創価学会の没落

悲鳴をあげる学会員

創価王国が最終目標

2018-12-15 11:18:47 | 池田大作指導

池田会長は,かつて職員幹部にこう言い放ったようである。

▼▼▼引用▼▼▼
『五百億で新本部、完ぺきにしちゃう。土地を持ってる人が全部(学会に)売るように指導を徹底して。三百億、五百億だ。末法万年の根本を完全にしておきたい。学会が盤石であれば全てが繁栄する。お山は坊主だから、ともかく、一万年先のために私は手を打っている』
学会のために(公)(公明党)が犠牲になる。学会のために本山が犠牲になる。学会が全ての主体である。・・・略・・・創価国、創価王国を地球上に、宇宙に作ってみんなを守ってあげよう
(50年6月10日、東京第二本部最高会議)
(『創価学会からの脱出』三一書房)
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この指導が本当なら、創価学会は宗教を利用した池田大作の野望実現のためのものになる。

それにしても、土地を売らせ学会に全部寄付させる指導をしていたとはおそれいる。

会員は、王国貴族たちの奴隷以下であることは明瞭だ。

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池田発言

68万坪に独立国を作ろう。創価王国、創価共和国だな。
(第10回社長会 昭和43年3月22日)

65万坪、文京区位あるんだから独立国を作ろうか。創価王国を作ろうか。帷幕の内に謀りごとをめぐらそう、ゆっくりやろう。
(第51回社長会 昭和46年7月27日)


学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」(昭和46年7月8日 社長会)

「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。」 (平成5年 1月25日)


公式教義はどれ?

2011-08-10 11:07:10 | 池田大作指導

創価活動家とのやり取りで「創価学会は昔と何も変わらない」「教義は時代と共に変わる」と相反する言葉を聞かされる。もっとも前者は今や圧倒的に少ない。「時代と共に変わる」などという反論は正宗側から責められ立場に困った結果の言い訳に過ぎないが。

こんな彼らと法論などと真面目に行うことは私には馴染めないところだが、一度この部分を整理しておいた方が、双方にとってもすっきりするのではないか。

学会の公式教義とは、現在で言えば池田さんの発言を根本にすることは間違いない。それから見て、独立(破門)直後のこの指導が基軸となるはずです。

創価学会の「信心」は何ひとつ変わっていない。動いていない。変わったのは宗門のほうである。大聖人以来の成仏の血脈は、私どもに脈々と流れていることをいよいよ確信し、悪僧たちを見おろしながら、朗らかに、堂々と、前進してまいりたい。
(平成3年12月15日 川崎音楽文化祭)

さらに、平成7年12月4日、参議院宗教法人等特別委員会での秋谷会長の発言。

「日蓮正宗の教義を信仰するということでは、私どもは今、日蓮正宗とは現実に関係を絶っている。そもそも日蓮正宗は日蓮大聖人の仏法の本義を正しく伝えるがゆえに、宗旨の今日があるはず。だが、現実には僧侶の堕落によって大聖人の正義が保たれていない。腐敗している。これを改革して大聖人の本義にもどさなければならないというのが私たちの立場だ。つまり大聖人の仏法の正義を日蓮正宗の教義とするなら、それを正しく堅持し、伝えているのが創価学会だと確信している。従って『日蓮正宗の教義』という文言を変更する必要はないと考える

池田さんは「何ひとつ変わっていない」と発言。この言い回しは将来も変わらないと取れるものではないでしょうか。
なぜなら、4年後の秋谷会長が「『日蓮正宗の教義』という文言を変更する必要はない」と国会で発言しているのです!

本来「創価学会は日蓮正宗時代の教義を変えていない」ということが公式なのです。

しかし、何でもありの創価学会は次々と正宗時代、戸田時代とは違う邪義を発表してきた。
これは、明らかな、自語相違というしかない。

国会で言ったことはウソだった(笑)

結論すれば、「創価学会は教義などどうでもよい集団」ということになりますな。
こんな信仰ごっこやってて何になしますか?


退転者の末路

2011-06-17 09:58:42 | 池田大作指導

今から20年前、衛星中継で池田さんが突如、宗門の非難を始めてから半年後の指導ではこんなことを言っておりました。

 学会ほどすばらしい、あたたかな民衆の和合の団体は、絶対にない。このうるわしい真心の世界にいられなくなり、学会から去っていった退転者、背信者らは、みずから落ちこんだ、やり場のない地獄の苦しみを、学会への“うらみ”に転化し、誹謗、中傷するのである。文字どおり自業自得なのだが、自分が悪いとは絶対に言わない。(笑い)
(中略)仏法は厳しい、感傷や人情論ではなく、宇宙の法則であるからだ。大聖人の仰せどおりに正法を持ち、広宣流布しゆく学会は、仏意仏勅の団体である。
 その学会を利用し、傷つけようとする罪が、どれほど大きいか。また、そうした広布の陣列を離れていった人々の末路が、いかにみじめなものであるか。「始めは事なきようにて終にほろびざるは候はず」との厳然たる“裁き”のお言葉は、これまでも真実であったし、これからも必ずそうなっていくであろう。
(平成3年5月25日 第18回全国婦人部幹部会)

このころは、会内でも「退転すれば地獄に堕ちる」と誰もが口にして、脱会をくい止める常套句となっていた。では、今はどうでしょうか?脱会者が増えるに従い、今では会内ではまず、そんなことは言わなくなった。それもそのはず、学会員とて彼ら脱会者が必ずしも地獄の苦しみを負う生活を送っているわけではないと気付いているからだ。

この池田さんの“退転者”とは、側近であった副会長らを指していっているのだろうが、多くは日蓮正宗へ戻り、安心立命の境地を実感し人生を全うしている。彼らが、苦心したのは学会からの攻撃によるものであることに原因があったわけです。

宗門に違背し20年、池田創価学会はどうなったでしょうか。
みじめな姿を現しているのはどちらなのか。
池田さんの病状、選挙で負けたこと、幹部が脅迫を行なっていることをウソで覆いかぶせなくてはならない創価学会が証明しているではないですか。