年 宝山湛海の開山



本尊は 不動明王だが 聖天さんと呼ばれる
大聖歓喜自在天への信仰が強く
この寺の信仰は 般若磐と呼ばれる安山岩の
突起に出来ている洞穴に見る巨石信仰にあり
特に生駒市から南へ行った処から見る岩山
ただならぬものを感じますね!



{己亥} ~元朝の宝山寺境内~{現世御利益}
{商売繁盛}~祈願に全国各地から多くの
善男善女達も {聖天さん}を訪れ--山門には
師走 十六日に奉納された 無垢な(注連縄)を
凛として潜られた事と思われます



生駒山が御神体の往馬坐伊古麻都比古神社
      《往 馬 大 社》



御祭神は 伊古麻都比古神 (産土の男神)
伊古麻都比賣神(産土の女神)ほか 五柱で
貞観元年(西暦859年)『延喜式神名帳』には
(往馬坐伊古麻都比古神)として名を連ねる
神社とされていますね!



{生駒曼荼羅図}は県の絵画とされ伝統行事の
(火祭り)は県の無形民俗文化財と指定!
{往馬大社}は古くから(火の神)として尊ばれ
歴代天皇の大嘗祭に用いられる{火きり木}を
献上されています



昭和天皇の大嘗祭や平成2年に執り行われた
平成の 大嘗祭の{斎田點定の儀}にも
{往馬大社}の火きり木が使用されました



酒もすき 餅もすきなり 今朝の春  高浜虚子



山めぐる 大和国原 日の始 岡本艶女『松 苗』

若菜籠 万葉の歌 うかびけり 大串 章 {若菜}



東から あれあれ 春が くるわいな 正岡子規



そらみつ 大和の國は 神からか ありがほし
 國からか住みがほしき ありがほしき国は
あきつしま大和 {琴歌譜 正月元日慶歌}



凛とした元朝 国家安寧.皆様の弥栄を祈念致します



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