ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

『朗読者』

2003年10月01日 | 読書
 図書館で借りてきたこの本をめくると、いろんな匂いがする。煙草の匂い、部屋の匂い、体臭。お香のような匂いがすることもある。

 1ページごとに不思議な匂いがしてくる、本の内容を楽しむ以外にもそういう楽しみ方(顔をしかめることもあるが)があったのだな。

 『朗読者』はドイツ人法学者が書いた小説だそうだ。なるほど、文学的というよりは報告文を読むような雰囲気のある作品だとは思った。文体は美しいとは言いがたい。それでも、第一部の、15歳の少年と36歳の女性との情事を綴ったくだりには艶かしさとスキャンダルの香りが漂う、独特の青春小説の風情があった。法学者の回想録として書かれたこの小説の、第一部だけを読めば、「なんだ、めくるめく少年時代の思い出か。まあ、おもしろく読めたがそれだけのことだな」などと思ってしまう。

 第二部、ナチス時代の戦犯を裁く裁判の場面になると、物語は急転する。第一部で語られた少年の思い出が裁判の行方に微妙な影を落とす。まだ物語の筆致は淡々として、感動的な盛り上がりに欠ける。

 そして第三部。やはりほとんど盛り上がりを感じないまま物語は進むのだが、それでもラストに至って、かつての少年が愛した女性に対して、読者は深い敬愛の念を抱いてしまう。
 これはナチスの犯罪を声高に追及する物語ではない。むしろ、歴史を裁く者の正義を疑い、真実よりも大切な個人の尊厳というものの存在を知らしめる、深い思索に満ちた物語だった。

 朗読者
 ベルンハルト・シュリンク著 ; 松永美穂訳.
新潮社, 2000. (新潮クレスト・ブックス)
 文庫版は2003年6月刊

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