浪漫飛行への誘(いざな)い

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元旦とファンランの思い出  

2020年01月01日 19時12分52秒 | スポーツ

 

二人だけで元旦を迎えるのは、もう数年になる。子供がいっしょにいた時は、おせち料理もそれなりに揃っていたが、二人だけとなると若干簡素化されるのもいたしかたないところである。それでも、おせち料理が食卓に並んで、お正月気分を味わえることに感謝する次第である。大晦日は、紅白の後、除夜の鐘を突きにいってから、床につくので、元旦の朝は、ゆっくりペースで始まり、お雑煮とおせち料理を頂くのが習慣となっている。今回の除夜の鐘は、いつものお寺だけでなく、家の目の前にある自分の永代供養納骨堂のあるお寺の鐘も突くことができ、開運の干支小物をもらった。今年は、年男だし、オリンピックもあるので、何かいい年になってほしいものである。今年は元旦から義兄の家にお見舞い(奥さんが認知症)に出かけたので、忙しくしていたが、現役時代の仕事の関係で、2日、3日の箱根駅伝は必ず見ている。箱根駅伝は、家のすぐそばの国道を走るので、必ず、沿道まで行って生で応援することが習慣となっている。


思い返せば、1999年1月1日午前0時にお台場にて開催されたニューイヤーファンランに参加したことがある。ニューイヤーファンランとは、当時、東京、香港、シドニー、バンコクの4都市で同時に開催されたもので、地球の回転を軸に、世界各国のランナーが次々とスタートする地球を一つに結ぶイベントであった。参加費の半額がユニセフに寄贈されるチャリティランでもあり、約300万円が寄贈されたという。お台場にあるフジテレビの前から、午前0時になった瞬間にスタートし、5㎞を走って、やはりフジテレビがフィニッシュ地点になっていた。約2000人が参加したが、仮装してファンランを楽しむランナーも多かった。


自分自身、マラソンの経験はないし、普段、長距離を走るようなことは全くなかったので、イベント前の数週間は、何回か5㎞を走る練習を行った。最初はきつくても、何回かやっていると、タイムは別として1回も休まずに5㎞を走れるようにはなっていた。当日も、ゆっくりだが1回も休まず歩かず走ることができたのは良かった。当日は、物凄く冷え込み、スタートする前は、相当長い間、厚手のコートを着て待機していたが、うまく預けることができず、コートを手に持って、5㎞を走る羽目となった。練習の成果があったものと思われるが、貴重な体験であった。当時、フルマラソンはまず無理だが、10㎞位なら走れるかなというささやかな自信を持つことができた。


今では、東京マラソンが超人気で、走ることの楽しさというか達成感を持つ人が多くなっているが、その感覚は共有できる。今でも、可能なら、走ってみたいという気持ちはある。その後、走る習慣は身についていないので、まず無理だが、ホノルルマラソンに挑戦してみたい願望はある。1999年12月にホノルルマラソンと同時行われた10㎞のメイヤーズウォークに参加し、感動体験したことがある。走るのは無理だが、歩く方はまだ自信がある。早朝ホテルからスタート地点まで相当歩いたので、全部で15㎞以上は歩いたと思われる。マラソンを完走した人には、finisher と書かれたTシャツがプレゼントされていたが、やたら羨ましく思えたことを覚えている。今年の正月もおせちを食べながらの駅伝三昧となりそうである。


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