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【拳骨日記】カイロプラクティック・コンディショニング・ルーム・Kの日々の臨床現場を通して医療のあり方を診療日記にしました

No 1021 道具は手の一部か?

2009-09-29 | カイロプラクティック
カイロプラクティックは手技療法である。

その他代替医療の大部分は「手技」を使うことが特徴である。

多くの手技療法家はその手技を自身の「手」を意味している。

自身の手を使わない手技療法は「手技にあらず」とまで言い切る先生方がいる。

哲学的になるが手を使う手段を手技療法というのか?  

あるいは、施術者が道具を使って治療することも手技療法というのか?

同じ施術でも分かれるところである。


イチロー選手のバッティングを見ていると天性の職人的なものを感じる。小生以外の方も同意見だろう。これには異存はないはずである。

バットという道具を自分の手の一部にして使い分ける技術は天性のものもあるが、それを自在に操るには努力が必要である。

ある番組でイチロー選手が印象的なこと語っていた。

「バットにボールが触れた(当たった)瞬間、バットをで触れていると感じてはいない。自分の手に触れている感触だ。」

バットを自身の手の一部分として感じている。

「人馬一体」問い言葉がる。まさに、イチロー選手はバットと人を一体と感じてバットをコントロールしている。


話はカイロプラクティックの話に戻す。

伝統的なカイロプラクティックは手技はあくまで「自身の手」にこだわる先生方が多い。

特に日本人は手に対するこだわりが強いようだ。

日本人は思考も手も器用に使いこなす人種である。いいことである。

小生も頭は起用ではないが手先の器用さはあると思っている。

小学生から図工、図画が得意で何度か賞状を頂いたことがある。


カイロプラクティックのテクニックのなかでもガンステッドやディバーシファイドファイドのテクニックを使っていると手技療法の魅力を感じることは事実である。

アジャストの感覚は患者様も施術者も何ともいえない感触である。患者様も「ボキッ」と音がするとすっきりする。音がしないと消化不良を起こしたような気分になる。一種の儀式みたいにも感じる。

さて、AMIを使うと手技ではないという意見が聞こえる。Drファーも同様の意見や「AMIの刺激で骨が動くのか?」といった疑問に応えるため医学部の実験室を借りて研究をした。その結果は・・・セミナーでのAMリサーチで既に報告されている。

AMIを使うことで手技へのこだわりがなくなったかというとそうでもない。AMIを人馬一体のごとく使いこなすのもそれなりの努力が要る。たやすものではない。

ましてイチロー選手のように手の一部として感触を得るまでは時間がかかるかもしれない。

しかし、脳は道具を身体の一部として感じていることは研究の結果わかっていることである。

使いこなす施術者がそのことを理解しているか、いないかを知りえることはAMを使いこなす上で重要なことである。

その実験結果が報告されている。


システム脳科学研究グループ 道具使用の脳内表現

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