ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

地獄の英雄

2008年03月01日 | 映画レビュー
 カーク・ダグラスが高名をあせる下卑た新聞記者を怪演。登場したいきなりからとっても嫌なヤツで、その嫌な男の雰囲気のまま観客を敵に回して傲岸不遜に振る舞う。こんな嫌な男の自信たっぷりな嫌みさを最初のセリフから実にうまく描くのは、さすがにビリー・ワイルダーの脚本だ。

 辣腕記者を自負する傲慢な男カーク・ダグラスがあのしゃくれた顎で癖のある役をイメージぴったりに演じているので、ますます不快感が高まる。これほど主人公が嫌な男という話もそれほど多くない。東部の大新聞社を首になった記者が流れてきたのは南部の田舎町。田舎をバカにしきっているくせに、失業者である彼を拾ってくれるのはその田舎の新聞社なのだ。カーク・ダグラスはなんとか特ダネをものにして大新聞社の記者へと返り咲こうとしている。そのためなら手段は選ばない。記事の捏造だってへっちゃら。

 そんな彼の前に美味しいネタが転がり込んできた。洞窟に探検に入った男が生き埋めになってしまったのだ。カーク・ダグラスは生き埋めになったレオを助ける振りをしてうまく取り入り、独占取材権を握る。救出をわざと遅らせ、生き埋めレオの扇情的記事を配信して全米の耳目を集めることに成功する。レオの美しい妻は腹黒い女で、レオの救出劇を見に来た山のような野次馬相手にちゃっかり土産物売りの商売に精出す。

 今ならテレビの中継車が出てワイドショーが大騒ぎするようなネタのお話が、当時なら新聞記事でデカデカと掲載されるわけだ。「大事件」を欲望する人々を描いた社会批判もので、そのようなマスコミ批判は今では既に陳腐なのだが、その陳腐な構造が未だに変わっていないところに震撼してしまう。事件を欲望するマスコミ、大衆、あろうことか被害者の家族さえもが、誰も本気で可哀想なレオを救おうと思っていない。

 この映画の中で、ビリー・ワイルダーはいったい誰を批判しているのだろうか? カーク・ダグラス演じる記者に代表されるような品のないマスコミなのか、事件を喜ぶ大衆なのか。この時代からさらに十数年後、日本も本格的にテレビ時代に入る。スペクタクル社会にあっては事件は祝祭であり、事件に浮かれる大衆は非日常を日常の中に求め続けるどん欲な消費者だ。醜い者どうしの邂逅の中で、憐れなレオは死んでいく。悲劇の責めを負うべき人物もやはり自らが「事件」の餌食となっていくのだ。かくして笛を吹き人々を踊らせた人間が最後はその笛で喉を詰まらせる。皮肉な物語を鮮やかにまとめあげたワイルダーの隠れた佳作。(レンタルDVD)

---------------
THE BIG CARNIVAL
ACE IN THE HOLE
アメリカ、1951年、上映時間 112分
製作・監督・脚本: ビリー・ワイルダー、音楽: ヒューゴ・フリードホーファー
出演: カーク・ダグラス、リチャード・ベネディクト、ジャン・スターリング、ボブ・アーサー、ポーター・ホール

最新の画像もっと見る