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【拳骨日記】カイロプラクティック・コンディショニング・ルーム・Kの日々の臨床現場を通して医療のあり方を診療日記にしました

No 1045 身体との会話11

2010-02-15 | カイロプラクティック
昨日のANJ臨床研究会は有意義な時間を過ごせた。小生も普段の臨床とは違った症例を診させていただき大変勉強になった。

過去にたくさんテクニックセミナーを受講し、いまはAMをメインに有機論的な治療へとシフトして10年近くなる。やっとその成果が出始めて有機論的治療とは何ぞや? が少し見えてきた。

カイロプラクティックだけに限らず手技療法は、テクニックを磨く為に時間がかかる欠点がある。また、同じテクニックを使っても上手い先生、下手な先生(失礼)といったその先生の技量に差がでてくる。

違った意味でここがまた面白いのかもしれない。科学とはかけ離れたアートの世界というらしい。現代医学はエビデンスや裏づけの取れないものは科学的はないと否定されがちだが、臨床は科学では説明できないことが大部分である。

科学ではないと否定していたのでは臨床は成り立たない。特に手技療法は何で症状が改善するかなどいちいち証明することは不可能である。

いずれにせよ手技で結果を出すには技量を磨かなければならない。「見習い」「手習い」という言葉があるが、まさに技量を上げるにはそれしかない。

臨床の置ける技量とは治療技術だけをいいのではない。テクニック習得に走ると治療技術だけにこだわってしまうことがある。ここにテクニック習得の落とし穴がある。

治療技術の向上も然ることながら、それ以上に診断技術を磨いてほしい。昨日の研究会もその思いがあり、治療技術というより鑑別診断や症状を追いかけるのではなく原因を追究するような内容で進めた。

AMにしても通常の検査ではでてこない神経関節機能障害の見つけ方や、症状の改善が復臥位と立位ではどうして違うのかなど、臨床的な疑問を解決していくような内容である。

これらの疑問は、通常の検査では見つけることができない為に起こる疑問である。検査で表れるのであれば治療は成功したようなものである。しかし、検査で出ないものには治療はできない。

できないから手をこまねいて見ているだけでいいのか? そんな事では症状の改善ができない。患者さんが潜在的に何を訴えているのか見抜くことも必要である。隠れた原因を見抜く力も「技量」である。

隠れた原因を見抜く、見つける技量を磨いていけば治療は成功したようなものである。治療技術を磨くことも必要だが、それ以上に検査や患者さんが潜在的に何を訴えているのか、隠れたところに原因が無いかを見つける「診断技術」を向上させてほしい。

拳骨