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日々の恐怖 6月14日 火

2014-06-14 22:02:51 | B,日々の恐怖


    日々の恐怖 6月14日 火


 友人の話です。
仲間何人かでキャンプに出かけた時のことだ。
夜も更けて他の者は寝入ってしまい、火の側に居るのは彼一人だった。
 欠伸を噛み殺しながら、そろそろ火の始末をして俺も寝ようかな、などと考えていると、覚えのない声が話しかけてきた。

「 何しているんだい?」

顔を上げると、火を挟んだ向こう側に誰かが座っていた。
ぼんやりとしか見えない、大きな黒い影。
視界に霞でも掛かったかのよう。
 何故かその時は不思議とも怖いとも思わず、普通に返事をした。

「 んー、火の番をしてる。」

相手の正体は何者なのか、何でこんな時間にこんな場所に居るのか。
そういった類いの疑問がまったく頭に浮かばなかった。
先程まではシャンと起きていた筈なのに、寝惚けた時のように思考が上手く働かなかったという。
 ぼんやりと、俺寝惚けているのかな、と考えているうち、また話しかけられた。

「 その火が消えたらお前さんどうする?」
「 んー、消えないよ。」
「 こんな山ン中じゃ、一寸先も見えない真っ暗闇だろうな。」
「 んー、この火が消えちゃったら、そうなるだろうね。」
「 闇は深いぞ。中に何が潜んでいるかわかったもんじゃないね。」
「 んー、暗いのは怖いよ。だから火の番をしなくちゃね。」

声の主は、頻りと火を消すように勧めてきた。

「 火の番なんか止めちゃえよ。もう眠いんだろ。寝ちゃえよぐっすりと。」
「 んー、そうしたいけど、そういう訳にも行かないんだよね。」
「 俺が消してやろうか?」
「 んー、遠慮しとくよ。」
「 消すぞ。」
「 んー、でも直ぐまた点けるよ、暗いの嫌だから。」
「 一度消えた火は直ぐ点かないぞ。無駄だからもう寝ちゃえよ。」
「 んー、ライターもあるし、火種があれば直ぐ点くよ。」
「 ライターか。それがあれば直ぐに火が点くのか。」
「 んー、点くと思うよ。簡単に山火事になるぐらい。」

すると声は、ライターを無心し始めた。

「 火が消えないならライターなんてもう要らないだろ。俺にくれよ。」
「 んー、これは大切な物だから駄目だよ。」
「 俺が代わりに火を見ててやるよ。だからライターくれよ。」
「 んー、僕のじゃないから、やっぱり駄目だよ。」

 こんな押し問答を何度くり返しただろうか。
やがて影がゆらりと立ち上がる気配がした。

「 火が消えないんじゃしょうがないな。帰るとするか。また遊ぼう。」

その言葉を最後に、何かが山の闇の中へ去って行った。

「 ばいばい。」

小さくなる気配にそう挨拶していると、いきなり強く揺さ振られた。
 ハッとして身構えると、揺すっていたのは先に寝ていた筈の仲間だ。
目が合うや否や、凄い勢いで問い質される。

「 お前!今一体何と話してた!?」
「 何とって・・・、あれ?」

そこでようやっと思考がはっきりし、明瞭にものが考えられるようになる。

「 えっ今、僕、何かと会話してたの!? 夢見てたんじゃなくて!?」

 気が付くと残りの皆もテントから顔を出し、こちらを恐ろし気に見つめている。
彼を揺すり起こした者が、次のように教えてくれた。

 曰く、テントの外で話し声がしたので目が覚めた。
夜中に迷惑なヤツだと思い、テント中の寝顔を確認してから青くなった。
人数から判断する限り、今外には一人しか出ていない筈だ。
 恐る恐る外を覗くと、焚き火を挟んで座る影が二つ。
片方は間違いなく友人だったが、もう一方が何かわからない。
人の形をした、黒い塊に見えたらしい。
 友人と影は、何度もしつこいくらいに言葉を交わしていた。
どうやら、火を消す、消さないで揉めている様子。
絶対に消すんじゃないぞ!
声に出せない願いを胸中で叫んでいると、じきに影は立ち上がり山奥へ消えた。
 いつの間にか他の皆も起き出しており、背後で息を殺していた。
影がいなくなった時、テントの中では安堵の溜め息が重なったそうだ。
その直後慌てて外に飛び出し、憑かれたように火を見つめる友人を引っ掴んで、ひどく揺すって目を覚まさせたのだと、そう言われた。

 思わず、影が消え去った方角の闇をじっと見つめてしまった。
何も動く気配はない。
足元で薪の爆ぜる音が聞こえるだけだった。
 その後彼らは、その山を下りるまで絶対に火を絶やさないよう心掛けた。
不寝番を二人立てて、火の番を交代でしたのだという。
その甲斐あってかその後、あの黒い影はもう現れなかったそうだ。

「 僕はあの時、何と会話していたのかな?」

思い出すと、今でも鳥肌が立つのだそうだ。












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