弥生時代の竪穴住居跡です 撮影日;2008.5.6
西暦50年ごろから200年ごろまで、約150年続いた高地性集落だそうです
昭和52年、県立西の京高等学校の建設に伴って発掘調査が行われました
調査地の中心部はすでに何回かの土取工事によって破壊されていましたが
東斜面の標高97mラインで11棟の竪穴住居跡と方形の土坑2基が検出されました
★所在地;奈良市六条西3-24(西の京高校敷地内)
★交通;近鉄尼ヶ辻駅より 徒歩20分
★問合せ;0742-34-1111(奈良市教育委員会)、0742-46-7501(西の京高校)
遺跡は西ノ京丘陵の谷奧に立地し、東側の展望に優れています
この遺跡は立地から、高地性集落との関係が窺われますが
調査者(寺澤薫氏ら)は、弥生時代後期における一般的な農村集落と考えているそうです
古い地図では六条山古墳跡となっていました
西暦50年ごろから200年ごろまで、約150年続いた高地性集落だそうです
昭和52年、県立西の京高等学校の建設に伴って発掘調査が行われました
調査地の中心部はすでに何回かの土取工事によって破壊されていましたが
東斜面の標高97mラインで11棟の竪穴住居跡と方形の土坑2基が検出されました
★所在地;奈良市六条西3-24(西の京高校敷地内)
★交通;近鉄尼ヶ辻駅より 徒歩20分
★問合せ;0742-34-1111(奈良市教育委員会)、0742-46-7501(西の京高校)
遺跡は西ノ京丘陵の谷奧に立地し、東側の展望に優れています
この遺跡は立地から、高地性集落との関係が窺われますが
調査者(寺澤薫氏ら)は、弥生時代後期における一般的な農村集落と考えているそうです
古い地図では六条山古墳跡となっていました