忘れもしない昨年10月31日、円形脱毛症を発症した。出勤前に髪の毛を梳かしていたら、突然ごそっと左後頭部の毛髪が抜けた。大きさは500円玉くらいだった。放っておいても治るかなと思いつつスマホで調べたら、色々なタイプがあるため皮膚科で診てもらった方がいいとあり、翌日すぐに診てもらった。
結論としては、原因は分からないし、いつ治るかも分からない。つまり、人それぞれだという。ストレスが原因とよく言われるが、それも昔のことで、現代医学で解っていることは、免疫機能が自分の毛根を異物と間違えて攻撃してしまうということ。確かに、ストレスフリーの生活を送っているから、全く思い当る節がない。
そこからが地獄だった。髪の毛を洗うたびに、手指のそれぞれの間に数十本、合計百本以上が抜ける。朝起きると、枕は抜けた髪の毛で真っ黒になっている。それがストレスになり、髪の毛を剃ろうと決め、医者に相談したが止められた。結局、気長に治療するしかない。2週間に一度通院し、頭皮にステロイド注射し、一日2錠のステロイド剤を内服し、外用薬を毎日塗布する。
最初の3ヶ月で抜け毛が全体に広がり、厄介な多発融合型円形脱毛症となった。毛髪量が三分の一にまでなった。それでも家族は「パパに変わりはない」と普通に接してくれ、生徒たちも気づいていただろうけど、髪の毛のことには触れないでいてくれた。当初は恥ずかしさから頭を隠そうとしてニット帽を探していて、看護師の姉やHUMMERさんからプレゼントをしていただいた。人の優しさを感じることが出来た時間でもあった。
考えてみれば、命にかかわる病気ではない。私の脱毛症よりよほど苦しい思いをして闘病している方がいる。もっと前向きに受け入れようと決めて、隠すのを止めた。実際は勇気が要ったし、辛かったけど・・・。
そしたら4ヶ月目の2月のある日、髪の毛が抜けるのは変わりないが、新しく生えてきているのに気づいた。医者に見てもらうと「おー!生えてる生えてる!」と一緒に喜んでくれた。そして昨日、「立派に生えたね~。もう注射は必要ないね」と嬉しい言葉をいただいた。2週間の一度の通院が5月からは月一度になり、内服薬も0.5錠/日となった。
そして、今週の定期診断では主治医の先生も「素晴らしい!」と感動されるほどに毛髪が生えそろい、完全復活した。(笑)。
2020年7月15日撮影
2019年12月2日撮影
どれだけ深刻だったか分かりますね(^_^;)(中年オヤジの毛髪写真でスイマセン)
完治はしたものの、原因は未だに分からない。ストレスが円形脱毛症の原因だと言われたのは、当の昔のこと。確かに、仕事もプライベートもノーストレスだから、納得できる。環境の変化もよく言われますが、脱毛が始まる5ヶ月前に犬を飼い始めたぐらいで、他に思い当る節がない。円形脱毛症の原因が分かったら、ノーベル賞ものらしいので、これからの研究に期待するしかない。
ただ、一つの要因として考えられるのは、9・10月の二ヶ月間で4つもマラソンレースに出たことです。
9月8日 ハーフマラソン
9月29日 ハーフマラソン
10月6日 フルマラソン
10月27日 ハーフマラソン
普段から毎月200~300kmを走っていても、本番のレースで体にかかる負担は計り知れません。ハーフの翌週にフルなんて、今考えると異常ですね。たった10ヶ月前のことだけど、まだまだランニングのことが分かっていない自分でした。
案の定、10月27日のハーフの後に故障して整形外科を受診し、2週間の安静を言い渡され、その3日後に上半身の筋トレをやった後にゴソッと抜けましたから、原因として否定はできません。
今でこそ生えてきて自虐的に生徒たちにも話ができますが、「そうだったんですか?」と、私のハゲ頭には気づいていない生徒が意外に多いのには驚きました。ここから分かったのは、「自分が思うほどに周りの人は見ていない」ということ。Facebookやブログの投稿も「こんなこと書いていいのかな」と思うことが多々ありますが、意外と読まれていなかったりするので、脱毛症を克服した今回の件も投稿させていただきました(笑)。
髪の毛は脱毛症になる前の状態に戻りましたが、これから私の髪の毛がどうなっていくかは、医学的にも分からない。でも、すべてを受け入れていこうと思う。私は私以外の何者でもないのだから。