池田の頭は異常事態!
こんな人間に勲章は似合わない!命懸けでその国のために頑張ってる日本人でも貰わないではないか。恥を知れ!
「私が教わったのは帝王学だ。私は最高権力者になる。そのときには創価学会を解散してもいい」『現代』昭和45年7月号
「学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」昭和46年7月8日 社長会
「68万坪に独立国を作ろう。創価王国、創価共和国だな。そうすれば文部大臣は森田さん。大蔵大臣、中西さん。外務大臣、小島さん。軍需大臣、木村。運輸大臣田中。建設大臣、杉本。宣伝大臣横松。北条さんは警視総監、全部いるよ」昭和46年7月20日 社長会
「創価学会は国連の人口統計からいうと、世界で21位の国家となる」高瀬広居 『創価学会』
「どこか小さな国をカネで買えないか」(側近幹部に)
「本当は全体主義は一番理想の形態だ」昭和47年6月15日 社長会
「口八丁。手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって目的のためなら皆な謀略じゃないか。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心を守るため、学会を守るためだ」 昭和51年6月1日 扶養研修所
「戸田先生が事業で失敗し、刑事事件になりかけたところ、某新聞社の記者がかぎつけて書こうとした、書かれるとおしまいだというので、私が記者に会ってもみ消した。金で買収したのだ。」昭和51年8月
「天下を取れることが少し私には見えて来た。天下を取らない党なら、やる必要はない。私がひかえているから心配するな」
「今まで創価学会をいじめた者を今からやる。」昭和51年11月16日
「創価学会は俺そのものだ。私が創価学会の魂だ。お前たちは、私の全財産をただ預かっているに過ぎないのだから、『一時お預かりいたします』という一札を書くべきだ。また、私を“永遠の師”と仰いでいく、ということも、誓約したらどうか」昭和54年5月 側近幹部に
「日本の国主であり、大統領であり、精神界の王者であり、思想文化一切の指導者・最高権力者である」池田大作・その思想と生き方
「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。やられたらやり返せ。世間などなんだ!なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。怒鳴っていけばいいんだ!(中略)反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ!」平成元年3月12日埼玉指導
「もう、いいたくないけど、いったほうがいいっていわれてね(笑い)。そんなことね、もう、ね。たかが財務のこと、どうかさ。初めての動きかー(笑い)、ずるいから、みんな。ジュンコちゃんとか。それ。みんな。ずるいことやんねえんだよ」平成4年11月14日 SGI創価学会インターナショナル総会
「創価学会と公明党を守る、それが公明党だ」平成5年1月
「本門戒壇・板本尊が何だ!寛尊は『信心の中にしか本尊はない』と。ただの物です!」平成5年9月7日
「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。」平成5年1月25日
「糸満平和会館て、これ名前変えた方がいいんじゃないかな。……ウーマンっぽい、ウーマンっぽい。糸満なんてウーマンっぽい(会場はあまりウケない)……駄目か。もっといいね、いいのは、キンマン、いや、イトマン、キン○○コだよ!(会場爆笑)」平成5年7月7日
「私は世界に出ていって評価を高めるんですから、日本では何をいわれてもいいんです。証人喚問だってなんともないんです。だって私は、何も悪いことしていないんだから」平成6年9月14日
「どれだけのご供養したか。(会員から)とってとってとりまくって、もうどれだけの供養したか。(中略)戸田先生は十七万坪ですよ。私は、百十七万坪への拡大をしてあげたんです!(中略)世界中に私ほど供養した人間いないだろ?ね。戸田先生、(中略)これはちいちゃいです。」 平成20年9月3日・本部幹部会
大聖人は700年前ご出現なされた。しかし、全然広まらなかった。創価学会が正しいんです(池田 S52.1.26・第2回「インタナショナルの日」)
「ある学者が言うには、男の健康には処女の入った後の風呂がいいらしい」幹部との懇談で
誰が聞いてもおかしいでしょ!
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