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靖国公式参拝2007

2007年08月19日 | 雑談
2005年の8月15日は当時の小泉首相が公式参拝しなかったので私が公式参拝した。2006年の8月15日は当時の小泉首相が公式参拝したので私は遠慮しておいた。代わりに子供が参拝した。

今年は安倍首相が参拝しないというので2年ぶりに私が公式参拝してきた。行ったのが夕方だったので人出は少なく、並ぶことなく参拝できた。

父が出征するときは「死ぬのが当たり前」という雰囲気で、父の母(私の祖母)は「どうせ遺骨なんか戻ってこないから」と爪を切って遺骨代わりにしたらしい。最近父から聞いた話。父は戦死しなかったから今の私がいる。

当時の雰囲気とか空気なんかは今の世の中では想像もできない。そういえば祖母は生前、戦争のもののテレビドラマなどで、出征する子供を涙で送る母の姿などがあると「戦時中に子供が出征するのを自慢こそすれ泣く人なんかいなかった」などとよく言っていた。


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4 コメント

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Unknown (cocodemer)
2007-08-20 23:43:13
おばあさまのお言葉、強烈ですね。そういう時代だったのでしょうか。

昨日のTV朝日 日曜洋画劇場「出口のない海」を見て今年の分の「涙」を消化しました。例年は「蛍の墓」を見て終戦記念「涙」をするのですが。

靖国「公式」と「非公式」はどう違うのでしょう?
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時代の空気 (excel2000)
2007-08-21 20:24:12
時代の空気でしょうね。「押し流されてイヤイヤやってる」というのとは全く違うみたいです。その時代の空気を吸っていると喜んで命を差し出せたようです。祖母は自分の子供には戦死者がいなかったこともあって、戦後もその意識をずっと保っていたんだと思います。でも「町内で戦死した人の母親はみんなニコニコして、それが当たり前だったけど、裏では泣いていただろうな」とも言っていました。

父は南方の前線に行く部隊に選抜されることを志願したものの長男だからという理由で外されてしまい、血嘆書(自分の血で書いた嘆願書)まで書いたと言っていました。

今の時代にはどう頭をひねってもそのときの空気や感情は理解できません。

「公式」参拝というのは…うーん、なんなんでしょうね。あくまで自称で、だれからも文句を付けられないので公式です。
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Unknown (cocodemer)
2007-08-22 00:01:45
お父様の話もまたまた凄いですね。「空気(教育)」のなせる技でしょうか。
「蛍の墓」は「火垂るの墓」の間違いですね。平和すぎてかなり酔っての書き込みでした。
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時代が違うと (excel2000)
2007-08-23 23:22:01
時代が違うと当時の判断のプロセスが理解できないことはよくあります。バンザイクリフ気持ちなんかわからないし、わかったと気分になっても当時の気持ちとはぜんぜん違うんじゃないかと思っています。
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