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創価学会の没落

悲鳴をあげる学会員

創価山立宗寺って?

2010-06-27 11:31:52 | 池田大作虚言集

池田創価の欺瞞グセとして“一旦、何かをぶち上げて会内の反応を見て続行するかどうかを決める”というものがあるが、「創価山立宗寺」建立計画もその一つ。

私もこんなことを計画していたことを、最近まで知らなかったから驚きだ。
では、まず池田自身の発言をご覧ください。

昭和47年4月18日 第60会 社長会
「三多摩に菩提寺を作りますよ。日本一のお寺を作る。三百年前の様式で作る。創価山立宗寺で、萩をずっと植えて、月をあびながら、生きるための永遠のために懇談しましょう」

昭和47年6月15日 第61回社長会
「本当にやった人は表彰する。創価山立宗寺にも(銅板に名を刻んで)入れてあげる」

昭和50年6月16日 第一回本部中央会議
「大学の近くに数万坪の土地を買って数十億。牧口児童会館とか--戸田記念館・・・世界の本部にする。公会堂、地方の人がもう何千人でも泊まれる恒久的な本部、広布流布の本山をつくっておきたい。会員から応援してもらって、これでほぼ日本の機構が確立。本山は坊さん--どうしようもない。学会は別法人。見事なものをつくりたい」

驚くなかれ、学会の謗法52年路線の遥か前のことである。
最も、池田が大きく狂い始めたのは、正本堂御供養が想定の10倍近く集まってしまったころからと側近達は言うが。

およそ、日蓮正宗の信徒に属しながら、独自の寺を建てることなど、常人の発想では不可能。こんなこと、誰が考えても馬鹿げた空想だ。

他にも、学会は昭和48年に国際センター計画で宗門を支配下にする計画、昭和49年に山崎・八尋、北条会長の独立計画やらがあったことを見れば、後に学会が騒ぐ“C(カット)作戦”など狂言・捏造と決定するのである。始めから、宗門と離れたかったのではないか!

現在は、この計画は牧口記念会館として変更されたが、いくら立派な会館を建てたところで、戒壇の大御本尊が存在しないのだから何の意味もない。謗法の巣窟だ。
池田氏もこのところ、体調を崩しているらしく、人前にも出られない状態。八王子にも行けない模様だ。

最近の聖教一面には、「名誉会長○○の同志へ」と題して、御書の一節と古い写真を載せて、会員の不安を解消させていくつもりなのだろうが、唐突過ぎて意味不明、見え見えダヨ。

或いは、暴力団組長の告白で、仮病か?
6.13 創価学会・公明党と暴力団・ヤクザの関係を国会で解明しろ!


学会の逆広布流布

2010-05-22 20:08:19 | 池田大作虚言集

昭和41年に池田は本部総会で、こんな広布流布構想をぶち上げた。

「昭和54年から11年目の昭和65年・・・この年を目標にして、広布流布の大総仕上げにかかりたい。こう決意している次第であります。
なお、この年になりますと、それまでに参議院の選挙は八回になります。また、衆議院の選挙も、最低七回ぐらいはあるでしょう。したがって、公明党も、その時までにはひじょうに力がつくのではないかと考えます。
また折伏も、一千万の基盤は、・・・昭和54年にでき上がれば、65年までには、さらに4、5百万世帯ぐらいはいくのではないかと考えられます。・・・一千万世帯になれば、いまの日本の世帯数は、二千四百万世帯ぐらいですから、ゆうに半分以上を占めることになります。そうなれば、釈尊の“舎衛の三億”の方程式は、事実上まちがいなし、それ以上の結果になることは明らかです」聖教新聞 1966年5月4日付

いかがでしょうか、内部の活動家は、目標達成予定日から20年も経過して、創価学会が広布流布したと思っているのでしょうか?

20年前の時点で学会員が1500万世帯になるって!?

そりゃね~よ。いつになったらゴールなの。活動家もどんだけ頑張らなくちゃならないんだよ。(学会員)

平成11年の時点で、西口副会長が「1000万人が脱会した」って暴露しちゃったでしょ。

また、平成12年の文化庁の推計で「会員数542万人」と分かっちゃったじゃない。

学会は1000万人に不信、不幸を感じさせ退転させた組織です!

もう、ウソつくの止めましょうよ!