1813 私としてはどうでもいいことだが、取りあえず、習慣として、浅間神社へ初詣に行くことになっているので、みんなで出かけた。当然、ここには、静岡市をはじめ、相当広範囲からお参りに大勢の人が来る。車でいって、境内の駐車場に止めようとすると、最後尾についてから1時間以上行列の中にいなければならないことは分かっているので、私たちは、目的地から1kmくらい離れているが、元静大の跡地の公園まで行って駐車する。ここは、旧制静岡高等学校。戦後、静岡大学文理、教育学部があったところで、その後、日本平(にほんだいら)の山麓に移転したので、今は、城北公園?になっている。
そこから、歩いた地走ったりして浅間さんの石鳥居に向かう、途中、冨春院というお寺がある。中学一年の時の担任が住職をしていた。鈴木宗元先生だったと思う。地図の事を地理付図と言っていたことが印象的だったが、奥さんが他界されたときに、普通の日だったが、クラス代表で私はこのお寺に来てお悔やみを述べたことがあった。その時、初めて、坊さんが10人以上見えてシンバルや太鼓で賑やかに御経を唱えている場面に会った事を思い出す。
写真は、賤機山(しずはたやま)の百段を上って、4か所目の展望台広場からのパノラマです。遠くには、左に富士山、清水の町、日本平、駿河湾が見える。その手前は、静岡市街北部、谷津山、静岡市街中心部。足元には、城北高校、従北公園、静岡高校、駿府城跡などが見える。素晴らしい展望でしょ。中学高校時代は、おそらく毎年50回以上は、この景色を見ていた、実際には、走っていた。その度に100段は5往復はしていた。だから、浅間神社へ来た時には、必ず山へ登るし、駆け足で登るってしまう。今日も、ところどころで休んだが、自然に駆け足になってしまった。百段を下りる時もかけ足だ。孫たちと競争だった。
境内に大きな池が有って、その真ん中のくびれたところに赤い橋がある、かがみばし、という。走ってきて、この橋の上で、透明の水で泳ぐ鯉や噴水の周りの岩で甲羅干しをしている亀をなんとなく眺めながら、青春を語った墓所です。そこで、今の家族の全員の影が映っている水面です。
ということで、初詣は理由であって、目的ではない、目的は、百段を上がって、出来るだけ上まで行くことです。それも、出来るだけ駆け足で。そして、まだできるということを確認するためでした。今回が最後になるかもしれない、と、思いながら。もっとも、パンガンダランまで出かけて行って、ジャングルの中でラフレシアを捜しまわることができていれば、こんなところは、全然、問題なし。
と、もうひとつ、懐かしの地に来て、若かりし日々を思うことです。この山の上の西側と東側に私の楽しいまたちょっと物足りない物語が数え切れないほど、次々と浮かんでくるほど詰まっているからだ。
浅間さん 賤機山(しずはたやま)百段
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