創価学会の没落

悲鳴をあげる学会員

公明党本部にあったSCIA

2018-12-28 08:58:37 | 公明党・選挙

 下山氏が当時、公明党の本部内にあった、創価学会の渉外三局の仕事をするようになったのは、四十二年ごろからで、そのころ反共雑誌を発行していたZ社に、時折原稿を書いていた関係上、総支部長の渡部氏にすすめられ、渡部氏の勤務する渉外三局に、その直轄として仕事を手伝うようになったそうです。(中略)
 下山氏に伺うと、はじめ渉外三局が、なにをするところかも知らず、なぜ、渉外三局だけが公明党の本部内にあったかもわからなかったそうです。
 また、そうした学会本部の組織を知っている学会員は、いまでも、一割もいないだろうとのことで、誰もそうしたことに、不思議は感じていなかったということです。当時の渡部氏の上司は渉外三局長の館岡総務で、渉外三局のボスは北条浩副会長だったのです。
 下山氏がはじめてやらされたのは、そのころ、室伏高信( 評論家) が書いたZ社の『池田大作論』の内容を探れという任務で、その本の中身にどんなことが書かれているか、「もし池田先生を誹謗するようなことだったら、何か考えなければいけない…… 」ということで、「… … できれば、ゲラを手に入れて欲しい」ということだったそうです。
 Z社の編集員から、あっさりと印刷所を聞き出し、報告をすると、「あそこは、戸田先生のころに学会誹謗をやったことがある。だから、Z社の出入りを注意して、積極的につきあいながら、いろんな報告をしてくれ---」と、渡部氏に厳命されたとのことです。

  以来、日本興信所の社長に紹介され、( タテ線の地区部長候補の役職は解かれて) 情報調査専門の特訓を約十日間受け、少しずつ高度な調査活動をやらされ、時には、陸軍中野学校出身の、専門のスパイとも行動をともにしたそうです。
下山氏にお会いした折、私は、
「学会の情報活動として、一番印象に残っている仕事は、どんなことでした---? 」
と、尋ねますと、
「共産党機関紙『赤旗』の発行部数調査に関連し『赤旗』の新聞用紙をどこから仕入れているか、その探知に成功したことですが、そのとき、仕入れ先の商事会社を探るため、新聞用紙のヤレ( 印刷不良) 拾いをした苦労はいまでも忘れませんよ」
そう、苦笑し、
「大阪のPL教団や、立正佼成会の調査、毎日新聞記者の内藤国夫氏の『公明党の素顔』に関して、内藤記者を内偵したとか、いろいろありましたね…… 」
と、遠い出来事のように思い出していました。
「その間、報酬のようなものは---」
そう、伺うと、
 「大阪のPL教団の調査にいったころ、一万円ぐらい渡された程度で、その他、ある事件で某氏と警視庁での対決が終わった数日後、池田先生からだ、ということで渡部氏から十五万円ぐらいお金を渡され、これでいろいろなことを整理しろといわれたことがあります。
 しかし、そのお金の渡し方が、まるでスパイみたいなやり方で、秋葉原何時何分発の何行きに乗ってこい。オレは信濃町から乗るから、 ということで、前から何両目と指定されて、そこにいたら渡部氏が乗ってきました。ちょうど私も扉に近いところにいて、彼がポンと乗ってきたので、自然に向かい合うかたちになり、彼は懐から封筒を出して。すぐしまえ、 というので、私もパッとポケットに入れたんです。すると渡部氏は、
 〝これは会長先生から北条さんがいただいてくれたんだ、就職先を探さなきやならないと心配しているぞ---〟
と、まるで、秘密文書を渡すような調子で封筒を渡し、すぐに代々木で降りていっちやったんです」
 下山氏はそういって、渉外三局の三年間を省み、広宣流布のためとはいえ、その間いかに個人的負担を強いられたかを追憶していました。
(『創価学会からの脱出』三一書房)

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学会歴代会長がつるし上げしていた!?

2018-12-17 15:13:21 | 学会の動向

 かつて学会の幹部が僧侶をつるし上げをしたことは、歴史的事実だが、驚いたことに北条元会長、前会長・秋谷氏、現会長・原田氏までもそれにかかわっていたという、当事者である僧侶の手記が存在している。

▼▼▼引用▼▼▼
池田門下の優等生といわれた原田稔副会長、野崎勲青年部長(当時)らに、青年御僧侶たちが、次々に学会本部や各地方会館に呼ばれ、延々六時間から九時間にわたって「土下座しろッー」と怒鳴られ、罵声を浴びせられ、あげくの果て「詫び状」まで書かされたという、とても普通の常識では考えられぬ事件であります。
(中略)
 まず、つるし上げを受けた一人、福井県・宝珠寺住職の栗林開道師の特別手記からご紹介しましょう。

(略)それは、忘れもしない昭和五十二年二月十二日、午後三時から夜中の十二時半まで約九時間、野崎(当時男子部長)、原田(当時青年部長)、中村(当時関西青年部長)、魚谷福井県長、橋本県青年部長の五人によって、さんざんツルシ上げられたのであります。( ほとんど原田、野崎の二人がどなっておりました)
 その時の私の気持は、妙に冷静で相手のつり上った目とか、いろいろな言葉とか表情が、いまでも手に取るように浮かび覚えております』と、当時のなまなましい状況をリアルに表現し、
 『(略)十二時近くなって原田(副会長) が「お前がガタガタ文句を言うから、こんなに長くなったんだ!」「詫び状を書け! 」「書くまで帰さん!」と言われた時は非常に腹がたった。
 その翌日と聞いておりますが私の「詫び状」を幹部会の席上で、鬼の首を取ったかのようにして、全員に見せたそうです。
 十四日には、学会本部で五時間半もやられました。その時、別れぎわに、秋谷副会長に、二度とこんな事をしたら、ただじゃ置きませんよ」と言われました。私は生涯、この言葉は忘れることはできない(略)』
と、固く心に誓っておられます。
(中略)

 松本珠道師は、その一週間前の一月二十日につるし上げ第一号になった千葉県・蓮生寺の菅野憲道師(当時、現大阪・源立寺住職) と同様、「富士学報」(宗門理論誌) 第五号に掲載された論文が、学会からとがめられたものです。
 『午後五時頃に学会本部へ着き、二階の部屋(注- 第六応接室) で待たされること十五分前後、北条理事長、秋谷副会長の二人が横柄な態度で入ってき、ソファに座る。型通りの挨拶の後、謝罪させられる。(略)』
 と手記はいよいよ核心に入り『北条氏は「(略)お前は節操のない、いい加減な奴だ。大体、お前の論文は、菅野憲道の論文より、もっと悪質で、たちが悪い。菅野憲道の論文は、読めば学会批判ということがすぐにわかるが、お前の論文は気を付けて読まないと看過してしまう。よく読まないと学会を批判していることがわからないから、知能犯的なたちの悪い、悪質な論文だ」
と罵り、(略)横から秋谷氏が「左京日教というのは、法主におべっかをつかって、のし上ってきた奴だ。お前は、左京日教と同じだ。法主におべっかをつかって、のし上ろうとしているんだろう。(略)お前は僧階はなんだ」と喚くので、「講師です」というと、秋谷氏は「講師にもなって、その程度のことも知らないのか。法主におべっかをつかうんじやなく、先輩に聞けばいいんだ。先輩に聞かないからそうなるんだ。猊下の弟子だと思って偉そうな顔をするんじやないよ」と、顔に似て爬虫類を思わせるような調子でいう』
(『創価学会からの脱出』三一書房)
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創価王国が最終目標

2018-12-15 11:18:47 | 池田大作指導

池田会長は,かつて職員幹部にこう言い放ったようである。

▼▼▼引用▼▼▼
『五百億で新本部、完ぺきにしちゃう。土地を持ってる人が全部(学会に)売るように指導を徹底して。三百億、五百億だ。末法万年の根本を完全にしておきたい。学会が盤石であれば全てが繁栄する。お山は坊主だから、ともかく、一万年先のために私は手を打っている』
学会のために(公)(公明党)が犠牲になる。学会のために本山が犠牲になる。学会が全ての主体である。・・・略・・・創価国、創価王国を地球上に、宇宙に作ってみんなを守ってあげよう
(50年6月10日、東京第二本部最高会議)
(『創価学会からの脱出』三一書房)
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この指導が本当なら、創価学会は宗教を利用した池田大作の野望実現のためのものになる。

それにしても、土地を売らせ学会に全部寄付させる指導をしていたとはおそれいる。

会員は、王国貴族たちの奴隷以下であることは明瞭だ。

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池田発言

68万坪に独立国を作ろう。創価王国、創価共和国だな。
(第10回社長会 昭和43年3月22日)

65万坪、文京区位あるんだから独立国を作ろうか。創価王国を作ろうか。帷幕の内に謀りごとをめぐらそう、ゆっくりやろう。
(第51回社長会 昭和46年7月27日)


学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」(昭和46年7月8日 社長会)

「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。」 (平成5年 1月25日)

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周到な学会の離反計画

2018-11-20 13:20:58 | 破門経緯

 創価学会は、昭和40年代後半より、宗門から離反するすることを計画し、それは、学会本部の幹部らが共有するのみで、一般会員には、公表されてこなかった。
 これを裏付ける資料が、元学会員による昭和54年発行の『創価学会からの脱出』(三一書房)にある。
 その証言は、ここ数年の学会の状況にピタリと符合する興味深いものがある。


学会は、独立ありきの団体だった!!
会員集めに日蓮正宗を利用した、
恐るべき信者泥棒教団



昭和54年の元学会員の証言より

〝学会の最大の敵は宗門〟と指導

「学会が独立して、八王子に本部なりお寺を建てるという話は、仏教大学講座での第四期生時代に、はっきり聞かされていまたし、その折『学会の最大の敵は宗門である』ということも、宮本忠憲副教学部長に教えられました

 また、金剛会の、社長会記録における池田前会長の発言にも、はっきり『三多摩に創価山・立宗寺という、三百年前の日本建築様式の、日本一のお寺を建てる』ということも記録されているわけで、そうした旗揚げ準備のために、お経本を作成したり、先祖供養の法要まで会館で行い、お寺に行ったり、御僧侶に近づくことを禁じたのも、そのためだといえますね。
 したがって、いずれ学会は独立して、宗門から離れていくことは間違いないと思いますし、第一、学会の会館に行っても、どこにも猊下のお写真一つ飾ってあるわけではなく、牧口、戸田両会長の『恩師記念室』とかいう、平素はまったく使用しない豪華な日本間や『会長特別室』などはすごく立派ですが、肝心の、日蓮正宗の匂いなどはどこにもありません。いま考えてみれば、日蓮正宗の信徒団体らしい雰囲気は、まったくなく、ただ、牧口、戸田両会長の写真がれいれいしく飾られていたわけです。したがって『御本尊は全部同じ… …』という池田前会長の指導は
 結局は、御本尊の平均化を図り、戒壇の御本尊も、お寺の御本尊も、結局は同じということは戒壇の御本尊を否定、ないしは無視しようとしたことは明らかですね。つまり、学会が独立した際、学会本部に御安置の、『大法弘通慈折広宣流布大願成就の常住御本尊』をもって、池田教の御本尊としようと意図したことは、はっきりしており、そのため、学会員には『猊下から許可を得た』と幹部に言わさせて御本尊を偽造し、かつ池田会長自身で入仏式を行った事実をもってしても、それは明らかでしょう。

 要するに『御本尊は全部同じ』という錯覚を学会員に与えつつ、知らず知らずのうちに、戒壇の大御本尊の存在を忘れさせるように仕向けていたともいえるわけで、私としては、戒壇の大御本尊否定につながる行為だったと思わざるを得ません」そうはっきり、私は申し上げた次第です。
(『創価学会からの脱出』三一書房)



いかがでしょうか?
現在の学会の姿そのものとなっています。
決して、原田会長が独断で、
教義・会則変更をおこなったのではなく、
池田センセーの野望を実現していることがよく分かります。

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学会の財務は取り戻せる!!

2018-11-18 10:38:19 | 学会と金

 創価学会の会員は過去において、数々の財務返還訴訟を起こし、以外にも学会本部はスムーズに返還に応じてきたようです。その一例と、彼らの主張した内容は以下の通りである。



特別財務の返還運動と集団訴訟

 ところで、私が脱会してから驚いたことの一つに、かつて学会で実施していた一般財務、特別財務費( 現在は広布部員対象の広布基金として実施) の返還運動が、檀徒( 学会を脱会して、直接各地の末寺の檀徒となった日蓮正宗信徒) の間で全国的に活発化していることでした。
 これに対し、現在も学会員は、「一度出したお金を返せなんて、乞食みたい… …!」
と、いっているそうですが、この返還運動は、そんな意味で行われているのではありません。
 あくまでも、私たち学会員が出してきたお金は、御供養金であるのです。当然、総本山に御供養されると思っていたものが、一銭も御供養されていないことが判明したため、各檀徒の意志として、それを学会から返してもらい、改めて、総本山に御供養したい----というのが目的なのです。
 その趣旨で、昨年一月十七日に返還要求を実施した、神奈川県秦野市の檀徒会では、一月三十一日付で五十年七月に集金された特別財務費十七名分、七十九万五千七百円を、学会から全額返還されております(領収書所有) 。 

 東京・目黒の妙真寺の檀徒会でも、二月末日までの脱会者六十九名が、財務返還催告通知書を、内容証明で学会本部に送り、総額七百四十二万五十七円か、近く返還されることになっています。(過日行なわれた交渉委員会で佐々木目黒長が言明済み) なぜこんなことをするのか。以下その返還催告書の趣旨をお読みいただければご理解いただけると思います。


財務返還催告通知書

一、特別財務費および一般財務費は、いずれも御供養の精神を強調して集められました。御供養の精神で集めた財務費は、明らかに御供養であります。また、池田会長は昭和三十五年一月七日、中国本部落成式において、
「過去においても、学会は、会員からただの一銭も迷惑をかけておりません。また、広宣流布の日まで、学会が続くかぎり、全学会員の皆さんから一銭も寄付を取り、迷惑をかけさせていくようなことは絶対にいたしません」
と明言しておりますので、財務費は寄付ではありません。宗教法人が集める寄付でない金といえば、それが御供養であることは明白です。

 しかるに、創価学会は昭和五十三年六月三十日付聖教新聞紙上において、在家は供養を受ける資格がないことを認めました。(「各地の創価学会会館は現代の寺院である」「在家でも供養は受けられる」等、池田前会長が講演した、『仏教史観を語る』において、宗門からその誤りを指摘され、これを撤回した、いわゆる6・30をさす)
 つまり、在家の信徒団体たる創価学会は供養を受ける資格がないにもかかわらず、あると思わせて純真な学会員から金を集めてきたわけです。

二、従って、創価学会が御供養の名において集めた財務費は、総本山大石寺に全額供養すベきものであるが、創価学会は従来よりその大半を会館建設や、学会の運営費、本部職員の人件費等にあて、さらには外郭会社の経営にまで流用(『社長会記録』当方コピー所有)
してきました。しかも、我々会員に対して、一度も収支決算報告をしたことがありません。

三、また池田会長は、口では宗門外護を唱えながら、その実、宗門および学会の池田一族による永久支配を画策し、また口では学会員の幸せを唱えながら、その実学会員を利用して巨額の金を集め、池田コンツェルンの拡大に資してきたことも、『社長会記録』やその他の資料によって明らかです。
概略、以上のような事実から、財務費の徴収は、ただ池田会長の支配欲、財力を満たさんがために、信仰および広宣流布という美名に隠れて、日蓮正宗と学会員とを利用した詐欺的行為と認めざるを得ません。

 また、関東地区の檀徒四百十四名は、昨年十月一目東京地方裁判所に、創価学会を相手として特別財務金の返還請求訴訟を起しました。その訴状は『寄付金返還請求事件』として、全文が『継命』(全国檀徒新聞)十一月一日付に掲載されましたが、要点としては、

① 供養は仏のみが受けられるものであるが、被告創価学会は被告自身も受ける資格があるとして、供養としての「特別財務」を募ったにもかかわらず、その後被告は、被告に供養を受ける資格がないことを認めた。

② 原告らは、「特別財務」が日蓮大聖人の仏法の広宣流布に役立つと信じたがゆえに応じたが、被告は日蓮正宗の教義を歪曲し、作り変えた。
その後宗門より、三十四項目にわたる教義上の誤りを指摘され、それを被告は全面的に認めた。

③ 被告は集めた「特別財務」を、宗教に関係のない娯楽施設や保養施設、ならびに池田前会長専用の豪華な建築施設等に充てたが「特別財務」募集に当って明示した趣旨と、これらは合致しない。

こうした事実は、五十三年以降明らかになったものであるが、はじめからこうした意図がわかっておれば「特別財務」には応じなかった。したがって原告らの被告に対する寄付は重大な錯誤に基いてなされたものとし、寄付は無効である。
と----以上の三点にしぼられました。
(創価学会からの脱出 三一書房)



原田会長指導
財務は、世界広布の大願を成就しゆくための御本仏ヘの御供養に通じ、これに勝る大善はありません。
(平成28年11月11日付 聖教新聞)


これは、「御供養」と思わせたマヤカシです。
学会は御供養の名のもとに、
金を集められないのです!!
「何倍にもなって返ってくる!」
とあなたは言われていませんか?
発言した幹部の氏名、日時、場所を控えておきましょう!!


脱会後でも、取り戻せるので、
財務の領収書は保存しておきましょう!!

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学会に供養を受ける資格なし

2018-11-15 11:11:06 | 学会と金

 池田名誉会長は、会長に就任する直前、会員に対し、
「一銭も寄付を受けない」と約束していた。

「過去においても、学会は、会員からただの一銭も迷惑をかけておりません。また、広宣流布の日まで、学会が続くかぎり、全学会員の皆さんから一銭も寄付を取り、迷惑をかけさせていくようなことは絶対にいたしません」(昭和35年1月7日 中国本部落成式)

さらに、
御供養の金銭につきましては、ただの一銭なりとも創価学会では使用いたしません。ぜんぶ総本山にいっさい御奉公、御供養申し上げるようになっておりますから、かさねてその点はご報告しておきます。」(昭和35年10月27日 第18回本部幹部会)
と指導していた。

しかし、それから5年後、正本堂建設費のため、わずか4日間で、355億円を会員から集めた。

驚くべきは、
昭和46年1月26日、社長会において、池田センセーは、
正本堂の御供養、五年間であれだけ。十年間はあの倍。あの発表のほかに百億はやった。また、かせぐよ

と、その他に100億円集めたことを会員に隠していた
「また、かせぐよ」とはいったいどれほどの金の亡者か。


創価学会に供養を受ける資格なし!!

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池田会長指導
 更に、この供養について、若干、歴史的なことを申し上げますと、前にもお話しした維摩詰は、在家の身でありながら供養を受けた事実が「維摩詰経」に記されております。(中略)つまり、供養とは、あくまで仏法のためになすのであります。その供養が仏法流布に生かされるならば、在家の身であっても供養を受けられるという思想があります。
(「仏教史観を語る」大白蓮華52年3月号)
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と指導したが、宗門から指摘され、

 維摩詰が供養を受けたことは法華経で観世音菩薩が受けたのと同じく仏に捧げる意味であります。ことに維摩詰は在家であり、供養を受ける資格があるとはいえません。経文に応供とあるのは仏のことで供養を受ける資格があるのは仏以外はないのであります。したがって、在家が供養を受ける資格があるという記述は改めます。(学会発行「特別学習テキスト」)

と、学会本部は訂正した。

現在、創価学会は、
『財務は』供養の意義があるものとして、年間数千億円を会員から集めている。
その使い道について会員の不信が蔓延し、全国で数百円、数千円の振り込みをする会員が増加中である。


センセー指導
学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」(昭和46年7月8日 社長会)

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池田崇拝を指導した側近幹部

2018-11-08 11:13:04 | 学会の動向

 創価学会員は、いつしか、日蓮大聖人より池田大作氏を絶対視する教えに変わってしまっており、活動家のほとんどは「池田先生のために」等の思いで活動している。
 このような状態に変えた幹部の一人がまさに、創価学会は池田教であることを指導した事例を、かつて公明党議員であった・福本潤一氏が下記のように証言している。

 


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 私(福本潤一)も参議院議員時代に、池田の腰巾着(こしぎんちやく)・長谷川副理事長から、否応なしにこの〝異常な師弟論〟を押し付けられました。
 当時、第一庶務室長だった長谷川氏は「池田先生を尊崇( そんすう)する人は創価学会に残れるが、御本尊を信仰する人は創価学会に残れないよ」などと指導するのです。
 つまり、大御本尊(即日蓮大聖人)より池田大作が上であるかのような指導をするわけです。さらにこれは、公明党議員として「残れないよ」との意味を含んだ言葉にもなっていくわけです。
 創価学会が、池田を教祖とする池田教に変貌している実態を、この言葉が象徴しているといえます。(平成23円7月16日号 慧妙)

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創価学会は、
御本尊より池田大作に変質!!

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学会員をダマした学会本部

2018-11-06 09:19:11 | 本尊問題

 創価学会は、初代から三代・池田会長の時代まで、戒壇の大御本尊を信仰の根本とする宗教団体であったが、第6代・原田会長により、信仰の根本を捨て〝宗旨変え〟を断行した。

創価学会は、下記のように、
 日蓮正宗から破門された後も、戒壇の大本尊の信仰を教え、それは永久に変わらないと会員に約束していた。

 その証拠として、地区幹部以上の活動家に配布した「研修シリーズ」にはこのように約束していた。

引用//////////////////////

大御本尊根本の信心は不変

(6) 学会が独自に御本尊を授与したということは、これまでの大御本尊根本の信心が変わったということですか

【答え】

①そうではありません。学会の大御本尊根本の信心は、初代牧囗会長、第二代戸田会長、第三代池田会長と一貫して変わらぬ伝統であり、今後も不変です。

②今回、日寛上人が大御本尊を書写した御本尊を授与したということが、何よりの証拠です。

大御本尊根本の信心は、学会にこそあります。
 なぜならば、大御本尊は「一閻浮提総与」のために大聖人が御建立された御本尊であり、一閻浮提の一切衆生に妙法を弘通する学会の世界広宣流布の実践と実証こそ、大聖人の御建立の意に適っているからです。
(1993年発行 研修シリーズ)

/////////////////////引用終了


 だが、原田会長によって、その約束を破られた。学会員は学会本部からだまされたということになる。
 会員の中には、多額の寄付金を払い、学会の墓苑を購入しているものも少なくない。多大な被害が出ているはずなのだが、不思議なことに学会本部を訴える者は誰もいない状況だ。

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原田会長の本音

2018-10-23 10:09:33 | 学会の動向

 本年、原田会長は、創価学会の体制において、重要な本音を総県長会議で吐露した。


------引用-------
(平成30年4月14日 聖教新聞 原田会長発言)

「弟子が団結をする」 
「弟子が全責任を担う」
「弟子が師匠に頼らない」
この3点こそ、池田先生が教えてくださった、「学会の将来にとって一番大事な時」の根本姿勢であります。
 この数年、取り組んでまいりました、教義条項をはじめとする「会則改正」も、世界教団としての根本規範たる「会憲」の制定も、全ては池田先生のご構想を弟子が実現しゆく戦いであり、だからこそ一つ一つ、全て先生にご指導を仰ぎ、ご了解をいただきながら進めていることは言うまでもありません。
 それは、「私は、これからも君たちを見守っているから、安心して、総力を挙げて広宣流布を推進しなさい」とのお言葉通りです。
 にもかかわらず、師のご構想を具現化する戦いを、自分勝手なエゴで妨げようとするならば、破和合僧というほかありません



------引用終わり-------


上記の会長指導を解釈するならば、
「生身の池田先生はいらない」
「私を中心に団結せよ」
「私に歯向かう者は処分する」
これこそが、会憲によって、師匠・池田先生を自分の部下に追いやった原田会長の本心ではないのか。
これまで口酸っぱく言ってきた(※池田先生との)師弟不二は完全に否定され、「自分に就け」を強要しているのです。

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池田大作先生の本音

2018-10-18 13:12:55 | 池田大作とは

批判者について
「もしも地域の人たちが、学会のことをわがらずに非難・中傷したいすることがあったとしても、決して恨んだりしてはいけません。相手を慈悲で包み込かようにして、粘り強く交流を深め、誠実の行動を通して、学会の理解を勝ち取っていくんです。そこに、仏道修行があるんです」(新・人間革命27巻)

▲ ▲  ▼ ▼

「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。 やられたらやり返せ 。 世間などなんだ! なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。 怒鳴っていけばいいんだ!(中略) 反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ! 」 平成元年3月12日 埼玉指導




一人を大切に
一人一人の幸福こそが、広宣流布の「目的」だからである。「一人」の人間がもつ計り知れない可能性を信じ、その力に目覚めさせ、発揮させ、連帯を広げてきたのが、創価の民衆運動の歴史である。
全体があって、一人一人があるのではない。まず一人一人の人間があって、強く団結していくのである。この根本を間違えたら大変なことになる。権力者の発想をする人間が現れたら、それは学会を利用する極悪人である
すべては、「一人」に帰着する。私どもは、もう一度、「一人を大切に」との原点を確認しあいたい。(平成18年1月6日 第56回本部幹部会)

苦労している同志のことを、いつも気遣い、励まし、勇気づけ、身を粉にして、奉仕していくことです。わが同志を守り抜くことが、私の精神だからです。(新・人間革命 第6巻)

私も、何か特別なことをしているわけではない。ただ。大切な仏子を不幸にさせてなるものか”。この人たちを幸せに導くチャンスは今しかない”との思いでいつも戦っている。(新・人間革命 第1巻)

▲ ▲  ▼ ▼

学会っ子は名前もいらない、金もいらない、身体もいらない。奴隷のように学会につかえよ、それが御本尊様につかえる事だ」昭和46年7月8日 社長会

口八丁。手八丁でよ、なんでもうまくやるんだ。社会(党)だって方便を使っている。共産(党)だって 目的のためなら皆な謀略じゃないか 。一般社会だって利益のためならあらゆる手段を使う。うちは信心を守るため、学会を守るためだ」 昭和51年6月1日 扶養研修所

「サンフランシスコの皆さん、今回は関西の交流団がお世話になりました、と、お世辞を使っておいた方が、広布基金がたくさん取れることを、私は声を小さくして申し上げておきます。」 平成5年 1月25日




敵対心
私ども創価学会の平和運動は、まず、生命尊厳の仏法哲理を学び合うことから始まります。それは、本来、万人が等しく、尊極無上の仏の生命をもっているという思想です。
そして、互いが互いの幸福を願って、励まし合い、信頼、尊敬し合う人間の善の連帯を、家庭、地域、職場など、身の回りから広げていく運動が基調になっています。
戦争の根本要因は、相手を信じられないという相互不信、人間不信にあります。各人がそれを打ち破る人間革命の実践に励み、観念ではなく、現実の社会のなかに、人間共和の縮図をつくり上げ、それを、イデオロギー、民族、国境を超えて、世界に広げようというのが、私たちの運動です。(新・人間革命 第21巻)

▲ ▲  ▼ ▼

「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。 やられたらやり返せ 。 世間などなんだ! なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。 怒鳴っていけばいいんだ!(中略) 反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ! 」 平成元年3月12日 埼玉指導



名誉・勲章について
( ※クーデンホーフ伯との対談で、〝ノーベル賞をもらえるでしょう〟 と激励され) そのような栄誉はほしくもありません。また、くださるといっても、受けることもありません。そのような人間が世界に一人くらい、いてもよいでしょう」(昭和四十二年十月十三日の対談)

代表は全体に通じる。代表がもらったということは、自分がもらったことと同じだととらえ、喜べるようになることが大事だ。(新・人間革命 第9巻)

創価学会の幹部は、決して、名誉主義であってはならない。(中略) そんな感覚をもってしまえば、他の団体や会社などと同しことになる。学会は過去にとらわれた功績主義や名誉主義に絶対になってはならない。(新・人間革命 第5巻)

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「アルゼンチンから五月の大十字勲章をもらったが、これで七つ目である。これが妙法である。信心です。たった五ヵ月の間に三つの勲章(コロンビア、ブラジル)をもらった。(中略)五ヵ月間に世界の勲章を三つもらえる人は、これまで1人もいなかった議員でも何でもない私なのにだ。」(平成二年五月三日)




権力について
人間は、年とともに、権力に心を奪われ、自分の地位、立場などに強い執着をもち、名聞名利に流されていく。「自己中心」になっていくものです。すると、信心をもって、団結することができなくなる。それでは、どんな学会の役職についていたとしても、信心の敗北だ。信心というのは、結局は、この「自己中心」の心との戦いなんです。(新・人間革命 第9巻)

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私が教わったのは帝王学だ。 私は最高権力者になる。そのときには 創価学会を解散してもいい 」『現代』 昭和45年7月号




常識について
みんなに無理をさせたり、非常識な行動はいっさい慎むべきです。(中略)もしも、皆さんに非常識な言動があれば、周囲は、それが学会の真実の姿であり、仏法であると思い込んでしまう。(新・人間革命 第6巻)

非常識な言動というものが、どれだけ学会に対する誤解を生んでいるか、計り知れません。周囲の人が見ても、〝学会の人は礼儀正しく、立派であるな〟と思えるようでなければ、本当の信仰の姿とはいえないと思います。(新・人間革命 第4巻)

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「全員が勝つと強く決めていけ!勝つか負けるか。 やられたらやり返せ 。 世間などなんだ! なんでもいいから、言い返すんだ。こわがったりしてはいけない。 怒鳴っていけばいいんだ!(中略) 反逆者には「この野郎、馬鹿野郎」でいいんだ! 」 平成元年3月12日 埼玉指導




生涯第一線について
私も、牧囗先生のように、七十になろうが、八十になろうが、命ある限り、動きに動きます。語りに語ります。書きに書き、叫びに叫びます。足腰が立たなくなっても、正義を書きっづる手があります。手が動かなくなっても、仏法を語る囗があります。また、御本尊を見つめ、御書を拝する目があります。命の尽きる瞬間まで、這ってでも、戦って、戦って、戦って、戦い抜いてきます。私は、その決意です。見ていてください。そこに、仏道が、わが人生の完勝があるからです。(新・人間革命 第16巻)

八十歳になろうが、九十歳になろうが、命ある限り戦い、人びとを励まし続けるんです。「生涯青春」でいくんですよ。(新・人間革命 第25巻)

先日、草創期から、頑張り抜いてきた高齢の同志が亡くなりました。最後は癌で療養していましたが、見舞いに訪れる学会員に、学会活動ができることの喜びを教え、命を振り絞るようにして、激励し続けたそうです。やがて、臨終が近づいた時、薄れゆく意識のなかで、盛んに囗を動かしている。
家族が耳を近づけてみると、「きみ、も、信心、しようじゃ、ないか」と言っている。夢のなかでも、誰かを折伏していたんです。それから、しばらくして、うっすらと目を開け、また、囗を動かす。今度は、題目を唱えていたと言うんです。
  息絶える瞬間まで、法を説き、唱題し抜こうとする様子を聞き、私は感動しました。仏を見る思いがしました。まさに、広宣流布に生き抜いた、荘厳な、美しい夕日のような、人生の終幕といえるでしょう。(新・人間革命 第25巻)

いよいよ、これからです。牧囗先生は七十歳にして、よく「われわれ青年は」と語られたといいます。
平均寿命も延びてきていますから、今の年から、マイナス三十歳があなたの年です。青年同士、戦いましょう!(新・人間革命 第26巻)

生涯、一兵卒となって、広宣流布のため、同志のために、黙々と信心に励んでいくことです。唱題に唱題を重ねながら、会員の激励に、座談会の結集に、機関紙の購読推進に、弘教に、地を這うように、懸命に走り回るんです。それが仏道修行です。それ以外に信心はない。勇ましく号令をかけることが、信心だなどと、勘違いしてはならない。(新・人間革命 第23巻)

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8年前から、会員の前に姿見せず。SGI会長の職責を放棄

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